映画評「貝殻と僧侶」
☆☆★(5点/10点満点中)
1928年フランス映画 監督ジャルメーヌ・デュラック
ネタバレあり
半世紀近く前からルイス・ブニュエルの「アンダルシアの犬」(1928年)と並び称せられる作品としてタイトルは知っていたがなかなか観ることが出来なかったアヴァンギャルド作品である。今回観たのは、ドイツの会社によりデジタル・リマスターされた綺麗な映像による完全版だから、鑑賞自体による満足度は高い。YouTube様々。
お話は理路整然とは説明できない。
若い僧侶(アレックス・アレン)がガラスを粉々にしていると、勲章をたくさん付けたアーネスト・ボーグナインに酷似する将軍(ルシアン・バタイユ)が瞬間移動的に出没する。
両者の間に何の脈絡もないが、ガラスを砕く度に将軍が瞬間移動のように別の場所に現れるSFX的描写が興味を引く。
次に、僧侶は四つん這いに街を進み、夫人らしき女性(ジェニカ・アタナショー)と一緒にいる将軍に襲い掛かり、首を絞める。
ここで将軍の顔が二つに分かれる有名なカットがある。今となれば子供だましで、フィルムを二つに分けて別のフィルムに焼き付けただけに見えるが、前衛映画・実験映画が映画の表現を進歩させ、新たなSFXの発明に貢献したであろうという思いに至らせる効果は十分ある。
将軍夫人の裸が出てくる。最後に僧侶は大きな二枚貝の片割れを握っている。この二つを結びつけると、テーマは僧侶の秘められた性欲であると、大よそ見当がつく。そう考えると、最初、僧侶がガラスを砕いているのは、鬱屈し、或いは教義との狭間で葛藤する彼の内面の表現であろう。多分殆どの人がここまで解ると同時に、ここまでしか解らない。
映画技術的には、多重露出を大量に使い、人や物が突然現れ消えるカットが多いのだが、役者をガラスの上に置いて下から撮るという手法も印象に残る。それ自体は本作より2年前にアルフレッド・ヒッチコックが「下宿人」でもっと徹底的にやっているので二番煎じながら、女流監督ジャルメーヌ・デュラックが先人より色々と取り込み或いは自ら案出する努力をしているのが伺われて興味深いのである。
今年最もアクセスが期待できない作品。篤志家よ、来たれ。
1928年フランス映画 監督ジャルメーヌ・デュラック
ネタバレあり
半世紀近く前からルイス・ブニュエルの「アンダルシアの犬」(1928年)と並び称せられる作品としてタイトルは知っていたがなかなか観ることが出来なかったアヴァンギャルド作品である。今回観たのは、ドイツの会社によりデジタル・リマスターされた綺麗な映像による完全版だから、鑑賞自体による満足度は高い。YouTube様々。
お話は理路整然とは説明できない。
若い僧侶(アレックス・アレン)がガラスを粉々にしていると、勲章をたくさん付けたアーネスト・ボーグナインに酷似する将軍(ルシアン・バタイユ)が瞬間移動的に出没する。
両者の間に何の脈絡もないが、ガラスを砕く度に将軍が瞬間移動のように別の場所に現れるSFX的描写が興味を引く。
次に、僧侶は四つん這いに街を進み、夫人らしき女性(ジェニカ・アタナショー)と一緒にいる将軍に襲い掛かり、首を絞める。
ここで将軍の顔が二つに分かれる有名なカットがある。今となれば子供だましで、フィルムを二つに分けて別のフィルムに焼き付けただけに見えるが、前衛映画・実験映画が映画の表現を進歩させ、新たなSFXの発明に貢献したであろうという思いに至らせる効果は十分ある。
将軍夫人の裸が出てくる。最後に僧侶は大きな二枚貝の片割れを握っている。この二つを結びつけると、テーマは僧侶の秘められた性欲であると、大よそ見当がつく。そう考えると、最初、僧侶がガラスを砕いているのは、鬱屈し、或いは教義との狭間で葛藤する彼の内面の表現であろう。多分殆どの人がここまで解ると同時に、ここまでしか解らない。
映画技術的には、多重露出を大量に使い、人や物が突然現れ消えるカットが多いのだが、役者をガラスの上に置いて下から撮るという手法も印象に残る。それ自体は本作より2年前にアルフレッド・ヒッチコックが「下宿人」でもっと徹底的にやっているので二番煎じながら、女流監督ジャルメーヌ・デュラックが先人より色々と取り込み或いは自ら案出する努力をしているのが伺われて興味深いのである。
今年最もアクセスが期待できない作品。篤志家よ、来たれ。
この記事へのコメント
これはご招待と受け取りましたwww
前衛映画って解りにくいとか言われますけど
方向性も定まらない中で模索している途中の段階なので
意味不明のものがあって当たり前ですよね。
ガラスの利用の完成形はオーソン・ウェルズやジャン・コクトーでしょうが
先達の表現の探検があったからこそ
回り道せずに発想を豊かにかつ効果的に表現できたのではないでしょうか。
前衛系をTBさせていただきますね。
ではまた!
>ご招待
全くその通りです!
本文に用心棒さんのお名前を入れようかと思ったくらいです^^
>前衛映画って解りにくい
解りにくくても、物語に拘らない結果として映像の純度の高さがありますよね。
>先達の表現の探検
そう思いますね。
この作品でも、ヒッチコックがガラスの上を俳優を歩かせるアイデアを応用しました。ヒッチコックのように音を表現するのが目的ではなかったようですが。
前衛映画についてお話していたこともあり、今日はジガ・ヴェルトフ『カメラを持った男』を見ていましたよww
悪い癖でしょうが、内容よりも多重露光、スローモーション、クロースアップ、ストップモーション、パン、移動撮影、モンタージュ、マルチカメラ、そしてプロパガンダなど映画の歴史と撮影技法の追求を感じさせる作品でした。
まあ、面白いかと言われれば「う~む…」となりますが、技法がかなり洗練されてきているのは伝わってきました。
またカメラを持って撮影している男を撮影しているカメラがあるのも驚きで、これは視点が複数存在していることを意味しますし、当時は超高価だったであろうカメラを複数使えていたのは共産党の支援あってからこそなのでしょうね。
狭量なスターリンのせいで、ヴェルトフもエイゼンシュテインも晩年は不遇でしたが、功績は不滅です。
ではまた!
>ジガ・ヴェルトフ『カメラを持った男』
YouTubeにありました。
プロパガンダ色が余りに強いと引いてしまうところがありますが、実験映画ではなくても、サイレント映画の映像は刺激的ですよねえ。極端な話、全てが実験映画みたいなもの。
>またカメラを持って撮影している男を撮影しているカメラ
マルチカメラであることは疑いないですね(笑)
また、これがフィクションであれば、映像によるメタフィクションてなところになるのでしょうが。
>スターリン
全体主義の独裁者は最悪ですね。
アメリカに行ったら行ったでつぶされてしまうケースが欧州の監督には多いので、ユダヤ人のヴェルトフには逃げ場がなかったのでしょう。
>逃げ場
そう考えるとフリッツ・ラングは活躍した方でしょうね。撮りたかった作品ではないでしょうが、曲がりなりにも評価されて、今でも作品が多く残っていますしね。
ではまた!
>フリッツ・ラング
出入りはありましたけど、戦前から戦中にかけて佳作・秀作がかなりありますね。
ただし、戦後急激にダメになって、ドイツに帰って作った「大いなる神秘」なんてがっかりさせられましたよ。素材的には彼向きだったと思いますが。