映画評「スティング」

☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1973年アメリカ映画 監督ジョージ・ロイ・ヒル
ネタバレあり

映画を見始めてまだそれほど経っていない中学生の頃、映画を観る時に絶対的な指針としていた私淑する師匠双葉十三郎氏が1960年代以降では「突然炎のごとく」(1961年)以来二本目の☆☆☆☆★★を付けられた貴重な作品だったので、期待して映画館に向った。十分面白かったが、期待には幾分届かない印象を持った。しかし、やはりミドルティーンの少年が一回観ただけでは解らない面白味や妙味があるのに気づいたのは大学生になって再鑑賞した時だった。

例えば、価値を付加する面白味として、本作が1910~30年代を髣髴とするスコット・ジョプリン作のラグタイムを巧みに使ったこと、戦前の映画がよく用いたワイプ(時間経過を示す時に使われることが多いショットの繋ぎ方法)やアイリス(丸が大きくなったり(イン)、小さくなったり(アウト)することで場面を転換する)という技法を用いて30年代の気分を盛り立てていることがある。各章ごとにイラストの表紙がめくれて実写に入っていくというのも洒落ていた。こういう類の面白さが古い映画をそれほど観ていない当時の僕に解るまでもなかったのだ。

肝心のお話の方は当時でも十分楽しかったが、今観るともっと面白い。最初観た時素直に騙された幕切れ部分を知っていても全く問題にならないほど、脚本の出来が良い。僕らの年代の映画ファンならまずご存じと思うお話について一応略述しておきましょう。

詐欺師のロバート・レッドフォードが相棒ロバート・アール・ジョーンズと組んで通行人の財布を掠めるが、暗黒街のボス、ロバート・ショーへ届ける“上がり”だったから大変。間もなくジョーンズが殺され、彼が生前勉強させて貰えと言っていた大物詐欺師ポール・ニューマンに頼るとともに、彼の仲間と組んでショーを騙す作戦を敢行する。
 まず列車内でのポーカー賭博でニューマンが軽く引っ掛けてきっかけを作り、彼の地位を横取りしたいと野心を燃やす子分のふりをしてレッドフォードが「復讐をさせてやる」とショーに接近、ニューマンが経営していることになっている場外馬券売場で一度甘い汁を吸わせた後通信の時間差を利用した“あと賭け”の話を持ち掛ける。ショーはまんまと乗って来るが、そんな折レッドフォードはFBIにニューマンを売れと迫られる。

この後が“言わぬが花”のどんでん返しが待っていて、当時の観客は大抵騙された。どんでん返しの存在を言う事自体が詳細を言わなくてもネタバレに等しいという悩ましさはあるものの、余りにもお馴染の、本稿をお読みになる方なら誰でも存じあげている筈の旧作・名作につきご容赦願うとして、つまり本作は演劇・映画を作るような形で人を騙すグループを描くと同時に、その“作品”に観客をも巻き込んでしまう二重構造を持っているのである。本作の面白さの要はここにある。

緻密な脚本の中で唯一覚える疑問としては、レッドフォードが当初FBIが偽物と知らずにいたはずなのに幕切れで“劇中劇”の一人になっていること。途中で知ったとしても全く構わないわけであるが、その直前まで裏切ることに悩んでいたように見えるレッドフォードとの間に落差があり、僕の理解においては、想像で補完しない限りその落差が埋まらないのである。この疑問を解決できる方はコメント欄にご投稿されたし! 昨今の映画ならショーたちがほうほうの体(てい)で去った後フラッシュバックを入れて、レッドフォードがFBIが偽物である旨を知る経緯が描かれるだろう。

それ以外は、意外な殺し屋の扱いも良く(途中出て来る名前はファミリー・ネームだけ、姿も足下だけ)、誠に楽しいことこの上ない。

このブログで少なくとも10回は言っていると思うが、どんでん返しが評判になった作品でも、映像の嘘がある作品は評価できない。ミステリーでよくあるのが、犯人が一人でいる時も全く犯罪に関わっていないように見せる大嘘。その代わり上手く真相を隠す手法は認められるべきで、このケースで言えば犯人が一人でいる場面を見せなければ観客が納得する可能性が高くなる。
 本作が素晴らしいのはやはり映像の嘘がないことである。

秀作目白押しのジョージ・ロイ・ヒルはもっと評価されてしかるべし。

オールド・ファンへのクリスマス・プレゼントなのだ。

この記事へのコメント

十瑠
2015年12月25日 11:33
まさにクリスマスプレゼントですな。
博士は封切時は中学生ですか。僕は高校を卒業しているので、意外な歳の差が発覚したのもサプライズ! まさか騙しじゃないですよね(笑)。
FBIの件、僕もネタバレ記事で書いていますが、裏話のコメントを要望してるんですが、9年以上も音沙汰無しです。残念。

>ミステリーでよくあるのが、犯人が一人でいる時も全く犯罪に関わっていないように見せる大嘘。

評判のいい「ユージュアル・・・」で、がっくりしました。
2015年12月25日 12:21
ジョージ・ロイ・ヒルは、自分が映画を好きになった頃快調だった監督の一人ですね。「スティング」はテレビで観ましたが、おもしろかった。封切りで観て楽しかったのは「スラップショット」です。男の子感覚のいいところを見せてくれる監督だったと記憶されています。
オカピー
2015年12月25日 21:00
十瑠さん、こんにちは。

>中学生
そうだったみたい(笑)
翌年には高校生でしたけどね。
騙しはないデス(笑)

