映画評「カンバセーション・・・盗聴・・・」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1973年アメリカ映画 監督フランシス・フォード・コッポラ
ネタバレあり

「ゴッドファーザー」(1972年)の大ヒットで一躍巨匠扱いされることとなったフランシス・フォード・コッポラ監督の注目作である。大学時代TVで観て以来の鑑賞で、原語完全版は初めて。

盗聴屋ジーン・ハックマンが、ある企業の専務ロバート・デュヴォールの依頼で、若い細君シンディ・ウィリアムズと浮気相手らしいフレデリック・フォレストの会話を盗聴する。
 アルフレッド・ヒッチコックの映画のように俯瞰から入る導入部が抜群の感覚で、一瞬ライフルかと思ってしまう望遠鏡型のマイクや3台のオープンリール・デッキといった機材が紹介される。特にあのでかいデッキは格好良い。

業界最高の盗聴屋と自負するハックマンは盗聴した内容には興味はないのだが、恋人たちによる「彼は我々を殺すかもしれない」という言葉が引っ掛かり、繰り返す聞くうちに強迫観念を覚えていく。二人が密会の約束をしたホテルの部屋の隣に陣取り、様子を盗聴すると、やはりテープを証拠に乗り込んだ夫が妻を責めていて、彼は血がトイレから吹き出る幻想を見るほどのノイローゼに陥ってしまう。
 ところが、直後に彼が知る実相はまるで逆で、死んだのは依頼者。或いはただの浮気調査だったのかもしれないが、ノイローゼを進行させた彼は今度は自分が盗聴されているという被害妄想に苦しむ。

依頼者の死の真相や逆盗聴の真相は両義的であるが、部屋を半壊させるほどばらしても何も出てこないところを見ると、引き金となった専務秘書ハリスン・フォードの電話自体が幻想(幻聴)なのであろう。だから、「さっさと引っ越せばよいのに」という指摘は的外れである。
 彼が盗聴に対して反道徳という意識を覚えていくことを強調若しくは裏打ちするのは、出品会で同業者アレン・ガーフィールドが自分たちの会話を盗み録りするのを咎める場面で、全体の構成を振り返った時、必要以上と思える程じっくり見せるあのシークエンスはその為に置かれたものと理解できる仕組み。

テーマは、現代科学文明は人間の神経を引き裂く、といったところか。「ゴッドファーザー」とは違うセミ・ドキュメンタリー・タッチで、アメリカン・ニューシネマ時代末期の当時こういう生々しい感覚は珍しくなかったものの、本作にはどこか欧州映画のような香りも漂うのである。僕は、盗聴模様を精細に見せて興味を覚えさせる内容以上にその画面を買う。

プライバシーの権利は、他の権利が上回る場合、多少阻害されても仕方がないと思う。それに気を遣うあまり助けられる命が放置されてしまった例もある。権力による一般人の盗聴は論外ですがね。

この記事へのコメント

vivajiji
2016年07月12日 16:37
当方久しぶりに“お立ち寄り”できる作品ご覧に。(^^)

コッポラ氏、いい仕事してましたよね。
今じゃ、でっぷりと貫禄つけたハックマンでさえ
上り坂真っ最中でしたもん、本作での彼には
殺気まで感じられたような。細部忘れてますが、
あの雰囲気と硬質さ、好きでした。
オカピー
2016年07月12日 20:46
vivajijiさん、コメントは本当に久しぶりですね^^/

コッポラは本来は「ゴッドファーザー」のような作品を作るタイプではなく、変わった味の小品が本来のフィールドではないかと勝手に思っていますが、本作は正にフィールドのほうで、小品でもない代わりにメジャー映画らしくもない。
本作がコッポラ一番の作品という人も結構いますよね。

ハックマンは「フレンチ・コネクション」でスターダムに上り、「ポセイドン・アドベンチャー」「スケアクロウ」そして本作と秀作に立て続けに出て、この頃が黄金期。
その後は安定した仕事ぶり。ニューシネマ期に出現した名優中の名優ですね。
ねこのひげ
2016年07月18日 16:57
これは新宿の劇場で観たかな?
コッポラ監督作品とは気がつかないで観ておりましたが、実によい作品でありましたよ。
オカピー
2016年07月18日 20:01
ねこのひげさん、こんにちは。

