映画評「アバウト・タイム~愛おしい時間について~」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2012年イギリス映画 監督リチャード・カーティス
ネタバレあり

リチャード・カーティスは名前で観て良い、昨今では数少ない監督の一人である。ジャンル映画ではまだ何人かいるが、ドラマ系では希少価値となっている。そもそも脚本家として実力が高い。

悪友に誘われて出かけた謎めいた酒場で知り合った美人レイチェル・マクアダムズと再会したい弁護士アシスタントのドーナル・グリースンが、父親ビル・ナイから教えられたタイムトラヴェルする能力を活かして再会(厳密にはこの能力では再会していない)、自分のやらかしたヘマを軌道修正して彼女と結ばれ子供を設け幸せな日々を過ごすが、妹リディア・ウィルスンの失意や父親の癌死にはなすすべもない。彼は、幸福を得る為に生かされた能力の効果と家族の不幸に接した時の能力の限界との狭間で、平凡な瞬間における人生の価値を知る。その為に平凡な瞬間を価値の薄いものにしてしまうタイムトラヴェルの能力を封印する。

主題というほどのものではないのかもしれないが、本作が言いたかったのはこれ、即ち「平凡な時を大事にしよう」である。タイムトラヴェルという能力は出て来るが、SFにジャンル分けするのは不適当。「スライディング・ドア」(1997年)というユニークな作品に通ずる“たられば映画”のヴァリエーションと考える。
 一家男子に伝わるこの能力は、人生における軌道修正能力の隠喩として文学的ギミック的に作者が考え出したものであり、一見頼りない彼はこの能力がなくても幸福な家庭を築くことができたにちがいない。“たられば映画”であるのでその点は解らないものの、この能力を自分に関するものだけに、しかも過去に限定したのは彼即ち我々観客に「幸福は平凡な人生にある」と知らせるツールとしての意味を逆説的に付与する意図があったからだろう。
 かくしてカーティスらしく爽やかで好感の持てる一編となった。

本作におけるタイムトラヴェル能力は特殊で興味深い。中盤までの場面でははっきりしないが、最後に大昔に戻る場面でその特殊性が解る。一つは肉体は一つであること、つまり一般的なタイムトラヴェルものと違って二人の本人が同時にいることはない。時間を旅するのは肉体ではなく肉体を伴わない精神である。だから、彼は現在の精神、子供の肉体で若い父親と接触する。若い父親も精神は病死する直前の彼である。今の意識を持ったまま一つの肉体の時間だけを巻き戻すのである。
 こうなるとかなり哲学的で解らない部分も出て来るが、まあ、“たられば映画”として大衆的に楽しめば良いはずである。

「次はどーなる、グリースン」。

この記事へのコメント

ねこのひげ
2015年12月06日 16:39
ドンパチと派手な映画が増えて、芸術映画と呼ばれる分野が減った昨今ですからね。
希少価値のある監督でしょう。
オカピー
2015年12月06日 18:07
ねこのひげさん、こんにちは。

しかし、カーティス氏、監督するのは本作が最後と宣言しているらしいですよ。
脚本家としても実に優秀ですから、そちらで頑張るということなのでしょうが。ちょっと勿体ない。

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