映画評「家族はつらいよ」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2016年日本映画 監督・山田洋次
ネタバレあり
山田洋次久しぶりの喜劇はなかなか好調である。
「東京家族」の出演者を再起用し設定を応用した内容で、退職してやっとのんびりできると思った熟年夫・橋爪功が、長年連れ添った妻・吉行和子から離婚を提示されて大慌て。特にまずいことをした記憶はないが、そこに妻との温度差があることは終盤明らかにされる。
長女・中島朋子と婿・林家正蔵の離婚騒動が引き金となって、父親は自らの離婚問題を口に出し、子供の離婚問題は消えてしまう。同居する長男・西村雅彦はそれに関する家族会議の為に息子の野球の応援をキャンセルする羽目になり、嫁・夏川結衣も慌ただしい。そこへ何にも知らずに次男・妻夫木聡が連れ添うことにした看護師の恋人・蒼井優を連れて来る。結局彼女の前で激しいやり取りの応酬が始まり、怒り心頭に発した父親が倒れてしまう。看護師がいたおかげで大難なく済み、次男は家を去っていく。
その際将来の嫁が口にした「思いを言葉にした方が良い」というアドバイスを夫が実行、「一緒になって良かった」と言われたことに感激した妻は離婚届を破る。
全編【離婚】をキーワードに貫き通した作劇が誠に巧い。横尾忠則が担当したタイトルバックが昭和半ばのそれを思わせるように内容も余りに昭和的で、その辺が批評家たちは気にいらなかったのだろうが、巧いものは巧いと認めないのは狭量だ。
例えば、妻が創作教室に通っていて、書いている小説は夫の死後の細君の行動を描いたものらしい。先生の「実体験ですか?」という問いに対して「夫は死んでいません」と彼女が答える辺りは終盤の展開と関連付けられ、実に上手いものである。
終盤今度は、別の女性がもっと刺激的なシチュエーションを要求されたことに対し「経験のないものは・・・」と逡巡したことに対して先生は「大事なのは想像すること」と言う。これは、夫婦間、家族間でも相手について想像することが大事なのだという山田監督の主張と考えて間違いないだろう。老夫婦の温度差を考えると、鮮やかな作劇と言うしかない。
反面、長女の婿が父親の浮気調査のため探偵(小林稔侍)を雇い、その探偵が父親の同級生と判るという流れなどは勇み足気味で、機能していないと思われる。
それにしても、本作は楽屋落ちのオンパレードで、僕の映画鑑賞スタンスではそれだけでも楽しめてしまう。
本作全体が「東京家族」同様小津安二郎の作品を背景に揺曳させていて、孫二人の扱いは言うまでもなく、父親に「恋人でもいるのか」と言われた次男が「いるんだ。いい娘(こ)なんだ」と答える返事は小津映画の台詞そのものである。そのいい娘の名前は憲子(のりこ)。小津作品に準じた「東京家族」の紀子(のりこ)から漢字が変わっている。余り政治的に考える必要もないが、憲法が取り沙汰されている今だからこその変更なのだろう。
或いは自作の数々。「東京家族」や「男はつらいよ」のポスターが出てきたリ、うなぎ屋の出前が「男はつらいよ」の主題歌を歌っているなど“はしゃぎすぎ”の指摘もむべなるかな。
もっとマニアックなところでは、吉行和子扮する妻の弟が亡くなった有名作家という設定が、彼女と実兄・吉行淳之介との関係をもじっている。彼女が書いた小説のタイトルが「通夜の客」。これは五所平之助の映画化で知られる井上靖の小説のタイトルで、彼女が「夏目漱石の『こころ』を参考にしました」と答えるのは同じく五所が映画化した井上の代表作「猟銃」が「こころ」の戦後版と言われている現実をもじっている。
別の女性が書いた小説のタイトルは「めぐり逢い」。これは言うまでもないでしょう。正蔵が父親の「どうもすみません」をやるくだりもある。
寅さんの 亡霊見たり 男性陣