この映画が公開された時はまだ群馬にいまして、東京時代も名画座のラインアップを飾った記憶がないのですが、あるいはTVで先に観たので、観なかったのかな。

「ゴッドファーザー」は万人向けによく出来た作品ですけど、本作の小品ぶりは映画作家の作品という気がしますね。
蟷螂の斧
2020年05月27日 06:43
おはようございます。昨夜この映画を見ました。同業者たちと酒を飲む。自分に盗聴器が仕掛けられる。あるいは一夜を共にした女性にテープを盗まれる。あのあたりから主人公が神経過敏になっていきますね。最後の方の電話は幻聴でしょう。

>“ジョン・スタージェスとしては“”という条件付きの厳しさと思います。

さすが双葉師匠です!記事のアップを楽しみにしております。

>クロマティ

チームメイトがホームランを打つと真っ先に握手をしに行く。ビートたけしさんがオールナイトニッポンで「ごますりおじさん」と茶化していましたが、それだけクロマティが皆に溶け込もうと気を遣っていたのかなあと思います。
僕は中日のモッカが好きでした。真面目な外国人選手の典型でした。中日もデービスで懲りてましたからね・・・(苦笑)。
オカピー
2020年05月27日 21:17
蟷螂の斧さん、こんにちは。

ミイラ取りがミイラになるような話でしたね。

>クロマティが皆に溶け込もうと気を遣っていたのかなあと思います。

そういうことでしょうね。あの性格が多分日本での成功を生んだのだと思います。

>中日のモッカが好きでした。真面目な外国人選手の典型でした。

彼を見ると、ダニー・ケイ(谷敬ではないですよ)を思い出したものです。大リーグでの実績はないに等しいですが、日本では成功した選手ですね。
 両国での成績の差は、何回も言いますが(笑)、相性と運の問題があると思います。日本の野球のレベルがそこまで低いわけではないと思います。現在の日本はパワー・ピッチャーが増えましたね。

>中日もデービスで懲りてましたからね・・・(苦笑)。

彼は成績より素行ですよね。僕は、巨人戦で打ったランニング・ホームランをよく憶えてます、悔しくて(笑)。
蟷螂の斧
2020年05月28日 19:28
こんばんは。

>ミイラ取りがミイラになるような話でしたね。

そして彼は守りが弱いタイプです。攻めているうちはよかったのですが。

>巨人戦で打ったランニング・ホームラン

僕もテレビで見ました。まさにリアルタイムで!いつの間にかホームイン。
別の試合では前のランナー谷沢を追い越しそうになりました(笑)。
翌日の新聞にその写真が載りました。クラスメート(谷沢のファン)が「谷沢をバカにしないでくれ!」と言ってました。

>多少阻害されても仕方がないと思う。

数年前に決まった法律を思い出しました。
オカピー
2020年05月28日 19:52
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>そして彼は守りが弱いタイプです。攻めているうちはよかったのですが。

なるほど。そういう言い方もできますね。

>まさにリアルタイムで!いつの間にかホームイン。
>別の試合では前のランナー谷沢を追い越しそうになりました(笑)。

あははは。
 現在の長嶋名誉監督は、確かホームランを打って前の打者を追い越して、記録上単打か何かになったことがありますよね。それも二度くらい。
 比較的最近ホームランではないかもしれませんが、そんなケースを見た記憶があります。どこにもおっちょこちょいはいるものです。

>数年前に決まった法律を思い出しました。

町におけるプライバシーなどたかが知れているわけで、それで犯人等が捕えられるのあれば監視カメラはあってしかるべきでしょう。これでプライバシー云々を言う人は、犯罪を起こしたいと言われても仕方がないですね。僕とて家の中まで入られては厭です。
 個人情報保護法なんてのものも実際には悪用されていて、安倍政権での幾つかの問題でも“個人情報だから”と情報を公開せずに済ましていますよね。問題だと思います。

被災した人の名前を公開しない為に、警察や消防士が捜索に無駄な時間を費やしたり、二次被害を出す恐れに至った例も。
 病院に行った家族が入院していると思われる別の家族に会えないなんて不条理もあり、この時は政府が慌てて“生命と財産に関わる場合はその限り(個人情報保護)ではない”と通達しましたよね。
 個人的には、名簿が悪用されてかかって来る勧誘電話にうんざり。個人情報はまるで保護されていない現実。
蟷螂の斧
2020年05月29日 19:09
こんばんは。

