映画評「旅情」
☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1955年イギリス=アメリカ合作映画 監督デーヴィッド・リーン
ネタバレあり
観光ロマンス映画では「ローマの休日」(1952年)よりよく観るデーヴィッド・リーン監督の傑作である。昨日熟年男女の恋愛を描いた「フェイス・オブ・ラブ」を観て妙に観たくなったのだ。1970年代以降大体5年に一度くらいは観てきたと思うが、ブログに書いていないところを見るとここ10年以上観ていなかったことになる。
こつこつと溜めたお金でアメリカのオールドミス、キャサリン・ヘプバーンがベニスに観光に訪れる。何か奇跡を求めているらしい。ある時店頭で輝く赤いゴブレット(今回のグラスという対訳は気に入らない)に惹かれて店内に入って見ると、店長は前日サン・マルコ広場で親切にしてくれた紳士ロッサノ・ブラッツィで、イタリア人らしいやや強引なアプローチに辟易する部分がないわけではないものの、ゴブレットを口実に滞在先に訪れて来る彼に惹かれていく。
これは彼女自身が強く意識してはいなかった“奇跡”の権現みたいなものだが、別居中の妻のいると判明した彼との関係に深入りするのを恐れ彼女は突然帰国を決める。
序盤は陽気に見えるキャサリン扮するヒロインの孤独をそこはかとなく描出する。観光客の皮肉っぽい見せ方などコミカルな描写の少なくない中にあって、彼女の孤独が画面に沈潜している。これが我がご贔屓監督デーヴィッド・リーンの実力である。
イタリア紳士の情熱が暫し彼女の孤独を払拭する。しかし、別居中とは言え彼は他人の夫である。長いこと孤独であったが故に彼女は冒険には踏み切れない。
この映画はメロドラマのように見えるが、ひたすら孤独なオールドミスの心情を綴って誠に繊細にして鮮やか、僕が愛してやまない理由である。
キャサリン・ヘプバーンは悠々たるさすがの好演、彼女の様子を見るだけで涙が出てくる。
小道具では赤いゴブレットと白いクチナシの使い方が断然上手い。
ゴブレットでは彼女をして彼の真情(真の心情なり)を疑わしめる。彼女に贈ったクチナシは彼女が誤って運河に落とした時、拾おうとしたブラッツィの手がもう一つのところで届かない。彼女には結局彼の手が届かないという暗示である。
“もう一つのところで”というのは、彼が彼女に贈ろうとしたプレゼントが列車の発車に間に合わない、という幕切れでも再現されて、それが二人の運命であることを強調する。そこで彼は手に持っていたクチナシを振る。彼女は千切れるほど手を振り返す。名ラスト・シーン中の名ラスト・シーン。古今東西の別れの場面の中で十本の指に入ると思う。
ジャック・ヒルデヤードの撮影も優秀、序盤の路地を捉える感覚など見事なもので、観光映画としても言うことなし。
観光客相手に商売をする少年も最後は泣かせます。
1955年イギリス=アメリカ合作映画 監督デーヴィッド・リーン
ネタバレあり
観光ロマンス映画では「ローマの休日」(1952年)よりよく観るデーヴィッド・リーン監督の傑作である。昨日熟年男女の恋愛を描いた「フェイス・オブ・ラブ」を観て妙に観たくなったのだ。1970年代以降大体5年に一度くらいは観てきたと思うが、ブログに書いていないところを見るとここ10年以上観ていなかったことになる。
こつこつと溜めたお金でアメリカのオールドミス、キャサリン・ヘプバーンがベニスに観光に訪れる。何か奇跡を求めているらしい。ある時店頭で輝く赤いゴブレット(今回のグラスという対訳は気に入らない)に惹かれて店内に入って見ると、店長は前日サン・マルコ広場で親切にしてくれた紳士ロッサノ・ブラッツィで、イタリア人らしいやや強引なアプローチに辟易する部分がないわけではないものの、ゴブレットを口実に滞在先に訪れて来る彼に惹かれていく。
