映画評「ツィゴイネルワイゼン」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1980年日本映画 監督・鈴木清順
ネタバレあり
先日「蜜のあわれ」を観た時に比較したのが本作。クレジットされていないが、内田百閒の名短編「サラサーテの盤」の映画化である。10年ほど前この小説を読み、得体の知れない恐怖に打ち震えた。当時その恐怖の理由を解き明かしたつもりであったが、実際はどうだったのか。
多分大正7~8年ごろ、士官学校ドイツ語教授青地(藤田敏八)は、放浪癖のある元同僚・中砂(=なかさご、原田芳雄)が殺人のかどで逮捕されそうなところを救った後、芸者お稲(大谷直子)と三人で飲み明かす。青地は重病で先の長くない妹(真喜志きさ子)から妻・周子(大楠道代)と中砂の怪しい行動を聞かされて心穏やかではない。病人の幻覚である可能性も否定できない。
中砂はその後お稲とうり二つの園(大谷直子二役)と結婚し、豊子という娘を設けるが、放浪癖は相変わらずでお稲とも関係を続ける。やがて、園がスペイン風邪で亡くなると、お稲を乳母という名目で後添えに迎えるが、その彼も放浪中の山で亡くなる。
5年後お稲が彼の屋敷を訪れ、中砂が貸した本を返してくれと再三現われる。やがて青地は最後に要求されたサラサーテの声が入っている曰くつきのSP盤「ツィゴイネルワイゼン」を発見し、後日届けに行くと、豊子の姿がないので怪しむ。やがて現れた豊子は「(生前中砂と約束した)お骨を頂戴」と言う。怖くなった青地は慌てて逃げ出す。
原作の怖さが何だったか思い出せないが、映画化された本作の怖さは、死霊と思われる豊子の要求が正当であるならば、青地自身も死人でいるという理屈になる点であろうか。欧米のホラー映画にこの種のどんでん返し的着想が増えているが、本作は露骨にそうした趣向を見せるわけでもなく、観客に「あるいは」と感じさせるに留まっているのが怖いのである。
1967年に日活を追い出された鈴木清順が完全復活した作品で、耽美的な画面が当時世間を賑わし、若手が増えて来た「キネマ旬報」の批評家選出の第1位になってしまった。日活を放逐されるまでの彼には考えられないことである。一般的に解りにくい映画だからアート作品と見られるが、本人にとってはホラー映画だったのではないか。シーンにおいては映画文法(カット割り)を無視し、映画全体としては実景と幻想とを交え無手勝流に好き勝手をやっているから解りにくいものの、十年間も干されていたとは言え、本作のごとく自分の思い通りに映画が作れた清順は結局は幸福だったかもしれない。
本作でも勿論清順らしいエロ・グロ趣味は色々出て来るが、余り清順らしくないところでは、再三出て来る中砂の家に通ずる峡谷やトンネルの描写が相当印象深い。清順向きに深読みすれば、女性の象徴かもしれない。
全体を見渡した時、グロテスク趣味醸成に貢献しているとは言え、三人の門付け芸人のお話はないほうがすっきりする気がする。
四人の男女優の耽美度が圧巻。原田芳雄は言うまでもなく、映画監督が専業の藤田敏八が良い味を出していた。
鈴木清順、藤田敏八のお二方は、邦画の特集を毎月組んでいるWOWOWにそろそろ出て来てもいいんじゃない?