>出品会で同業者アレン・ガーフィールドが自分たちの会話を盗み録りする

そしてハックマンと一夜を共にした後、テープを盗んだ女は秘書の手先。やりますねー!演じた女優さん(エリザベス・マクレー)好演です。実生活では作家のネドリック・ヤングと結婚したけど、その人は1968年に54歳で死去(心臓発作)。翌年別の男性と結婚(現在まで至る)。英語版ウィキで調べました。

>確かホームランを打って前の打者を追い越して

それも長嶋さんがファンに愛された理由です。

>それで犯人等が捕えられるのあれば監視カメラはあってしかるべきでしょう

江戸時代の岡っ引き並みの情報収集力。

>警察や消防士が捜索に無駄な時間を費やしたり、二次被害を出す恐れに至った例も。

それは良くないです。

>個人情報はまるで保護されていない現実。

CDやDVDレンタルのカード。ドラッグストアのポイントがもらえるカード。建売住宅の見学。焼肉屋の誕生日サービス。まあ疑ってはいけないですね・・・。
オカピー
2020年05月29日 22:55
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>江戸時代の岡っ引き並みの情報収集力。

Kindleに野村胡堂の「銭形平次捕物控」を幾つか入れております。全て短編ですので、すぐに読み終えてしまいますが。全部で400話くらいあるようです。

>まあ疑ってはいけないですね・・・。

かつては高校や大学の名簿からというのが多かったですね。当初は違法ではなかったわけですが、個人情報保護法が出来た後も、明らかに最低限の数を超えている業者から連絡があり、“法律違反ではないか?”とすごんだら“証拠はあるか”などと反論されましたよ。
 今でも固定電話に電話がかかってきます。全く出ないにもかかわらず、同じと思われるところから執拗に何度も。親たちを狙っての詐欺かもしれないし、古い情報を使っているところも結構多いように思います。
mirage
2023年08月08日 22:38
こんばんは、オカピーさん。今、動画配信サービスやDVDなどで1970年代の映画を久し振りに、じっくりと観直している最中です。
その中で、今回レビューされている「カンバセーション---盗聴---」を観直したところですので、感想を述べてみたいと思います。

この映画は、現代人の孤独な魂の人間像を先鋭的な感性で描ききった、フランシス・フォード・コッポラ監督の映画史に残る秀作だと思います。

この映画「カンバセーション---盗聴---」は、フランシス・フォード・コッポラ監督が、ウィリアム・フリードキン監督、ピーター・ボグダノヴイッチ監督と共同で設立したデイレクターズ・カンパニーのその記念すべき第1作目の作品で、映画監督として最盛期にあったコッポラ監督の先鋭的な感性が生み出した"孤独な魂の人間像"を堪能出来る、映画史に残る秀作だと思います。

コッポラ監督自身が脚本も書き、撮影を「カッコーの巣の上で」「JAWS/ジョーズ」の名カメラマンのビル・バトラー、音楽を「大統領の陰謀」「ノーマ・レイ」のジャズ感覚のスコアを得意とするデヴィッド・シャイアというように一流のメンバーが結集していて、それだけで優れた映画になるのではないかという予感を抱かせてくれます。

この映画の製作当時は、ニクソン大統領によるウォーターゲート事件の直後だったので、"盗聴"を題材にしたこの映画は、その意味で話題になったそうですが、政治的な陰謀とは全く関係なく、"プライバシー"の問題がこの映画のテーマになっていますね。

プロの盗聴屋そのものが盗聴されているかもしれないという、"現代の恐怖"を描いていて、"神"の問題すら提示されていて、形而上的な深みと重さをその底には持っていると思いますが、映画はもっと俗っぽい面白さを湛えて展開していきます。

広場の人混みの中で盗聴する事、そのテープを繰り返し聞いているうちに、"殺人"が浮かび上がって来る事----つまりミステリー映画としての面白さがあるんですね。

このあたりのモティーフは、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の1966年の「欲望」に影響を受けているのは間違いありません。

