映画評「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2014年イギリス=アメリカ合作映画 監督モルテン・ティルドゥム
ネタバレあり
2001年製作の「エニグマ」でナチス・ドイツの解読不能と言われた暗号機エニグマの存在を知ったが、本作が実話であるとすると、一度英国側が暗号を解読した後からお話が始まるかの作品は大部分が創作であったらしい。
1951年数学者アラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)の家が泥棒に襲われる。本人は何も盗まれていないと言うが、刑事ノック(ロリー・キニア)は何か隠していると怪しむ。
時は1939年に遡り、MI6のミンギス(マーク・ストロング)が英国各地から暗号解読の天才を募集し、その中心人物となるのがチューリングである。コミュニケーション能力に乏しく孤立する彼は単独で、毎日ドイツ軍が変える事実上無限の暗号パターンを18時間のうちに解読するマシンの開発を始める。
別途応募で仲間に加わるクロスワード解読の天才美人ジョーン・クラーク(キーラ・ナイトリー)が、彼とその他のメンバーの溝を埋めていく。彼は彼女を仲間として愛し求婚するが、実は同性愛者である(ため苦悩する)。
かくして次第に結束を強めた彼らはやがて成果を出して解読に成功するものの、論理的なチューリングは「すぐにそれを作戦に反映し攻撃を回避することは控えなければならない」と周囲に告げる。我が邦の「ガッチャマン」とは逆に多数を救う為に少数を犠牲にするしかないのである。
というお話が、51年当時は犯罪であった同性愛(風俗壊乱)の罪で逮捕された彼がノック刑事に語る回想形式で展開する。これに学生だったチューリングが同級生を愛する1929年の時系列が絡む。この時主人公に暗号の面白味を授けたのがその同級生である。
並行描写されるその時系列の中でその相手の名前をコンピューターに名付けていたことが判る箇所がちょっとした驚きを伴い(勘の良い人なら事前に勘付いたかもしれないが)ドラマ的に一番の感銘を呼ぶ。1929年の時系列でその名前が同級生の死を受け初めて我々に示されるのが脚本として大変巧妙で効果的。事前に解らせていたらここまで感銘を生み出すことは出来なかっただろう。その解読器(後にコンピューターと呼ばれることになる)を守る為にホルモン剤を飲むことで服役を回避するが、結局苦悩の末に彼は1954年に自殺してしまう。
彼の悲劇はそれに留まらず、長く彼の活躍が秘匿されたということもある。その長きに渡る理由は作戦そのものの極秘性だけでなく、恐らく同性愛者として処分を受けたことも手伝ったのかもしれない。2009年ブラウン首相が政府としてその扱いについて謝罪、2013年エリザベス女王からも死後恩赦されたとの由。
本作の説明によれば、英国は(1885年から)1967年まで同性愛は犯罪であったらしい。ヒッチコックの「殺人!」(1930年)における登場人物がhalf-caste(混血)故に追い詰められる設定が理解できないと質問された為、僕は「half-casteはこの映画においては本来の混血ではなく、隠語として同性愛者を意味し、当時は犯罪であり差別もされたから」とある人に解説したのを思い出す。欧米で同性愛がかなり自由になるのは1960年代後半からである。
今でも同性愛には誤解が多く、日本にはそうした伝統のないようなことをのたまう保守層が少なくないが、日本の古典や伝記などを読めば自分の無知に気付くだろう。恐らくは労働人口を必要とする産業革命による経済的要求が最初に西洋人の、そしてその思想を取り入れた日本人の性意識を変えたのである。
経済と言えば、近代の戦争の大半はそれが理由であったが、戦争は色々なものを発明する。本作におけるコンピューター、或いはGPSやネットも冷戦により生まれたと言われている。
映画としては三つの時系列の扱いが巧みで、潜在力に等しく或いはそれ以上に興味をそそる作品に仕立てられていると思うが、世評(特にアメリカにおいて)は些か高すぎるような気がしないでもない。
ノルウェーではレジスタンスがナチス・ドイツの原爆製造阻止に活躍。来週それを扱った「テレマークの要塞」(1965年)をアップします(珍しくも、予告です)。
2014年イギリス=アメリカ合作映画 監督モルテン・ティルドゥム
ネタバレあり
