映画評「アメリカン・ドリーマー 理想の代償」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2014年アメリカ映画 監督J・C・チャンダー
ネタバレあり

J・C・チャンダーは、「マージン・コール」(本邦劇場未公開)「オール・イズ・ロスト~最後の手紙~」では色々理屈を並べて星を抑えたものの、実はなかなかの実力派監督と思っている。もっと普遍的な良い素材に当たれば堅実に見せる秀作を作り出すだろうと踏んでいた通り、本作で大分僕の考える秀作映画にかなり近づいた。

1980年頃のニューヨークのお話で、地下鉄車両に書かれた大量の落書きが生々しい。【割れ窓理論】に基づき落書きが消されてからニューヨークの治安がぐっと良くなったと聞いたのは20年くらい前だろうか。つまり、NYが一番危険な街だった頃のお話ということ。

1981年、オイル会社の経営者オスカー・アイザックはユダヤ人業者から銀行からの融資を当てに少なからぬ頭金を払って彼の持つ施設を買い取る契約を結ぶが、30日以内に残りの金を支払わないと契約が破棄され頭金は戻されないという条件が付く。
 日々彼の会社のタンクローリーが襲われ頭を悩ましつつも銃での対抗措置は取らないという彼の方針も空しく運転手エリス・ガベルが発砲事件を起こした為、銀行が融資を断ってくる。彼が脱税等の悪事を暴こうと躍起になっている検事デーヴィッド・オイェロウォには良い材料となってしまう。
 しかし、正攻法以外の手法は一切取らないことをモットーとするが故に追い詰められた彼に、遂に糟糠の妻ジェシカ・チャステインが莫大な“へそくり”の存在を明らかにする。最初はヤクザのボスを父を持つ彼女が得た汚い金かと疑うが、結局この資金を加えて残金を払って施設を買い取り、NY一のオイル会社となる。

ドル箱スターも出演せず華美の要素さが殆どない作品だから「マージン・コール」同様に本邦劇場未公開に終わっても不思議ではなかったが、配給会社のおかげで公開に至ったのは幸いで、チャンダーが自らのオリジナル脚本をきちんと映像に移し、予想通り堅実に見せてくれる。基本的にチャンダーはドキュメンタリー・タッチの演出家で、本作もその路線だが、それでも彼は肩掛け・手持ちカメラは多用しない方針らしく堂々と撮ったカメラが良い。「オール・イズ・ロスト」は必要性があったにしても揺れるカメラを使ったのが不満だったが、内容に沿って使い分けしているらしく、なかなか賢明と言いたい。

「結果ではなくそこに至る正しい道(手段)が大事である」という主人公の最後の言葉が、本作の社会に向けたメッセージ。この言葉に彼を彼を疑っていた検事も感服せざるを得ず、我々も素直に首(こうべ)を垂れるしかない。この理想が実現できれば、世界は平和である。その直前ガベルの拳銃自殺であいたコンテナの穴を主人公が冷静に塞ぐ行動については両義的な解釈ができるが、どう解釈しても彼の言葉との間に矛盾はないだろう。

現在では本邦劇場未公開でも有料放送、DVDなどでかなりカバーできる時代。未公開に良い作品が結構埋もれているのではないかと思うが、それでも出来の悪い劇場公開映画を見てしまう。それが人情。

この記事へのコメント

ねこのひげ
2016年09月25日 14:14
ハリウッドの俳優で、稼いだ金で映画を作っている人がいてその上映方法が変わっているそうです。
映画を上映する場合、自分が同席でなければ上映させないし、上映させた後に自分のパフーマンスと解説をさせないと上映させないそうでアメリカ国内でも見た人は数少ないそうです。

広瀬正の小説・・・・本棚を探してみたんですが・・・
出てきません。
所有していたと思っていたんですが・・・どこにいれたか・・・
広瀬正全集というのも出版されてますので、図書館で探してみたください。
すいませんです。
ねこのひげ
2016年09月25日 16:39
忘れてましたが、今夜11時にNHKでドラマ『戦争と平和』があります。映画と比べてどうなんでしょうね。
最近の海外ドラマは俊英なのが多いようです。
そうそう明日からフジテレビの深夜で『ハウス・オブ・カード』というのがあります。
アメリカ大統領になろうとする男の手段を択ばぬ戦いを描いたドラマで評判でした。
大統領選に合した放映でしょうね。
オカピー
2016年09月25日 22:35
ねこのひげさん、こんにちは。

>ハリウッドの俳優
それはまた傲慢ではないですかなあ^^;

>広瀬正
SFはちらほら読めそうですが、ミステリーは少なかったです。
代表作と目される「T型フォード殺人事件」がありましたので、これを後日読んでみましょう。これ、案外そうではないですか?

>『戦争と平和』
僕の悪い癖でTV映画は映画に劣ると思ってしまうのですが、TVのミニ・シリーズの中にはもの凄く上出来のものがあるようです。
しかし、ミニ・シリーズは長いからなあ。
観たいけれど、全編は無理のようTT

>『ハウス・オブ・カード』
しかし、ねこのひげさんの情報の幅広いことにはビックリですね。
これもシリーズですか。
僕もそろそろスタンスを変えたほうが良いのかなあ^^

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