映画評「葛城事件」
☆☆★(5点/10点満点中)
2016年日本映画 監督・赤堀雅秋
ネタバレあり
死刑で死ぬことを望んだ男が起こした「池田小無差別殺人」をベースに、「池袋無差別殺人」などを加えたような印象である。実話ものではないが、どの家にも起こり得る家庭の崩壊という普遍性があって、見応えがある。が、後味が悪すぎるため、採点は抑えた。
理想的な家庭を追い求めてきた三浦友和は、それを父権主義的に求める余り、妻・南果歩や、長男・新井浩文、次男・若葉竜也を精神的に追い詰めていく。その結果母親はまともな食事も作らない。子供のいる長男はマンションで暮らし始めるが、やがてリストラに遭い、妻に言い出せないまま、自殺してしまう。長男に比べて父親の愛情を欠いてきた次男は他の家族や社会に逆恨みを抱き、遂に駅コンコースで無差別殺人を起こしてしまう。
というお話が、彼と獄中結婚をした田中麗奈と彼女と何度か会う父親・三浦とを狂言回し的にし、事実上の回想形式で展開する。
後味が悪い云々と言ったが、しかし、この手の作品を観た時によく聞かれる“登場人物の誰にも共感できない”は評価の要素になり得ない。ジャンル映画は登場人物への共感が大事だが、人間を描くドラマ映画に共感は本来必要ではない。何故なら、人間の存在の厄介さを考える作品において安易に共感できる人間を出したらそうした問題を考えるきっかけを自ら放棄することになるからである。
そして観客は謙虚に「自分もそうなり得るのだ」と思うことが大事であり、そうすれば家族に昭和的な理想を押し付けた本作の父親も単なる嫌な奴には見えないだろう。他の家族はある意味犠牲者であるが、彼らにも彼らの責任がある。これが殺人加害者のことを考える上で大事なポイントである。
とにかく人間は考える葦であるが故に面倒くさい存在であることがよく感じられる作品にはなっている。
一つ気になるのは、田中麗奈扮する女性の扱いが不透明で、死刑廃止を訴えるプロパガンダを感じさせかねないところがあることだ。恐らく作者(原作の戯曲及び脚色、監督)の赤堀雅秋にその意図はないと思うが、少し引っかかる。死刑廃止論が問題なのではなくて、プロパガンダを映画で行うことが嫌いなのである。
死刑廃止については被害者家族の感情を考えると複雑である。テロで家族を失ったフランス人は「私は犯人を恨まない」と言ったが、僕はそんなに立派ではない。日本では冤罪の疑いが濃い対象に関しては法相が承認してこなかったケースが多いと思う。技術的に死刑と冤罪は別に扱うべき問題だろうが、死刑を廃止した時に確実なのは「死刑になりたくて殺人をする人がいなくなること」だ。
2016年日本映画 監督・赤堀雅秋
ネタバレあり
死刑で死ぬことを望んだ男が起こした「池田小無差別殺人」をベースに、「池袋無差別殺人」などを加えたような印象である。実話ものではないが、どの家にも起こり得る家庭の崩壊という普遍性があって、見応えがある。が、後味が悪すぎるため、採点は抑えた。
理想的な家庭を追い求めてきた三浦友和は、それを父権主義的に求める余り、妻・南果歩や、長男・新井浩文、次男・若葉竜也を精神的に追い詰めていく。その結果母親はまともな食事も作らない。子供のいる長男はマンションで暮らし始めるが、やがてリストラに遭い、妻に言い出せないまま、自殺してしまう。長男に比べて父親の愛情を欠いてきた次男は他の家族や社会に逆恨みを抱き、遂に駅コンコースで無差別殺人を起こしてしまう。
というお話が、彼と獄中結婚をした田中麗奈と彼女と何度か会う父親・三浦とを狂言回し的にし、事実上の回想形式で展開する。
後味が悪い云々と言ったが、しかし、この手の作品を観た時によく聞かれる“登場人物の誰にも共感できない”は評価の要素になり得ない。ジャンル映画は登場人物への共感が大事だが、人間を描くドラマ映画に共感は本来必要ではない。何故なら、人間の存在の厄介さを考える作品において安易に共感できる人間を出したらそうした問題を考えるきっかけを自ら放棄することになるからである。
そして観客は謙虚に「自分もそうなり得るのだ」と思うことが大事であり、そうすれば家族に昭和的な理想を押し付けた本作の父親も単なる嫌な奴には見えないだろう。他の家族はある意味犠牲者であるが、彼らにも彼らの責任がある。これが殺人加害者のことを考える上で大事なポイントである。
とにかく人間は考える葦であるが故に面倒くさい存在であることがよく感じられる作品にはなっている。
