映画評「さよなら渓谷」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2013年日本映画 監督・大森立嗣
ネタバレあり

吉田修一の同名小説を大森立嗣が映画化した人間ドラマ。「ゆれる」を想起させる秀作である。

都心から離れた山間部。尾崎(大西信満)と妻かな子(真木よう子)の隣家の女が子殺しの容疑で逮捕されるが、その女が男女の関係があったと告白したため尾崎が取り調べを受け、やがてかな子の証言により尾崎は拘束され、自白を強要される。
 犯人の女を取材するうちに尾崎の過去に興味を覚えた雑誌記者渡辺(大森南朋)は信じがたい夫婦の過去をたどり着く。

この記者と同僚女性記者(鈴木杏)が狂言回しとして登場、お話が進むにつれ、彼らが画面に出てくる時間が減ってくる。彼らを一種の探偵役とするミステリー趣向もあり、この部分でもかなり楽しめる。しかし、やはり興味深いのは、二人がたどり着く驚くべき夫婦の関係性により打ち出される純文学的な命題である。ミステリー的には、優秀な投手であったはずの彼が犯罪容疑者にまで落ちるのが大学時代のレイプ事件と判明するくだりが面白い。

女性記者とたどり着く、彼の妻が実は行方不明になっていると思われていたその被害者であるという事実はミステリー的どんでん返しながら、ここからは純文学的興味へ移っていく。
 加害者と被害者が一緒に暮らす理由は何か。心理学的に、被害者が加害者に共感を覚えるストックホルム症候群と言えるのかもしれないが、それは純文学的には何の意味もない。恐らく、不幸から逃れきれないことを覚悟する人間が一緒に不幸という地獄を味わおうという部分で共鳴して運命共同体になったのである。

特に人生に懐疑的になったかな子は、幸福になるだろうという予感を抱いて強迫観念に突き動かされて彼の前から姿を消す。彼女が渓流に落とす靴は“幸福”のメタファーである。ここまでひねくれた性格設計の人物は文学史上でも稀ではあるまいか。そこには逆説的に幸福の意味を問う命題が横たわっていて、尾崎は彼女を探し出すと渡辺に宣言する。彼はもはや不幸であることに固執しない。一種のハッピーエンドである。

それと対照的でありながらある意味共鳴的でもあるのは、妻(鶴田真由)と犬猿の仲となっている丸山記者で、妻は「絶対別れない」と宣言する。或いはこの妻も幸福の予感を抱いたら別れるのだろうか。記者が抱きしめると彼女の表情がかなり変わる。幸福になっても一緒にいるかもしれない。それは尾崎の未来図であろうか。

不幸のうちに幸福があり、幸福のうちに不幸があるのかもしれない。人間とは何と複雑なものであるか。そんな思いを抱かせて、案外重すぎない後味を残し、映画は終わる。

僕が解決できていない箇所がある。レイプ事件の現場から被害者をよそに先に逃げてしまう女子高生の顔が真木よう子に見えるのである。かな子という偽名を使って逃避しているヒロインの心象風景をお話の進行に先行して表現したものなのか。そうだとしたら感心できない。匠気が先に立って甚だ解りにくくなっている。

子殺しの事件は、実際に起きたあの事件を参考にしている感じ。レイプ事件も何やら。

この記事へのコメント

ねこのひげ
2016年07月18日 16:54
似たような事件は多いですからね。
平和を望みながら、『スターウォーズ』のような戦争ばかりしている映画がヒットするわけですからね。
オカピー
2016年07月18日 19:56
ねこのひげさん、こんにちは。

死んだ子供の母親、即ち犯人が追い掛け回すマスコミにあれやこれや文句を言う様子がそっくりでした。あの東北の事件は何年前になるのだろう?

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