2016年日本映画 監督・山田洋次
ネタバレあり
山田洋次久しぶりの喜劇はなかなか好調である。
「東京家族」の出演者を再起用し設定を応用した内容で、退職してやっとのんびりできると思った熟年夫・橋爪功が、長年連れ添った妻・吉行和子から離婚を提示されて大慌て。特にまずいことをした記憶はないが、そこに妻との温度差があることは終盤明らかにされる。
長女・中島朋子と婿・林家正蔵の離婚騒動が引き金となって、父親は自らの離婚問題を口に出し、子供の離婚問題は消えてしまう。同居する長男・西村雅彦はそれに関する家族会議の為に息子の野球の応援をキャンセルする羽目になり、嫁・夏川結衣も慌ただしい。そこへ何にも知らずに次男・妻夫木聡が連れ添うことにした看護師の恋人・蒼井優を連れて来る。結局彼女の前で激しいやり取りの応酬が始まり、怒り心頭に発した父親が倒れてしまう。看護師がいたおかげで大難なく済み、次男は家を去っていく。
その際将来の嫁が口にした「思いを言葉にした方が良い」というアドバイスを夫が実行、「一緒になって良かった」と言われたことに感激した妻は離婚届を破る。
全編【離婚】をキーワードに貫き通した作劇が誠に巧い。横尾忠則が担当したタイトルバックが昭和半ばのそれを思わせるように内容も余りに昭和的で、その辺が批評家たちは気にいらなかったのだろうが、巧いものは巧いと認めないのは狭量だ。
例えば、妻が創作教室に通っていて、書いている小説は夫の死後の細君の行動を描いたものらしい。先生の「実体験ですか?」という問いに対して「夫は死んでいません」と彼女が答える辺りは終盤の展開と関連付けられ、実に上手いものである。
終盤今度は、別の女性がもっと刺激的なシチュエーションを要求されたことに対し「経験のないものは・・・」と逡巡したことに対して先生は「大事なのは想像すること」と言う。これは、夫婦間、家族間でも相手について想像することが大事なのだという山田監督の主張と考えて間違いないだろう。老夫婦の温度差を考えると、鮮やかな作劇と言うしかない。
反面、長女の婿が父親の浮気調査のため探偵(小林稔侍)を雇い、その探偵が父親の同級生と判るという流れなどは勇み足気味で、機能していないと思われる。
それにしても、本作は楽屋落ちのオンパレードで、僕の映画鑑賞スタンスではそれだけでも楽しめてしまう。
本作全体が「東京家族」同様小津安二郎の作品を背景に揺曳させていて、孫二人の扱いは言うまでもなく、父親に「恋人でもいるのか」と言われた次男が「いるんだ。いい娘(こ)なんだ」と答える返事は小津映画の台詞そのものである。そのいい娘の名前は憲子(のりこ)。小津作品に準じた「東京家族」の紀子(のりこ)から漢字が変わっている。余り政治的に考える必要もないが、憲法が取り沙汰されている今だからこその変更なのだろう。
或いは自作の数々。「東京家族」や「男はつらいよ」のポスターが出てきたリ、うなぎ屋の出前が「男はつらいよ」の主題歌を歌っているなど“はしゃぎすぎ”の指摘もむべなるかな。
もっとマニアックなところでは、吉行和子扮する妻の弟が亡くなった有名作家という設定が、彼女と実兄・吉行淳之介との関係をもじっている。彼女が書いた小説のタイトルが「通夜の客」。これは五所平之助の映画化で知られる井上靖の小説のタイトルで、彼女が「夏目漱石の『こころ』を参考にしました」と答えるのは同じく五所が映画化した井上の代表作「猟銃」が「こころ」の戦後版と言われている現実をもじっている。
別の女性が書いた小説のタイトルは「めぐり逢い」。これは言うまでもないでしょう。正蔵が父親の「どうもすみません」をやるくだりもある。
寅さんの 亡霊見たり 男性陣
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