映画評「ハドソン川の奇跡」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2016年アメリカ映画 監督クリント・イーストウッド
ネタバレあり

2009年と言えば6月に急性膵炎で(ちと大げさに言うと)死にかけた年だ。その年の1月に日本のメディアでも旅客機の機長がハドソン川に着水して乗客乗員155名を救ったと話題になった。しかし、その後英雄転じてその判断に疑惑が生じていることが報道された。こちらもよく記憶している。
 相変わらず精力的に映画を撮り続けているクリント・イーストウッドがこの騒動を取り上げた実話ものである。

チェズリー・サレンバーガー(トム・ハンクス)を機長、ジェフ・スカイルズ(アーロン・エッカート)を副操縦士とする旅客機USエアウェイズ1549便がニューヨークのラガーティア空港を離陸した直後に鳥の集団の為エンジン全二基が同時に停止するという憂き目に遭う。機長は、低空飛行の中可能性のある二つの飛行場への着陸の代わりに近くを流れるハドソン川への着水を選び、結果として一人の死者も出さないという奇跡を果たす。
 ところが、事故調査委員会は、シミュレーションを以って、飛行場への着陸が可能であったと糾弾しようとする。これが証明されれば、彼はパイロットの仕事を失い、副業のコンサルタント業も廃業に追い込まれる。そして、委員会の席で彼は、コンピューターや人的のシミュレーションが考慮していない人的ロスを加味して再シミュレーションするよう求め、自分の選択がベストであったという結論に導く。

主人公は、関係した人々の共同作業による奇跡である、と謙虚に語る。人間的に実に立派な人だが、それも彼の機転がなければありえなかったわけだから、彼による奇跡である。
 ドラマとしての感動はそうした彼の人間性と、委員会での結果であると思うが、映画的に結構不満が多い。少なくとも【キネマ旬報】の批評家選出第1位となった作品としては物足りない。

一部で評判が良い、進行形の現在と飛行機の場面をサンドウィッチにする構成は、下手ではないが、ややうるさい感じがする。演出(見せ方)は贅肉を最小限にまでそぎとったもので映画として理想的ではあるが、反面このサンドウィッチ構成で96分というのはいかにも短い。
 本編終了後に実際の映像を出すスタイルを僕は余り買わないが、本作については、本編の中での主人公と細君(ローラ・リニー)との関係を実際の映像が補完する形になる効果を出していると思う。

全体的に、この種の実話なら「コンカッション」のほうが映画的な面白味があるくらいなのに、片やキネマ旬報1位片や殆ど無視される。無条件に票を入れる批評家はもはやイーストウッド信者と言っても良いのではないか。

90年以上に及ぶ【キネマ旬報】のベスト10史においてこんなに1位を多く取った監督はいない。競争相手がいないという面があるにしても、安倍一強と同じで異常な感じがする。安倍政権は都議選で惨敗した形だが、メディアが言い出したほど簡単に崩れるか僕は疑問である。一旦目に見えて弱くなれば今まですり寄ってきたメディアや人々が手のひらを返して逃げ出す。これが本格化すればすぐに崩壊するが、果たして?

この記事へのコメント

2017年07月07日 15:39
>イーストウッド信者

たしかにそう呼びたくなる人がマスメディアで映画評を書くような人にもいますね。イーストウッドはどの作品も手堅く仕上げていてうまいですけれども、ワーナーでずっと仕事していたせいか、どれもB級娯楽の香りがあるんですね。そこがまたいい、のかもしれませんが(自分で見てもそう感じることがある)、ロバート・レッドフォードやメル・ギブソンのほうが王道路線行ってるように見えるのです。アメリカではどちらも評価されていますが、日本ではイーストウッド神格化に偏っている気がします。

>「コンカッション」
このブログ読んで初めて題名聞きました。日本での宣伝はどうなっているのでしょうね? 私も今はあまり宣伝情報まめに見ている方ではないので文句も言えないかな。
オカピー
2017年07月08日 10:51
nesskoさん、こんにちは。