一つ気になるのは、田中麗奈扮する女性の扱いが不透明で、死刑廃止を訴えるプロパガンダを感じさせかねないところがあることだ。恐らく作者(原作の戯曲及び脚色、監督)の赤堀雅秋にその意図はないと思うが、少し引っかかる。死刑廃止論が問題なのではなくて、プロパガンダを映画で行うことが嫌いなのである。
死刑廃止については被害者家族の感情を考えると複雑である。テロで家族を失ったフランス人は「私は犯人を恨まない」と言ったが、僕はそんなに立派ではない。日本では冤罪の疑いが濃い対象に関しては法相が承認してこなかったケースが多いと思う。技術的に死刑と冤罪は別に扱うべき問題だろうが、死刑を廃止した時に確実なのは「死刑になりたくて殺人をする人がいなくなること」だ。
この記事へのコメント
三浦友和さんの壊れっぷり演技はなかなか見応えが
あったように思います。
田中麗奈さんが扮した役どころですが、
私も同じ感想をもちました。
日本の死刑制度に異を唱える者として、
登場させるにはアピール度が薄かったですね。
映画の感想として上記のURLのサイトにて
気まぐれなコメントを時おり掲載しております。
よろしければご笑覧下さいませ。
>三浦友和さん
彼はずいぶん前から上手い俳優になったものだと感心していましたが、その実力を遺憾なく発揮していましたね。
>田中麗奈さん
狂言回しが一番の目的だったのでしょうが、何だかすっきりしない役どころでした。
>URLのサイト
拝読しました。
小枝さんのご指摘のように、誰でも加害者になり被害者になる可能性がある、というのがこの映画を観た時の一般的な印象でしょうね。
かつては精錬潔白&麗しき日本男子の
代名詞のような役柄ばかりだった
三浦友和氏がこのように意地汚い親父役を
演られるようになったか、と一瞬の眼福も
覚えましたが・・・・・相変わらずヒネた
拙記事でございます。笑読いただければ。^^;
>三浦友和氏
当方、演技の良し悪しはよく解らず、為に演技に関しては非常にハードルが低いので、これくらいやってくれれば十分かなあ、と。
「ALWAYS 三丁目の夕日」では昔のイメージそのままの中年紳士をやる一方で、こういう演技もやれるので、幅が広がったのは確かなような気がします。
友和氏が「最初、この作品の脚本が自分に回ってきた時は他の役者たちがみんな断って、それで自分のところに回ってきたのかなと思った。でも実際は監督が最初から僕に主役を頼むつもりだったと聞いて驚いた。」と言っていました。
ものすごい癖があり、嫌な感じの父親。でも、家族を愛しているのかも知れない父親。友和さんが好演していました。中華料理店で延々と苦情を言う場面は「うちのプロダクションの社長を見て、役作りの参考にした。」と語っていました。
>ものすごい癖があり、嫌な感じの父親。
こういう役は普段好感度が高い男優は嫌がるでしょうね。かと言って悪役俳優ではつまらない。その点三浦友和は文句なし。役の幅の拡がりと演技力の向上に目を見張りましたね。山口百恵の相手役からえらく進歩しました!
https://www.youtube.com/watch?v=lcIrTqTDbBE
スナックのママは大方斐紗子さん。
常連客を演じるのは山野史人さん、田村泰二郎さん、名取幸政さんでしょうか?
皆さん、いい味を出しています。僕はどうしてもこう言うところにも注目してしまいます。
>その点三浦友和は文句なし。
>役の幅の拡がりと演技力の向上に目を見張りましたね。
やはり「台風クラブ」の「やる気がない教師役」が転機でしたね。
>山口百恵の相手役からえらく進歩しました!
映画祭。地元の女性アナウンサー(?)があえて百恵さんの事は話題にしないようにしていました。
30分のトークの後に友和さんが深々と頭を下げて退場。大きな拍手。その後、上映されたのが「RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ」でした。
>皆さん、いい味を出しています。僕はどうしてもこう言うところにも注目してしまいます。
なるほど。
>田村泰二郎
「肉体の門」を書いたのは田村泰次郎^^v
>やはり「台風クラブ」の「やる気がない教師役」が転機でしたね。
そう言えば、そんな役もあったような気がします。
この辺りから爽やか青年一辺倒から新境地を開いたということですかね。