映画評「アメリカン・スナイパー」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2014年アメリカ映画 監督クリント・イーストウッド
ネタバレあり
かつてベトナム戦争がそうであったように、次なる大きな戦いが起こるまでイラク戦争を扱った戦争映画が多く作られるだろう。で、何を作っても日本では褒められるクリント・イーストウッドによる本作は、今後それらの作品群を語る時「ハート・ロッカー」と共に双璧として常に取り上げられるのではあるまいか。
アフリカでアメリカ大使館が爆発された事件を受けて愛国心に目覚めたテキサス男クリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)が9・11を受けてさらに奮い立ち、SEALSで生まれ持った狙撃の腕を磨きあげた結果米軍史上No.1狙撃手と噂されるようになる。
新兵として訓練中に知り合って結ばれ二人の子供を設けた細君(シエナ・ミラー)が必死で止めるのも聞かずに4度の出征の後、イラク側のスナイパーを仕留めた後遂に退役し、その代わり自らPTSD気味なのに負傷兵らの面倒を見るある日、相談相手たるPTSDの青年に殺されてしまう(2013年2月2日)。
原作は生前クリス・カイルが書いた自叙伝とその周辺のノンフィクションで、イーストウッドが堂々と映画に変換しているが、案外ピンと来ない。
Allcinemaの秘密クラブ会員(笑)諸氏の意見は評価以前に見事に見方が分かれている。僕は現在どちらが正しいと言えるほど本作を把握していないのものの、どちらの側もイーストウッドの作品だからという思い込みで理解や評価が先走っているように感じられる。
実話という素材を得てイーストウッドがひとまず目指したのはセミ・ドキュメンタリーとしての観照的態度であろう。アメリカ万歳という立場でも、単純な反戦の立場でもないのではないか(但し厭戦かもしれない)。極論すれば、観る人の色に染まるリトマス紙のような作り方になっているような気がするのである。
が、それを考えると、銃弾をCGで描く今時の娯楽映画スタイルでは態度が一貫しているとは言い難く、本作が曖昧な印象を残す所以となっている。逆に、銃弾をCGで描くことを以って、確信犯的に見た目以上に娯楽映画なのだと宣言していると言えないこともない。いずれにしても、眼目は主人公が僅かにとは言えPTSDの症状を示すまでの経緯を家族の描写を交えて描き出すことにあったと思う。しかし、それもまた、なまなかで、犬の場面はともかく、娘が生まれる場面の主人公の混乱ぶりは舌足らずという印象が強い。
イラクのスナイパーを殺したその現場でリタイアを決める心理も解りにくい。相手に自分の分身を見たからであろうとしても、そのことと女性や子供に対して銃を向けて即座に判断を下すことの難しさとが絡み合った後に、リタイアへの決意やPTSD発症への道筋へと滑らかに流れ込んでは行かない。戦地で失わずに済んだ貴重な生命をアメリカで失うという運命の皮肉はショッキングながら、これにしても直に主人公が現地で取った行動のツケ或いは因果応報とまで言えず、僕には上手く内容を整理することができない。
セミ・ドキュメンタリーに過剰なドラマ性は必要ないが、上記のことがピンと来ない今の段階では秀作と言うのは憚れる。
最後の追悼場面(本物)で流れる曲は、南北戦争の頃から米軍関係者の葬送で使われる"Taps"をエンニオ・モリコーネが「続・荒野の1ドル銀貨」用に改変したものらしい。"Taps"オリジナルで良かったのではないかと思うが、イーストウッドとしては半世紀前にお世話になったマカロニ・ウェスタンに恩返しするつもりでもあったろうか。
一夜にして目測80cmくらい積もった二年前に比べれば大したことはないものの、今日は大雪(現在積雪20cm)でスタッドレス・タイヤを持たず、チェーンを巻く気もないずぼらな当方、どこにも出られない。イスラム原理主義者もどうかしているけれど、天気もどうかしているよ。どちらも2世紀に渡る経済至上主義のツケかもね。
