映画評「ナチュラル」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1984年アメリカ映画 監督バリー・レヴィンスン
ネタバレあり

野球映画は数十本観ていると思うが、僕にとっては断然のNo.1である。「フィールド・オブ・ドリームス」も良いが、本作のほうが野球ならではの面白さがよく出ていると思う。本作に関しては、allcinemaのコメントに余りにデタラメなものが多く、重要なものをピックアップして映画論の角度から少し批判してみようと思うが、その前提となる物語をば。

1920年代だろうか、大谷翔平君くらいの剛速球ピッチャーだったロバート・レッドフォードが、採用される球団へ向かう列車の中で、耳目を驚かせていたスポーツ選手殺しの犯人バーバラ・ハーシーに関心を持たれた結果、後で彼女に撃たれる。
 16年後星飛雄馬よろしく打者に転向していた彼は弱小球団ニューヨーク・ナイツに採用され、先発に起用されるやヒットとホームランを連発、チームも快進撃を続ける。
 しかし、監督の姪キム・ベイジンガーは八百長を仕掛けるメンバーの一員で、彼女にはまって暫しスランプを続けるが、実は故郷を離れる前に彼と結ばれて息子を設けた幼馴染グレン・クロースが球場に現れるとスランプ脱出、決勝ホームランを打つ。続いて彼女は、リーグ優勝決定戦では息子を連れて現れ、「あなたの子供」ということを告げ、古傷で生命の危険さえある状態で打席に立つ彼を励ます。
 彼はかくして花道を飾って引退、故郷でかつての父親と同じように息子とキャッチボールをする。

この序盤と幕切れの呼応がクラシカルというだけでなく、実に人情味を醸成して上手いものであるし、スランプの選手がレッフォード由来の稲妻のパッチを付けると打ち出し、その後国歌斉唱で全員が同じパッチを付けている(チームが勝っていることをも暗示する)、という部分の三段論法的な見せ方など場面構成のお手本のよう。極論すれば、これを観るだけで本作を鑑賞する価値がある。こうした上手さの積み重ねを楽しむのが本作である。

さて、ここから少し映画論となる。

一つはバーバラ・ハーシーが何故彼を撃ったのか(解らないと指摘する野暮)。彼女はそれだけの為に登場する仕掛けであって、その目的を知らせたところでお話の展開上何も変わらない。言わば池に投げ込まれて波紋を作り出す石ころである。石が投げ込まれる理由など、10時間も20時間もあるドラマではあるまいし、知らせる必要がどこにあろうか。映画鑑賞の基礎中の基礎なのだが、ヒッチコックが「マクガフィン(単なる仕掛け)という考え方がどうしても理解して貰えず困る」と嘆いた気持ちが分る。

もう一つは先が読める、という指摘。勿論先が読めては面白味がないジャンルや作品もあるが、本作は(特に少し)先を読ませて面白味を生み出している作品なのである。先が読めるから面白い。
 例えば、先のバーバラ。後で色々絡んでくることになる記者ロバート・デュヴォールがスポーツ選手の連続殺人の件を話している。当時映画鑑賞歴15年くらいだった僕でもレッドフォードがバーバラの標的になるのは間違いないと思い、それまでをどう見せるかという興味を覚えたものである。
 あるいは、シカゴに遠征中のレッドフォードを自宅に招いた時グレンが子供の存在を告げ、しかも「元夫はニューヨークにいる」と言う。息子が彼の実子であること、彼女が彼を必死に思っていることが判り、感動ものでさえある。登場人物と観客の理解に差があるところが面白いのである。
 後になって「やっぱりね」と思わせるのではなく、やんわりと観客に教えている。「やっぱりね」では下手な作劇だが、後者のように「なるほどね」の場合は巧みと言わなければならない。

ホームランがライトに当たって花火のように火を噴く本作最高のハイライト(洒落か?)については「ありえない」というコメントが結構ある。こんな御伽噺のようなお話にリアリティを持ち出すのは「木によりて魚を求む」愚という。

野球の場面も相当よく出来ていて、これに文句を言う野球ファンはいないだろう。投球フォームやスイングにやや物足りなさを感じるが、あの時代の選手は実際の選手にもああいう感じの人が多かったような気がする。今の一流選手は体がスウェイしないのだ。

僕は本作と「レインマン」「わが心のボルチモア」という三作でバリー・レヴィンスンは久しぶりに現れた正攻法演出の逸材と思ったが、今世紀に入って干されている形。

昨年アメリカの野球記者もビックリした大谷君の規格外ホームラン。実際にも「ありえない」場面に遭遇するものです。ワンバウンドしそうなフォークボールをセンター越えのホームランにした松井秀喜にもビックリしたけれど。

この記事へのコメント

十瑠
2017年01月04日 11:18
オカピーさん。今年もよろしくお願いします。

>投球フォームやスイングにやや物足りなさを感じるが

野球の奨学金で大学に行ったらしいレッドフォードですが、この時すでに40代半ばですから確かに剛速球を投げそうには見えませんでしたね。

封切り時には美人じゃないアイリスに不満があったのに再見時にはかえって良さが分かったのはコチラが成長したからと、改めてかつて見た映画も時を経て観るもんだと感じた次第です。
オカピー
2017年01月04日 17:53
十瑠さん、こちらこそよろしくお願い致します。

>レッドフォード
全くやっていない人の付け焼刃とは違いますが、やはりプロ・レベルの実際と比べてしまうとどうしてもね。
まあ、僕は野球には相当うるさいほうだから、気になりますが、十分でしょう。
ケヴィン・コスナーが俳優ではやはり一番うまいですね。

>美人じゃないアイリス
allcinemaにもグレン・クロースがミスキャストという評がありました。僕はこれに関してはある程度賛同しますが、絹ではなく木綿のような味わいが捨てがたく、確かに若い頃より今見ると実感を感じます。

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    Excerpt: (1984/バリー・レヴィンソン監督/ロバート・レッドフォード、グレン・クローズ、ロバート・デュヴァル、キム・ベイシンガー、ウィルフォード・ブリムリー、リチャード・ファーンズワース、バーバラ・ハーシー.. Weblog: テアトル十瑠 racked: 2017-01-04 10:16