>「ユージュアル・・・」
うーむ、あれは僕ももう一つでした。
僕が観たのはTVでの完全版ですが、確か「スクリーン」の批評家ベスト10にも入っていたのでかなり期待したものの、疑問符がつきました。
恐らく余り夢中になれなかったので、映像の嘘があったかどうかも憶えていません^^;
オカピー
2015年12月25日 21:03
nesskoさん、こんにちは。

>ジョージ・ロイ・ヒル
1970年代絶好調でした。

「スラップショット」も悪い言葉が満載でしたが、面白い映画でした。
「明日に向って撃て!」以来ポール・ニューマンがご贔屓だったのでしょうね。
レッドフォードでは「華麗なるヒコーキ野郎」も快作でした。
先日取り上げた「スローターハウス5」も抜群の面白さ。
全然趣向の違う「リトル・ロマンス」もうまくて、やはり良い監督ですね。

ウィリアム・ワイラー同様多分職業監督的に捉えられているのでしょうけど、そんなことはないと思います。
ねこのひげ
2015年12月27日 16:35
ロバート・レッドホードが知らなかった・・・・知っていることになったら、映画を観ている側が驚かなくなるからではないですかね。
オカピー
2015年12月27日 21:29
ねこのひげさん、こんにちは。

どこかにヒントがあるのかと僕は探しているのですがねえ。
どうも映像上はないようです。
知っていて知らないように見せていたら僕の嫌いな「映像の嘘」になりますけど、それはないでしょう。
nana
2015年12月27日 22:31
はじめまして。
フッカーはFBIのことを初めから知っていたと思います。観客のみを騙すための芝居でしたら「映像の嘘」になるかと思いますが、スナイダーを騙して利用するための芝居で、これまで騙す側だと思って観ていた観客も知らないうちに騙されているところがこの脚本の素晴らしいところだと思います。
浅野佑都
2015年12月28日 04:36
ぼくも、公開当時は、プロフェッサーの書かれたワイプやアイリスなどの知識はまるで無く、チャプター風の物語の進め方のセンスにも気づきませんでしたね・・。

昨今流行の、伏線をばらまきラストに一気に終結させる、という映画手法に慣れた最近の若い人にとっては、どんでん返しだけの映画に思われがちですが、ニューマン自身による達者なカードさばきが見られるパン・アップカット、30年代のシカゴの街並みの見事なセット、レッドフォードら役者陣の着ている衣装の格好良さ、などなどぼくにとっては何度観ても飽きない魅力を持つ作品です。
 
>レッドフォードが当初FBIが偽物と知らずにいたはず

観客をだますシーンには、必ず狂言回しのような悪徳デカ役のチャールズ・ダーニングを絡ませるなど、セオリー通りの作りのなか、十瑠さんのおっしゃるように、ラスト近くのニューマンとの会話「やけに無口だな・・」が、レッドフォードが本当に彼を売ったように感じさせてしまうのは否めないですね・・。

>双葉十三郎氏の90点

西部戦線異常なし、河、大いなる幻影、天井桟敷の人々、水鳥の生態(ドキュメンタリ)、 野いちご、突然炎のごとく、ザッツ・エンターテインメント・・

特別に選ばれた、水鳥の生態、ザッツ・エンターテインメントを除き、
いわゆる巨匠の作品群(ほとんどが白黒)中のスティングはまるで、
金持ち子弟が多く集まるエリート校にいる特待生のようであります(笑)

余談ですが、レッドフォードの詐欺の師匠ロバート・アール・ジョーンズって、Mr.ダースベイダーことジェームス・アール・ジョーンズの父なんですね。
オカピー
2015年12月28日 21:40
nanaさん、初めまして。
コメント有難うございます。

僕も、刑事のチャールズ・ダーニングを騙す為の芝居であったことまでは解ったのですが、その後のレッドフォードが悩み方の正体が掴めなかったのですねえ。
敵を騙す為に味方も騙すのは、映画では良くありますし。

やはり、レッドフォードの浮かない表情は、決戦を控えての緊張感だったと解釈するしかないようですね。
オカピー
2015年12月28日 22:12
浅野佑都さん、こんにちは。

>「やけに無口だな・・」
結果的にチャールズ・ダーニングを騙す作戦としてあの場面は、容易に理解できるわけですよね。
その後レッドフォードが余り悩むそぶりをしなければ、終わった後何の疑問も湧かないわけですが、ニューマンの台詞等でミスリードを強固にしたが為に、両義的になりました。
レッドフォードはとにかく本番前に緊張しまくっていたのだ、と解釈を加えれば、うまく収まりそうです。

nanaさんと浅野さんの説明を総合して考えると、この線が一番正しい理解だと思いますが、終わった後ニューマンがレッドフォードに対し「やけに緊張していたな」とか何とか一言話しかけても良かったかもしれません。

でも、これは疑問であって、不満ではなかったなあ。

>伏線をばらまき
余りやりすぎると、回収ありきで伏線があるように思えて、逆効果になる場合もありますよね。こういうのは実は、観客が思うほど難しくないと思っています。

>双葉十三郎氏の90点
錚々たる顔ぶれですが、余分な要素のない純度の高い作品ばかりだなあと改めて思いますね。双葉師匠らしい。
確かに「スティング」は異彩を放っていますね。「ザッツ・エンタテインメント」も趣味の世界で先生らしい。

高校時代から新米社員時代にかけて、双葉さんの星が夢に出てきましたよ。実はあの採点方法とは別の採点が出てきて、起きると夢か現実か解らなくなっていましたね。
名付ければ「オカピー 星に囚われた男」てなもんです(笑)
今思うに、ブログ名は「オカピーの採点表」とでもすべきでした

>ロバート・アール・ジョーンズ
読み直してみて、あれっ、名前が違ったかなと思いましたが、ジェームズのほうは息子でしたか。確かに顔が似ている気がしました。

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