1980年日本映画 監督・鈴木清順
ネタバレあり
先日「蜜のあわれ」を観た時に比較したのが本作。クレジットされていないが、内田百閒の名短編「サラサーテの盤」の映画化である。10年ほど前この小説を読み、得体の知れない恐怖に打ち震えた。当時その恐怖の理由を解き明かしたつもりであったが、実際はどうだったのか。
多分大正7~8年ごろ、士官学校ドイツ語教授青地(藤田敏八)は、放浪癖のある元同僚・中砂(=なかさご、原田芳雄)が殺人のかどで逮捕されそうなところを救った後、芸者お稲(大谷直子)と三人で飲み明かす。青地は重病で先の長くない妹(真喜志きさ子)から妻・周子(大楠道代)と中砂の怪しい行動を聞かされて心穏やかではない。病人の幻覚である可能性も否定できない。
中砂はその後お稲とうり二つの園(大谷直子二役)と結婚し、豊子という娘を設けるが、放浪癖は相変わらずでお稲とも関係を続ける。やがて、園がスペイン風邪で亡くなると、お稲を乳母という名目で後添えに迎えるが、その彼も放浪中の山で亡くなる。
5年後お稲が彼の屋敷を訪れ、中砂が貸した本を返してくれと再三現われる。やがて青地は最後に要求されたサラサーテの声が入っている曰くつきのSP盤「ツィゴイネルワイゼン」を発見し、後日届けに行くと、豊子の姿がないので怪しむ。やがて現れた豊子は「(生前中砂と約束した)お骨を頂戴」と言う。怖くなった青地は慌てて逃げ出す。
原作の怖さが何だったか思い出せないが、映画化された本作の怖さは、死霊と思われる豊子の要求が正当であるならば、青地自身も死人でいるという理屈になる点であろうか。欧米のホラー映画にこの種のどんでん返し的着想が増えているが、本作は露骨にそうした趣向を見せるわけでもなく、観客に「あるいは」と感じさせるに留まっているのが怖いのである。
1967年に日活を追い出された鈴木清順が完全復活した作品で、耽美的な画面が当時世間を賑わし、若手が増えて来た「キネマ旬報」の批評家選出の第1位になってしまった。日活を放逐されるまでの彼には考えられないことである。一般的に解りにくい映画だからアート作品と見られるが、本人にとってはホラー映画だったのではないか。シーンにおいては映画文法(カット割り)を無視し、映画全体としては実景と幻想とを交え無手勝流に好き勝手をやっているから解りにくいものの、十年間も干されていたとは言え、本作のごとく自分の思い通りに映画が作れた清順は結局は幸福だったかもしれない。
本作でも勿論清順らしいエロ・グロ趣味は色々出て来るが、余り清順らしくないところでは、再三出て来る中砂の家に通ずる峡谷やトンネルの描写が相当印象深い。清順向きに深読みすれば、女性の象徴かもしれない。
全体を見渡した時、グロテスク趣味醸成に貢献しているとは言え、三人の門付け芸人のお話はないほうがすっきりする気がする。
四人の男女優の耽美度が圧巻。原田芳雄は言うまでもなく、映画監督が専業の藤田敏八が良い味を出していた。
鈴木清順、藤田敏八のお二方は、邦画の特集を毎月組んでいるWOWOWにそろそろ出て来てもいいんじゃない?
この記事へのコメント
この映画「ツィゴイネルワイゼン」は数年前に見ました。現実と幻想が交錯した極彩色溢れる清順美学の代表的映画と言われていますね。
>園がスペイン風邪で亡くなる
コロナウイルスがなかなか収まらない現在。大正時代のスペイン風邪が話題になる事が多いです。
>売れなくなった歌手が俳優に転向するケースも多い。
リサイクルだと言う人もいます。
>鈴木清順監督作品「カポネ大いに泣く」を見ました。
>ショーケンが歌う浪花節や河内音頭が良かったです。
沢田研二に続いてショーケン!
作品の方は、例によって(笑)、忘れました^^;
年をとってまるでダメ男くんデス。古いです。
ショーケンと言えばテンプターズ。テンプターズの名曲「エメラルドの伝説」のサビのベース・コードがビートルズのAnd Your Bird Can Sing から拝借している(らしい)のはご存知ですか?
>この映画「ツィゴイネルワイゼン」は数年前に見ました。
幻想篇でしたねえ。
最初に観たのは映画館で、デス。
多分、初めて観た鈴木清順監督作品です。その後衛星放送で、昔の作品を大量に観ました。
本作は幻想的で、一見(笑)芸術性の高い作品ですが、清順としてはB級映画のエッセンスをもった映画なのかもしれません。
>コロナウイルスがなかなか収まらない現在。
>大正時代のスペイン風邪が話題になる事が多いです。
医療体制や防疫策が遅れていた時代ですから、死亡者がコロナとは比較にならない多さでしたが。感染した人ではなく、全人口の数%ですからね。
日本はあの時も比較的少なかったですが、それでも全人口の0.5%くらいだったと僕は計算しています。これを今の人口に直すと、60万人くらい。あのパンデミックで、日本にマスクが定着したと言われていますね。
感染者の致死率は、コロナより少し低かったようです。但し、若い人の死者が多いがコロナとは対照的。
収束した理由がよく解らないようですが、集団免疫に達したのかもしれません。
>リサイクルだと言う人もいます。
それは俳優業に失礼だなあ(笑)。
転向して一流になった人も少ないですよね。
>「エメラルドの伝説」
訂正です。
昨日のレスで、ベース・コードと書きましたが、正しくはベース・ラインでした。
>「エメラルドの伝説」のサビのベース・ラインがビートルズのAnd Your Bird Can Sing から拝借
https://www.youtube.com/watch?v=DfSzKWWWgZM
0分46秒あたりからでしょうか?楽器を弾けない僕ではわからないです。すみません。
>幻想篇でしたねえ。
鈴木清順監督は幻想が好きなんでしょうか?「けんかえれじい」も幻想っぽい感じでした。
>全人口の数%ですからね
なぜか歩合制を思い出します。分母が多ければ分子も大きい。
>あのパンデミックで、日本にマスクが定着した
失敗や犠牲で学ぶのが人間です。東日本大震災でもそう思いました。
>集団免疫に達したのかもしれません。
当時はテレビなどない。新聞以外だとラジオ?自治会や町内会の伝達?