2001年製作の「エニグマ」でナチス・ドイツの解読不能と言われた暗号機エニグマの存在を知ったが、本作が実話であるとすると、一度英国側が暗号を解読した後からお話が始まるかの作品は大部分が創作であったらしい。
1951年数学者アラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)の家が泥棒に襲われる。本人は何も盗まれていないと言うが、刑事ノック(ロリー・キニア)は何か隠していると怪しむ。
時は1939年に遡り、MI6のミンギス(マーク・ストロング)が英国各地から暗号解読の天才を募集し、その中心人物となるのがチューリングである。コミュニケーション能力に乏しく孤立する彼は単独で、毎日ドイツ軍が変える事実上無限の暗号パターンを18時間のうちに解読するマシンの開発を始める。
別途応募で仲間に加わるクロスワード解読の天才美人ジョーン・クラーク(キーラ・ナイトリー)が、彼とその他のメンバーの溝を埋めていく。彼は彼女を仲間として愛し求婚するが、実は同性愛者である(ため苦悩する)。
かくして次第に結束を強めた彼らはやがて成果を出して解読に成功するものの、論理的なチューリングは「すぐにそれを作戦に反映し攻撃を回避することは控えなければならない」と周囲に告げる。我が邦の「ガッチャマン」とは逆に多数を救う為に少数を犠牲にするしかないのである。
というお話が、51年当時は犯罪であった同性愛(風俗壊乱)の罪で逮捕された彼がノック刑事に語る回想形式で展開する。これに学生だったチューリングが同級生を愛する1929年の時系列が絡む。この時主人公に暗号の面白味を授けたのがその同級生である。
並行描写されるその時系列の中でその相手の名前をコンピューターに名付けていたことが判る箇所がちょっとした驚きを伴い(勘の良い人なら事前に勘付いたかもしれないが)ドラマ的に一番の感銘を呼ぶ。1929年の時系列でその名前が同級生の死を受け初めて我々に示されるのが脚本として大変巧妙で効果的。事前に解らせていたらここまで感銘を生み出すことは出来なかっただろう。その解読器(後にコンピューターと呼ばれることになる)を守る為にホルモン剤を飲むことで服役を回避するが、結局苦悩の末に彼は1954年に自殺してしまう。
彼の悲劇はそれに留まらず、長く彼の活躍が秘匿されたということもある。その長きに渡る理由は作戦そのものの極秘性だけでなく、恐らく同性愛者として処分を受けたことも手伝ったのかもしれない。2009年ブラウン首相が政府としてその扱いについて謝罪、2013年エリザベス女王からも死後恩赦されたとの由。
本作の説明によれば、英国は(1885年から)1967年まで同性愛は犯罪であったらしい。ヒッチコックの「殺人!」(1930年)における登場人物がhalf-caste(混血)故に追い詰められる設定が理解できないと質問された為、僕は「half-casteはこの映画においては本来の混血ではなく、隠語として同性愛者を意味し、当時は犯罪であり差別もされたから」とある人に解説したのを思い出す。欧米で同性愛がかなり自由になるのは1960年代後半からである。
今でも同性愛には誤解が多く、日本にはそうした伝統のないようなことをのたまう保守層が少なくないが、日本の古典や伝記などを読めば自分の無知に気付くだろう。恐らくは労働人口を必要とする産業革命による経済的要求が最初に西洋人の、そしてその思想を取り入れた日本人の性意識を変えたのである。
経済と言えば、近代の戦争の大半はそれが理由であったが、戦争は色々なものを発明する。本作におけるコンピューター、或いはGPSやネットも冷戦により生まれたと言われている。
映画としては三つの時系列の扱いが巧みで、潜在力に等しく或いはそれ以上に興味をそそる作品に仕立てられていると思うが、世評(特にアメリカにおいて)は些か高すぎるような気がしないでもない。
ノルウェーではレジスタンスがナチス・ドイツの原爆製造阻止に活躍。来週それを扱った「テレマークの要塞」(1965年)をアップします(珍しくも、予告です)。
この記事へのコメント
嫁さんがいながら男の愛人がいた戦国武将は多数いますね。
明治になって清教徒的思想がはいてきて、同性愛者に対する差別が酷くなったようですからね。
>両刀使い
正確に言うと、そうですね。
欧州でも、古代~近世の芸術家(ダ・ヴィンチ、ミケランジェロなど)や僧侶は両刀使いだった気配が濃厚です。
>清教徒
そうした歴史のないアメリカでは、欧州より、一頭先に到着した清教徒の思想が定着しやすかったのでしょうね。