映画評「櫻の園」(1990年)

☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1990年日本映画 監督・中原俊
ネタバレあり

日本映画史に残る秀作である。
 18年後に同じタイトルで中原俊が続編的セルフ・リメイクを発表したが、遠く及ばなかった。中原俊は名前通り俊才ながら、この映画の素晴らしき感覚を再現することは本人でもできまい。そう思わせるくらい素晴らしい奇跡的な一編である。原作は吉田秋生という人のコミック。

チェーホフの戯曲「桜の園」を創立記念日に上演する伝統のある私立女子高が舞台で、物語は上演当日の朝から始まる。
 3年生の部長・志水由布子(中島ひろ子)が禁止のパーマをかけて来るのが波乱の始まり。3年生の部員・杉山紀子(つみきみほ)が喫茶店で喫煙していたところを補導されたのが問題となり、部員たちの間に上演できるだろうかという不安が湧き起こる。
 一方で、長身で宝塚の男役のような雰囲気があって人気のある倉田知世子(白島靖代)は、男役ではなく女主人ラネフスカヤ夫人を演ずるのが不安なので、上演中止になると良いと秘かに思っている。
 遅れてきた紀子が、由布子が知世子を好いていると図星を付く。結局芝居は中止にならず、本番前に互いへの愛情を確認した由布子と知世子は記念撮影をする。それを窓の横で知的な由布子を実は愛する紀子が見て、涙を滲ませる。こうした少女たちの心情を含んだまま舞台は遂に幕を上げる。

基本を長回しとするしなやかに動くカメラは、少女を追いかけているようでいながら正確には少女たちがそこに入って来、反抗を試み背伸びする少女らしい言動を鮮やかに切り取っていく。そうこうするうちにやがて三年生三人の秘められた三角関係が浮かび上がり、毎年桜は同じように咲くのにそこを通る人々は実は同じでない世の無常を僅かに漂わせる。

二年生の舞台監督・城丸香織(宮澤美保)を狂言回しとして進行する内容もなかなか素敵なのであるが、空間を自在に捉えるカメラ(撮影監督・藤沢順一)の醸成する映画的ムードが圧巻。
 由布子と知世子が記念撮影する場面では、ズームも前進移動撮影も使わずに、二人を少しずつ前進させるという手法を使って幸福そうな二人に接近する。
 同じシークエンス。二人が撮影する部室外を見通せる窓のある(観客寄りの)廊下に紀子がいる。二人が出ていくのを右移動しながら捉えていくカメラは窓の右横にいるはずの彼女を捉える前に窓で暫し止まる。そして、カメラは二人の準備する様子を見せた後窓から右に移動して涙を滲ませる紀子を捉える。これが非凡である。
 そこに紀子がいることを観客が予想しているが故にその間の紀子の心情を沈潜させたこのカメラワークが効果的になるのである。だから、窓の右横に紀子のいることを予想できない観客にこのカメラの凄さは理解できないことになる。
 省略⇒勘⇒余韻・・・これぞ映画と言うべし。最近これを味わえる映画は本当に少ない。

チェーホフ「桜の園」はロシア帝国の末期症状を表現、来るべき崩壊を予感させる。この時代のロシア文学にはそこから生まれる儚さで僕を引き付ける作品が多い。

この記事へのコメント

ねこのひげ
2016年04月17日 11:53
ねこのひげもロシア文学は好きですね。
映画の『戦争と平和』も買ってしまいました。
これはリュドミラ.サベリーエワに惚れているというのもありますがね(^^ゞ
オカピー
2016年04月17日 21:40
ねこのひげさん、こんにちは。

ソ連になってぐっとつまらない国、つまらない文学しか出せない国になりましたが、ロシアは良いです。
チェーホフが好きで、僕はロシア語を専攻することになったのです。

>リュドミラ
良いですね。
「ひまわり」での彼女もまだまだ素敵でした。
十瑠
2017年06月18日 21:22
チェホフの「櫻の園」は読んだことないのですが、少女が語る劇の内容を聞いて「安城家の舞踏会」がソレをベースにしたのが良く分かりました。

>二人が撮影する部室外を見通せる窓・・・・これが非凡である。

ここはお見事でした。全体に緊張感が持続する場面構成で、上に横にと移動するカメラワークも不自然さがなくて良かったです。
オカピー
2017年06月18日 22:51
十瑠さん、こんにちは。

>「安城家の舞踏会」
日本の文学界と映画界は、戦前ツルゲーネフとチェーホフに大きな影響を受けましたので、戦後すぐのこの作品でも本歌取りするような作品が作られていましたね。
ご存知と思いますが、「安城家」も大好きな作品。ウッディー・アレンの「インテリア」もチェーホフの「三人姉妹」をモチーフにしたような感じで、チェーホフ的な味のある作品が大好きなんです、吾輩(笑)。

>カメラワークも不自然さがなく
あのシークエンスのカメラは圧巻でしたでしょう!
個人的には、これに触れるだけでも、本作全体を観る価値があると思うくらい。
中原俊監督はこうしたところのセンスが抜群ですが、本作は中でも良いですね。

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