>それは俳優業に失礼だなあ(笑)。
僕が好きだったアイドル歌手の菊池桃子。ロックバンドのヴォーカルでも失敗。でも女優になったらそこそこの成功。「リサイクル女優」と雑誌に書かれていました。結婚・離婚・子供さんの件で苦労。現在は母校・戸板女子短期大学の客員教授。立派です。
>0分46秒あたりからでしょうか?楽器を弾けない僕ではわからないです。
訂正を反映させて戴き有難うございます。
そうです。
ビートルズはサビでではなく、全体的にリフ的に使っていますね。
僕はベースを注意して聴くことが多いのであります。
ビートルズは、初期はジョンのリズム・ギター、中期はポールのメロディアスなベース、後期は全体像、という感じで聴きがちです。
>鈴木清順監督は幻想が好きなんでしょうか?
>「けんかえれじい」も幻想っぽい感じでした。
必ずしもそういうことはないと思いますが、彼のカット割りは規則通りでなく、審美眼も独特なので、ありふれた内容のアクションでも現実感が余りないことが多いデスね。
日活を追い出される原因となった「殺しの烙印」も相当変ですので、機会がありましたら、どうぞ(笑)
>僕が好きだったアイドル歌手の菊池桃子。
前回のレスで“一流になった人も少ない”と書きましたが、“少なくない”と過ちでした。文脈からそう読めると思いますが(汗)。
この間読んだ本で“自分の文章では、そう読めてしまうので、間違いに気付きにくい”とありましたが、正にそれですね。
菊池桃子。特に好きではなかったですが、昔から可愛い人でした。中年になっても印象が全く変わらない。それも大したものデス。
午後は「あ・うん」。降旗康男監督。高倉健主演。暗い昭和の支那事変前夜の庶民の暮らし。
>日活を追い出される原因となった「殺しの烙印」
田山力哉著「日本映画名作全史 現代篇2」にそのあたりの事が書いてあります。そして「ツィゴイネルワイゼン」は移動可能なドーム型のテント劇場で上映されたんですね。
>初期はジョンのリズム・ギター、中期はポールのメロディアスなベース
「All my loving」「With a little help from my friends」が良い例です。
>文脈からそう読めると思いますが(汗)。
そう思いながら読みました。
>中年になっても印象が全く変わらない。
3年前、タクシー運転手が彼女にストーカー行為と言う事件。とても嫌な感じがしました。憧れるだけにして欲しいです。
>「拳銃王」「あ・うん」
色々とご覧になっていますね。
どちらも保存版を持っています。なかなか見ませんけど(笑)
「あ・うん」はそんな時代の話でしたっけ。(例によって)忘れたなあ。
>「ツィゴイネルワイゼン」は移動可能なドーム型のテント劇場で上映されたんですね。
そうでしたなあ。映画とは関係のない番組でも紹介されて、段々評判を呼んでいったのを思い出します。
僕は、2年くらい後になって次作の「陽炎座」と一緒に名画座で観ました。
>そう思いながら読みました。
この文章でまた“てにをは”を間違えました^^;
>3年前、タクシー運転手が彼女にストーカー行為と言う事件。
そういうのは困りますなあ。
一人の異性をずっと思い続けるということを指してストーカーと言うのはどうかと考えますが、その相手が迷惑特に恐怖を感じるような行為は怪しからんと思いますねえ。
>「あ・うん」はそんな時代の話でしたっけ。
映画を見終わってからウィキペディアで色々調べました。
向田邦子脚本のテレビドラマ。映画はそれから8年もたってから公開されたんですね。面白いストーリーですが、向田さんが飛行機事故で亡くなった為に中断。悲しいです。
>向田邦子脚本のテレビドラマ。
向田邦子の脚本というのは憶えています。しかし、話は余り憶えていない。僕の場合は、完全に数をこなし過ぎなんですが。
>向田さんが飛行機事故で亡くなった為に中断。悲しいです。
姉が好きでして、ショックを受けていました。僕も姉から本を借りていたので、ビックリしましたね。
用心棒さんのブログにも書いた事なのですが
1+1=2
https://www.youtube.com/watch?v=phAn0e2teNQ
ジョンはこの曲(ポール作)を「下らない曲だ」と言ったそうですね。でも、いいんじゃないんですか?
