映画評「太陽」(2016年)

☆☆★(5点/10点満点中)
2016年日本映画 監督・入江悠
ネタバレあり

メジャー作品も作るようになった入江悠監督の作品。本作は配役はメジャー系でも内容はインディ風ということになるだろう。

近未来が舞台。
 謎のウィルスにより世界の人口は激減、抗体を持つノクス(新人類)と抗体を持たないキュリオ(旧人類)とが半ば敵対しながら生活している。ノクスはウィルスには強いが、吸血鬼と同様に太陽に弱く、出生率も極めて低い。キュリオは差別されて大昔のような生活を強いられている。キュリオであっても20歳までの少年はノクスの血の注入によりノクスに変わることができ、出生率の低い彼らにより年に一人だけ選定される。
 ノクスに経済制裁を受けているキュリオの“最低”な生活に飽き飽きしている19歳の少年・神木隆之介は応募するが、その気が全くない幼馴染・門脇麦が選ばれてしまう。本人ではなく、父親・古舘寛治が勝手に応募したものだ。16年前に家を出た母親・森口瑤子がノクスの手術を受け役人・鶴見辰吾の妻になっているのが娘には面白くなかったのだが・・・。
 その間に神木君はノクスの若い門番・古川雄輝と立場を超えて仲良くなる。10年前に経済封鎖の原因となる殺人事件を起こした彼の叔父・村上純が村に戻ったことから、この変則的共同体は混乱をきたし、古川君が死のピンチを迎える。神木君の努力で生還した古川君は、彼と一緒におんぼろ車に乗って知らない世界を目指す。ノクスの手術を受けた麦ちゃんは父親に「すっきりした」と言い、ノクスが暮らす塀の中に戻っていく。

この手のSFではそれほど細かくお話を書く必要はないのだが、前川知大の舞台劇を映画化した本作は、“ウィルスにより人口が減った世界”という基本設定以外を通常のドラマとして進め、様々なメタファーを投入しようとしているのが伺えたので、かなり細かく書いてみた。しかるに、そのメタファーが非常に曖昧で観客任せという感じにつき困るところが多い。

昨今ではうんざりするくらいこの手の趣向のSFが多いから、純SFとして作ることを放棄したこと自体は買うものの、物語展開の自由度の多いSF的設定の便利さを利用して現実問題に言及しようとするのは卑怯であると言えないこともない。
 その現実問題は一体何なのか。色々な差別や格差であることは容易に解るが、具体的には解り難い。恐らくは経済格差の事であろう。ホワイトカラーのエリートに相当するノクスが太陽に弱いのは何のメタファーか。強引に考えれば、電通女子社員の自殺問題のようなこと?

総合的に考えれば、どういう生活に幸福があるのかという命題の提起自体が眼目、と理解したくなる。しかし、観客に考えさせるところが多いので、作品から直接受ける感銘は余りない。退屈しなければ良いほうだろう。

ホワイトカラーのカラーは、色ではない。

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  • 「太陽」

    Excerpt: 縁あって、舞台挨拶付き完成披露試写会を観に行く機会を得た。そして、開演前に偶然かみきゅんと遭遇。最初かみきゅんだとわからなかった。何故ならめっちゃイケメンだったから。もちろんかみきゅんはまごう事無きイ.. Weblog: ここなつ映画レビュー racked: 2017-08-31 12:33