>B級娯楽の香り
かつて【キネマ旬報】は、選者にジャーナリストや文筆業の方が多く、娯楽映画が長く軽んじられていました。ヒッチコックは殆ど無視され、【スクリーン】ではベスト10に入った「裏窓」「ハリーの災難」「めまい」「北北西に進路を取れ」「ファミリー・プロット」がベスト10から洩れています。
その反動なのかとも思う一方で、邦画の顔ぶれを観ると純文学系が強い。
昔より多様性がある時代ということは確かなようです。

>日本ではイーストウッド神格化
アメリカではほどほどの評価で、僕がアカデミー賞より重視しているニューヨーク映画批評家協会賞などでノミネートされることもそれほどないですよね。確か受賞は監督賞の一度のみ。

といった次第で、僕も個人的に高く評価している作品はありますし、全体的にも嫌いなわけではないですが、世界の映画を大量に輸入している中で毎年のように1位になるのは異常と感じている次第。レッドフォードの評価が相対的に低すぎるのも反発を感じてしまう。
【キネマ旬報】監督賞を何回も取っているイーストウッド本人が「日本は変な国」と思っているかもしれません(笑)

>>「コンカッション」
ウィル・スミスが主演なのに、実話の映画化と言う内容が地味だったせいか、余り宣伝もしなかったようですよ。
2017年07月08日 12:00
イーストウッドの「グラントリノ」は、私は観て山城新伍が脚本・監督した「やくざ道入門」(1994年)を思い出したのですよ。これは菅原文太版「グラントリノ」といっていいと思っているのですが、日本では作品自体が忘れられかかっていて。イーストウッドの「グラントリノ」も、冒頭葬式で孫がいきなりへそピアスですか、普段着のまま来ていて、孫世代と主人公の相性の悪さを印象付けたいのでしょうけどかなり唐突、漫画みたいな極端さだった。アクションスターだったイーストウッドのイメージを活かしつつ主人公が造形されていましたが、昔の東映の大衆映画みたいなのりで、最後にイーストウッドの歌が流れるあたりも昔のスター映画風。でも、これ、日本では例えば小林信彦は大名作、傑作みたいに評していて、ちょっとほめ方に違和感を覚えました。一方で「やくざ道入門」は忘れ去れられかかっていますが……
http://d.hatena.ne.jp/nessko/20141201/p1
アメリカでは「グラントリノ」がイーストウッド作品では興行的にいちばん成功したらしいですね。だからアメリカでは大衆人気の映画スターとして今も第一線なんでしょう。
オカピー
2017年07月08日 21:18
nesskoさん、こんにちは。

>「グラントリノ」
小林信彦ほどではないでしょうが、この作品が一番好きなイーストウッド作品かもしれません。
言わば現代の西部劇で、西部劇のフォーマットを通してアメリカの行き先を示したような内容がピンと来ました。彼の作品は案外解り難いので、この解りやすさが気に入ったわけです。

>「やくざ道入門」
「グラントリノ」に似ているなら、観てみたいですねえ。
映画(や文学)というのは、本当にちょっとの差で、後世まで残る作品と、すぐに消えてしまう作品とに分かれてしまいます。非情です。
蟷螂の斧
2020年10月03日 11:46
こんにちは。先ほどこの映画を見ました。155人の乗客や乗組員が全員助かったのに、あんなに批判もされるのか?そう思いながら見ていました。不動産屋からの非情な通知に対して苦しむ奥さんも可哀想でした。

>田舎の人間にとって植物との闘いは凄まじいものがある

猫の額のような我が家の庭の雑草を取るだけでも大変ですから、オカピー教授のご苦労は想像を絶するものがあります。

>人間がいなくなったら植物は想像を絶するくらい繁殖する

数百年後にはそんな時代が来るかも知れません。それが自然の力です。
オカピー
2020年10月03日 22:44
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>あんなに批判もされるのか?そう思いながら見ていました。

日本だけでなく、世界的に寛容ではなくなっている傾向は確かにあると思います。ネット社会になってそれが加速しましたね。

>数百年後にはそんな時代が来るかも知れません。それが自然の力です。

近所を眺めても後継がいない家が少なくなく、2,30年後には大変なことになっているかもしれません。周囲は近所がするにしても、敷地内はできませんからねえ。畑に至っては想像もつきません。我が家の畑の横に細い山道があったのですが、私道につき誰も手入れをしないためすっかり竹に覆われ、今では道があったとは誰も思いません。

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