映画評「ある天文学者の恋文」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2016年イタリア映画 監督ジュゼッペ・トルナトーレ
ネタバレあり

ジュゼッペ・トルナトーレはシーンやシークエンスの繋ぎが滑らかで話術が巧みだから、デビュー以来ずっとご贔屓にしているが、今回も素晴らしい。IMDbでの投票数や評価点が低すぎるし、日本でも好評とは言いにくいが、その評価の低さは多くの人が完全なるファンタジーを現実の物語として見ていることに因ることは明らか。

高名な天文学者ジェレミー・アイアンズが教え子のオルガ・キュリレンコと懇ろになっていて、彼女の学位取得を手伝っている。スマホを使って神出鬼没、彼女の行く先にタイミングよく連絡を入れてくる。

同時性をテーマにしたSFかと思っていると、やがて彼が死んだことがヒロイン共々観客に判ったにも拘らず、その後もメールやメッセージ入りDVDが彼女の必要な時に届けられる。「いや謎ですなあ」と思う間もなく、彼女が運送会社を調べて謎は間もなく解ける。

ほぼ同じ趣向でDVDの代わりに手紙が届けられる「P.S.アイラヴユー」(2007年)が現実に立脚するのに対し、こちらは教授が彼女の行動を事前に予測するという神業ぶりを発揮し、この辺りからいよいよファンタジーになって来る。謎が解けてお話が現実味を帯びてくるのに反比例して印象としてはファンタジー性が増す

序盤のホテルの場面があるからロマンスという見方はできるが、彼の子供たちは出てきても奥方は一切出て来ないから不倫ものという解釈はできない。いずれにしても、僕はアイアンズは神であったと理解する。
 現実的な理解としては、彼は彼女の性格や人生経験など全てを知り、行動を観察した上で、もの凄い洞察力を発揮して事前に準備を進めたわけである。交通事故で父親を死なせた罪悪感によりスタントマンの仕事をして死ぬことも考えている彼女がその考えを捨て、母親と和解し、見事に学位を得、新しい男性との関係へ踏み出せそうなのは全て彼のおかげである。
 彼は、父親のない彼女にとって父親の代理を務めると同時に、スケールの大きな宇宙において神として働く。

我々が観ている恒星は既に大昔のものであり、既に存在していないものをあると思い、それを死んだアイアンズと重ねて考えると、僕にはファンタジーとしてしか理解できないのである。このお話をただ現実の側面から見ると、好きな女性を死後も支配したい男性のお話などという、間違っているとは言わないまでも、少なくとも父親の代わりを求めているヒロインの立場を無視した偏った解釈をしてしまう。それではちと寂しいだろう。

確かにロマンティシズムの映画であるが、安っぽい男のロマンなどではない。本作は不死性という哲学的命題を織り込んだ「あしながおじさん」のファンタジー・ヴァリエーションである。

キリスト教では神は父でござるよ。終盤は「神もヘマをする」と彼女を笑わせる。これで彼女は窮屈さから脱し、却って救われる。そのヘマも計算のうちだったのかもしれない。

この記事へのコメント

ねこのひげ
2017年11月19日 08:11
パソコンやスマホのおかげで情報量が増えたのはいいけど、近視眼的というか想像力がなくなってきた気がしますね。
オカピー
2017年11月19日 22:14
ねこのひげさん、こんにちは。

>想像力
想像力がないから、全て嘘で通すVFX映画が増え、一方で現実そのものの作品が増える。どちらも僕は同じ現象と思っています。
昔のように上手く嘘をつく映画が減ってきましたね。それは偏に観客のせいでしょう。

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