2014年アメリカ映画 監督クリント・イーストウッド
ネタバレあり
かつてベトナム戦争がそうであったように、次なる大きな戦いが起こるまでイラク戦争を扱った戦争映画が多く作られるだろう。で、何を作っても日本では褒められるクリント・イーストウッドによる本作は、今後それらの作品群を語る時「ハート・ロッカー」と共に双璧として常に取り上げられるのではあるまいか。
アフリカでアメリカ大使館が爆発された事件を受けて愛国心に目覚めたテキサス男クリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)が9・11を受けてさらに奮い立ち、SEALSで生まれ持った狙撃の腕を磨きあげた結果米軍史上No.1狙撃手と噂されるようになる。
新兵として訓練中に知り合って結ばれ二人の子供を設けた細君(シエナ・ミラー)が必死で止めるのも聞かずに4度の出征の後、イラク側のスナイパーを仕留めた後遂に退役し、その代わり自らPTSD気味なのに負傷兵らの面倒を見るある日、相談相手たるPTSDの青年に殺されてしまう(2013年2月2日)。
原作は生前クリス・カイルが書いた自叙伝とその周辺のノンフィクションで、イーストウッドが堂々と映画に変換しているが、案外ピンと来ない。
Allcinemaの秘密クラブ会員(笑)諸氏の意見は評価以前に見事に見方が分かれている。僕は現在どちらが正しいと言えるほど本作を把握していないのものの、どちらの側もイーストウッドの作品だからという思い込みで理解や評価が先走っているように感じられる。
実話という素材を得てイーストウッドがひとまず目指したのはセミ・ドキュメンタリーとしての観照的態度であろう。アメリカ万歳という立場でも、単純な反戦の立場でもないのではないか(但し厭戦かもしれない)。極論すれば、観る人の色に染まるリトマス紙のような作り方になっているような気がするのである。
が、それを考えると、銃弾をCGで描く今時の娯楽映画スタイルでは態度が一貫しているとは言い難く、本作が曖昧な印象を残す所以となっている。逆に、銃弾をCGで描くことを以って、確信犯的に見た目以上に娯楽映画なのだと宣言していると言えないこともない。いずれにしても、眼目は主人公が僅かにとは言えPTSDの症状を示すまでの経緯を家族の描写を交えて描き出すことにあったと思う。しかし、それもまた、なまなかで、犬の場面はともかく、娘が生まれる場面の主人公の混乱ぶりは舌足らずという印象が強い。
イラクのスナイパーを殺したその現場でリタイアを決める心理も解りにくい。相手に自分の分身を見たからであろうとしても、そのことと女性や子供に対して銃を向けて即座に判断を下すことの難しさとが絡み合った後に、リタイアへの決意やPTSD発症への道筋へと滑らかに流れ込んでは行かない。戦地で失わずに済んだ貴重な生命をアメリカで失うという運命の皮肉はショッキングながら、これにしても直に主人公が現地で取った行動のツケ或いは因果応報とまで言えず、僕には上手く内容を整理することができない。
セミ・ドキュメンタリーに過剰なドラマ性は必要ないが、上記のことがピンと来ない今の段階では秀作と言うのは憚れる。
最後の追悼場面(本物)で流れる曲は、南北戦争の頃から米軍関係者の葬送で使われる"Taps"をエンニオ・モリコーネが「続・荒野の1ドル銀貨」用に改変したものらしい。"Taps"オリジナルで良かったのではないかと思うが、イーストウッドとしては半世紀前にお世話になったマカロニ・ウェスタンに恩返しするつもりでもあったろうか。
一夜にして目測80cmくらい積もった二年前に比べれば大したことはないものの、今日は大雪(現在積雪20cm)でスタッドレス・タイヤを持たず、チェーンを巻く気もないずぼらな当方、どこにも出られない。イスラム原理主義者もどうかしているけれど、天気もどうかしているよ。どちらも2世紀に渡る経済至上主義のツケかもね。