>姉が好きでして、ショックを受けていました。
今でも向田邦子さんの根強いファンが多いです。
>映画監督が専業の藤田敏八
男女が同棲する作品が多いです。藤田監督自身を投影してるのでしょうか?
>ジョンはこの曲(ポール作)を「下らない曲だ」と言ったそうですね。
自分の曲についてもよくこうした表現を使う人ですから、殆ど無視しても良いのですが、嫉妬もあるかもしれません。ジョンの才能も物凄いのですが。
この曲は、他のアーティストでよく聴いていましたが、ポールのデモは初めて聞きました。この手の音源も楽しいですね。
>男女が同棲する作品が多いです。藤田監督自身を投影してるのでしょうか?
藤田監督も色々な女性遍歴がある(らしい)人ですから、彼なりの男女関係観があるのでしょうね。
来現WOWOWに本作が久しぶりに登場! ビデオは持っていますが、これで永久保存版を作ります(^^)v
ビートルズがデッカ・オーディションで演奏して歌った「The Sheik Of Araby」
https://www.youtube.com/watch?v=5NtpWzT3N2g
原曲はこれでしょうか?
https://www.youtube.com/watch?v=SPrNMnme1U0
楽しい曲です。
>嫉妬もあるかもしれません。
お互いに批判し合って「レノン=マッカートニー」コンビで数々の名曲が出来ました。
>他のアーティストでよく聴いていましたが
これですよね?
https://www.youtube.com/watch?v=1wxDDCqot0A
僕は初めて聞きました。なかなかいいですねー!
>彼なりの男女関係観があるのでしょうね。
未完に終わった夏目漱石の「明暗」。漱石の作品にはああいうパターンが多いですか?昔付き合っていた(?)女性に会いたがる。
>ビートルズがデッカ・オーディションで演奏して歌った「The Sheik Of Araby」
このバージョンが入っているCDを持っています。昔結構聴きましたよ^^v
>未完に終わった夏目漱石の「明暗」。漱石の作品にはああいうパターンが多いですか?
>昔付き合っていた(?)女性に会いたがる。
男性の主人公が友人の妻を奪う形になる「それから」とその後日談とも思えるような(登場人物名は違う)「門」は系列的に近いですが、「明暗」において初めて女性の心理が重要性を伴って扱われました。
いずれにしても、漱石の恋愛心理小説は、主人公が低回的に自問自答しながら進む形が多いデス。
2年後に発表された「レディ・マドンナ」。それをファッツ・ドミノが歌う。
https://www.youtube.com/watch?v=jOWfhn_Jh40
これもいいですねー!
>昔結構聴きましたよ^^v
1980年代後半、ブートレグが売れた時代でしょうか?
>男性の主人公が友人の妻を奪う形
なぜ漱石はそういうパターンを書きたがるのでしょうか?
また白樺派との比較をあげる人もいます。
無学な僕にいろいろ教えて下さい。
>ビートルズの武道館ライヴ1日目
昨年ホワイト・アルバムのリミックスをダウンロードしてCDにした時、全曲は一枚に収まらないので、一枚目の余ったスペースにこの一日目を付録しました。もう一枚にはハリウッド・ボウルでの公式ライブ盤を。良い時代だなあ。
リミックスの「バック・イン・ザ・USSR」は楽器のバランスが大分違ってベースが強く、印象がかなり違いますよ。
>「レディ・マドンナ」。それをファッツ・ドミノが歌う。
ファッツ・ドミノの2枚組ベストを持っていますが、これは入っていなかったような気がします。
>なぜ漱石はそういうパターンを書きたがるのでしょうか?
「虞美人草」以降の漱石は、近代人の自我をテーマにしました。恋愛はそれを表現するに都合の良い材料だったのだろうと分析しています。
白樺派は漱石に割合近いと思います。漱石に比べぐっと人間主義・人道主義で、批判的な態度で人間に当たらないという傾向はあります(特に武者小路実篤)が。
多分、白樺派は、自分が近いにも拘らず先輩ジュリアン・デュヴィヴィエを徹底批判したフランソワ・トリュフォーの立場に近いような気がします。あるいは、小津安二郎に対する山田洋次とか。