映画評「ハイヒールを履いた女」

☆☆★(5点/10点満点中)
2012年イギリス=ドイツ=フランス合作映画 監督バーナビー・サウスコーム
ネタバレあり

シャーロット・ランプリングの息子バーナビー・サウスコームが母親を主演に作った日本未公開のフィルム・ノワール。原作はエルザ・リューインのミステリー「私はアンナ」。

娘と孫のいる老婦人シャーロット・ランプリングが、出会いを求める独身パーティー(日本の老人向け婚活パーティーと似た感じ)に参加、年下と思われる男ラルフ・ストーンと親しくなる。片や不良少年マックス・ディーコンが負傷して母親ヘイリー・アトウェルが待つ家に戻る。警部ガブリエル・バーンが殺人事件を捜査しに高層ビルを訪れ、シャーロットとすれ違う。

という三つのエピソードがあたかも無関係のように語られるが、実は同じ一つの事件に絡むものである。ストーンを殺した犯人を不明・曖昧にするための布石で、これを普通に描けばサスペンスになってもミステリーにはならない。

バーンは、ビルの監視カメラに映った車のナンバーの持ち主であり、初動捜査時にすれ違ったシャーロットを第一の容疑者と思うが、ストーンと闇商売で繋がりのあるディーコン君(多分義理の息子)やその他の不良仲間の線も消せない。
 そこで彼女が足繁く通う独身パーティーに紛れ込んで彼女に接近する。首尾よく親しくなったは良いものの、個人的に彼女に惹かれるものを覚えた彼は精神的に問題を抱えている様子を見せる彼女の何気ない告白から真犯人と確信して動揺する。彼女の精神の闇を解くべく一緒に出掛けた事件現場から飛び降りようとした彼女をバーンは必死に止めて抱きしめる。

彼女が飛び降り自殺をしようとした理由は警部に追い詰められたことではなく、娘と孫に対する罪の意識である。本作の作劇上のトリックは、序盤殺人事件に絡んで三つのエピソードを見せたことと、それ以降しばしば挿入される娘と孫の描写の扱いで、後者の時間軸は実は彼女が足繁くパーティーに通う現在ではなく、実は老婦人のフラッシュバックであることが終盤になって明確になり、極端に言えばこの時系列の操作(叙述トリック)によってのみ、この映画、この物語は成り立っている。卑怯な扱いであることに加えて、その種明かし部分が非常に曖昧であるのがよろしくない。パーティーに通うことの遠因が孫にあるのは解るが、その肝心の孫がどうなったのか解らないのでドラマとして一本筋の通ったものにならないのである。

という次第で作品全体としては及第点を与えにくいが、フィルム・ノワールとしてのムード醸成はなかなか良く、老けたとは言え、シャーロット・ランプリングの妖気は素晴らしい。

ストーンを巡る布石ってか。洒落?

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