この記事へのコメント
ブランドに弱い、ブランドに寄りかかっていれば
まぁ安泰みたいなこの国の民性?(笑)
私の中では、
ぼんやりとした印象しか残っていません、本作。
結局、優れたアノー監督作の引き立て役映画にも
感じられたふしにも読める拙記事持参です。^^:
冬仕様になっていない地域にドカンと降雪、
ニュース見るたびそのにっちもさっちも
行かない状況の大変さを想像します。
人間サイドの憶測は当たらず、
勝つのは必ず「自然」とわかりつつも
やはり、ぼやきたくなりますね。^^;
一般人は勿論、「キネマ旬報」にご贔屓とする批評家が多いですね。
「許されざる者」以来何作かベスト1になったでしょう。昔は競争が激しかったとはいえ、かのウィリアム・ワイラーでもこんなにはありません。ちょっといかす作品という印象の「スペース・カウボーイ」の1位は驚いたなあ。
>アノー監督作
ああ、「スターリングラード」には痺れました。
今月WOWOWでこの題名の作品が放映されましたが、実は別の映画。
がっかりさせますよねえ(笑)
>ドカンと降雪
群馬も北部山沿いは、新潟並みに降りますが、こちら南部山沿いは乾いた風になって大雪は滅多に降らない。というのが何百年も続いてきた筈なのですが、最近はその相場が崩れてきて、湿っぽい雪が大量に降る。湿っぽいと言っても積もればそう簡単に溶けるわけもなく、右往左往する関東地方人。
中でも車社会の群馬ですから、勤め人であれば大概スタッドレス・タイヤを付けてご出勤と相成るわけですが、仕事を辞めてけちけち生活に入り数年の当方は【なし】で済ましております。まあ、長くて1週間で雪はほぼ消えますから生活は出来ますが、不便ですねえ。図書館くらいしか行かないので、買うのも勿体ないし。買い物は車を使う為。
諦観に沈んでぼやかなくなってもつまらないので、しきりにぼやきます(笑)
「硫黄島からの手紙」の戦闘シーンや、日本軍が仮に作った町(?)ですか、あのあたりにマカロニ・ウェスタンの匂いがしてましたね。クリント・イーストウッドの映画はB級映画の香りがついてて、そこがマニア受けにつながるのでしょうか。
日本でのイーストウッドのほめられ方には違和感を覚えることが多くて、たぶん蓮見先生が褒めるからなのか、小林信彦もイーストウッドになるとなんだかもうほめ過ぎてる文章が多くて、どうしてなのかなあ、と。
>B級映画
何と言ってもデビュー作が「恐怖のメロディ」でしたから。
「グラン・トリノ」もその香りがしましたね。
>蓮見先生
ふーむ、小林信彦氏は、蓮見氏の天敵・双葉十三郎先生(氏の大好きな「大砂塵」をバカバカしい愚作と言ったことから。僕もわけの分からない映画と思いました)の弟子なんですけどねえ。双葉先生も、僕と同じでイーストウッドよりレッドフォードの方を高く評価していました。
だから、小林氏に関してはイーストウッドとたまたま肌に合うということでしょうけど。
まあ、レッドフォードよりイーストウッドの方がミーハー的な興味を誘う作品を作りますから、彼の方が一般人に買われるのは解ります。しかし、映画を評価するプロがこれでは、何だかがっかりですね。
スタッドレスタイヤでしたので大丈夫でしたけどね。
両方とも好きな監督ですけどね。
なんでも褒めりゃあいいってもんでもないですよね。
今回は20cmくらいですからすぐに復旧しましたけど、前回は大変でしたなあ。普通の道路が片側通行しかできず、それが1週間くらい続きましたからね。
政治でもそうですけど、批判・批評があって作品も本人も進歩するわけですよね。
ちゃんと生きようとしたアメリカ人へ花束を捧げる、そんなかんじでした。
>PTSDに苦しみながらも同じ苦しみを持つ帰還兵を支援するボランティア活動
割合よく書けている映画評と自画自賛します(笑)が、実話であることをもっと考慮した方が良かったかもしれません。論理の整合性にばかり頭が行きすぎていましたね。
>アメリカ礼賛でも、戦争正当化でもありません。
本文でも述べているように、全くその通りと思います。