「欲望」の主人公のカメラマンが偶然撮ったカップルの写真に、死体が微かに写っているのが見えた事から、現実と虚構の狭間を彷徨い、自己を喪失していくという映画でした。

この映画は、"盗聴"とか"尾行"といった事をモティーフとして、盗聴されている被害者より、むしろ盗聴する側の人間の心理、生き方というものを鮮烈に描いています。

いわば、コッポラ監督は、"現代の恐怖映画"というものを意図的に狙って撮っているのだと思います。

"盗聴"を職業とする人間の、何か陰湿でじめじめとした陰気で暗い世界や、彼ら盗聴屋の倫理観、自尊心、女性関係などをシビアに描き、最終的には人道にかなった結末が用意されていて、締めくくられる。

このようなセンセーショナルな題材を映画化したコッポラ監督の、時代を先取りした、時代に対する鋭敏さが、当時のアメリカン・ニューシネマを世界のトップに押し上げた牽引役ともなったのだと思います。

映画は主人公の盗聴屋ハリー(ジーン・ハックマン)が、密かに収録した男女の平凡な会話を聞いているうちに、その中に殺人の匂いをかぎとります。
彼はこの録音したテープを、彼に依頼した会社の人間に渡し、謝礼を受け取ります。

そして、そのテープの内容に興味を持ったハリーは、独自の調査を開始します。
テープの中の女は、どうやら依頼人の妻であったらしい。
妻の浮気と、それに絡んだ殺人が--------。

すると調査を始めたハリーが、今度は逆に人に尾行される立場になってしまうのです。
そして、彼の話す言葉がさりげなく盗み取られる人になるという、戦慄すべき展開になっていきます。

やがてハリーは、殺人の起こりそうな現場に赴くと、そこで意外な事件が次々と発生し、思いもよらない結末が待ち受ける事になります。

コッポラ監督の鋭い視線は、ハリーの内面へと深く入っていきます。
孤独で、禁欲的で、ある意味、完全主義者で恋人や相棒にすら心を許さない男ハリー。

こうした人間像は、コッポラ監督が「ゴッドファーザー」で、アル・パチーノが演じたマイケルや「地獄の黙示録」でマーティン・シーンが演じたウィラードなどに見られるように、コッポラ監督が好んで描く人間像で、"現代的な病"を体現する人物像になっていると思います。

このハリーはまた、過去のトラウマから罪の意識に苛まれていて、そんな彼の唯一の心の拠りどころになるのは、家で吹くサックスと教会の懺悔室だけという、"心に深い闇を抱えた人間"としても描かれています。

そして、心の拠りどころであるサックスを吹くという事が、鮮烈なラストシーンの重要な伏線になっていると思います。

映画のラストで、自分の部屋に盗聴器が仕掛けられているのではないかと、ハリーは疑心暗鬼に駆られ、次々と家具を壊し、壁と床を剥いでいきます。
しかし、何故かサックスだけには手をつけませんでした。

それでも盗聴器は見つからず、丸裸の室内で茫然と座っているハリーの孤独な姿は、現代の孤独で病める人間の象徴として暗示的に描かれていて、まさにブラック・ユーモアの世界を見事に表現していたと思います。

なお、この映画は1974年度のカンヌ国際映画祭で最高賞のグランプリ(現在のパルムドール賞)を受賞し、同年の英国アカデミー賞で最優秀編集賞と最優秀音響賞を受賞し、ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞でジーン・ハックマンが最優秀主演男優賞を受賞しています。
オカピー
2023年08月09日 18:44
mirageさん、こんにちは。

>ニクソン大統領によるウォーターゲート事件の直後だったので、"盗聴"を題材にしたこの映画は、その意味で話題になったそう

そんな記憶があります。

>このあたりのモティーフは、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の1966年の「欲望」に影響を受けているのは間違いありません。

言われてみると、そんな気がしますね。
「欲望」は実存主義的な人間観をミステリー的要素の中に示した作品。本作はそこまで実存主義的なムードはないと思いますが、しかし、幕切れの感覚は“あるいは”と思わせないでもないです。

>1974年度のカンヌ国際映画祭で最高賞のグランプリ(現在のパルムドール賞)を受賞

この受賞は極めて妥当。
この時代くらいまではまだカンヌと僕の相性はさほど悪くなかったですが、ここ30年以上、どうもカンヌの選出はピンと来ないです。

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