これは彼女自身が強く意識してはいなかった“奇跡”の権現みたいなものだが、別居中の妻のいると判明した彼との関係に深入りするのを恐れ彼女は突然帰国を決める。
序盤は陽気に見えるキャサリン扮するヒロインの孤独をそこはかとなく描出する。観光客の皮肉っぽい見せ方などコミカルな描写の少なくない中にあって、彼女の孤独が画面に沈潜している。これが我がご贔屓監督デーヴィッド・リーンの実力である。
イタリア紳士の情熱が暫し彼女の孤独を払拭する。しかし、別居中とは言え彼は他人の夫である。長いこと孤独であったが故に彼女は冒険には踏み切れない。
この映画はメロドラマのように見えるが、ひたすら孤独なオールドミスの心情を綴って誠に繊細にして鮮やか、僕が愛してやまない理由である。
キャサリン・ヘプバーンは悠々たるさすがの好演、彼女の様子を見るだけで涙が出てくる。
小道具では赤いゴブレットと白いクチナシの使い方が断然上手い。
ゴブレットでは彼女をして彼の真情(真の心情なり)を疑わしめる。彼女に贈ったクチナシは彼女が誤って運河に落とした時、拾おうとしたブラッツィの手がもう一つのところで届かない。彼女には結局彼の手が届かないという暗示である。
“もう一つのところで”というのは、彼が彼女に贈ろうとしたプレゼントが列車の発車に間に合わない、という幕切れでも再現されて、それが二人の運命であることを強調する。そこで彼は手に持っていたクチナシを振る。彼女は千切れるほど手を振り返す。名ラスト・シーン中の名ラスト・シーン。古今東西の別れの場面の中で十本の指に入ると思う。
ジャック・ヒルデヤードの撮影も優秀、序盤の路地を捉える感覚など見事なもので、観光映画としても言うことなし。
観光客相手に商売をする少年も最後は泣かせます。
この記事へのコメント
過去記事の中に、本作のベタ誉め感想ありましたので
持参させていただきました。 好み的に
「ローマの〜」より、私は絶対こちらですね。
機会があれば何度でも観たい名作中の名作かと。
大人のほろ苦いメロドラマのお手本。
監督リーンの才能に思わず嫉妬したくなるほどの
秀悦なあのラストシーン!^^
「ローマの休日」はヒロインが若いし、何しろ王女様であるので、ファンタジーの色彩が濃いのに対し、こちらはオールドミスが主人公で現実味が濃いので、我々庶民の生活感情的には本作の魅力が圧倒的ですね。
>ラストシーン
表情が多弁に語る名場面でした。
彼女はきっとそのまま独り身で、この思い出を抱えて年老いて行ったことでしょう。
切ないけど、彼女はそれを割り切ったように見えました。
中年男女の恋愛モノなので敬遠しておりまして、2003年が初見でした。
でもその頃に観て正解だったのかも。★五つ!
因みに、博士や姐さんとは違って、十瑠は「ローマの休日」に1票です。好みの差ですな。
>2003年が初見
それは意外でしたなあ。
僕はそれまでに5回くらいは観ていると思います。
名作と言われる作品でも、初めて観るローティーン・ミドルティーンでは未消化のまま終わってしまうことが多かったのですが、本作は中年男女を描いた作品なのに、ミドルティーンの僕の琴線を見事に打ちました。
勿論、年齢が上がった大学時代のほうがぐっとリーンの“巧さ”を感得することはできましたが。
>「ローマの休日」
いやあ、実際にはどちらが好きとも言い難いのですが。
実感という意味で「旅情」が好きです。
夢にいざなってくれるという意味では「ローマの休日」が好きです。
上手さ(巧さ)という点では甲乙つけがたい。しかし、正確にどう表現して良いか解らないものの、ワイラーの巧さ(上手さという字が当てはまるような?)とリーンの巧さは少し違いますよね。
よいシーンはマネしても良いと思うので許すというところですが。
>『時代屋の女房』
それでは、もう一度観ないといけないですね。
確か保存してあるはず。
>マネ
全然問題ないですよ。
作品への愛情が感じられますから。
こういうのを見てパクリなどと騒ぐ人の気が知れない。