映画評「わらの犬」(1971年版)
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1971年イギリス=アメリカ合作映画 監督サム・ペキンパー
ネタバレあり
サム・ペキンパーの作品の中では、今世紀になって再鑑賞したものを別にすると、「ジュニア・ボナー」と並んで一番再鑑賞したかった作品である。WOWOWにご褒美をあげましょう。5年ほど前にリメイクを見たが、今回見直してみると、思っていた以上にストーリーの骨格は同じである。つまり、リメイクの梗概を参考にしてもらえば済むが、一通り書いておきましょうか。
アメリカの天文学者ダスティン・ホフマンが、英国人の妻スーザン・ジョージの故郷である村に越してくる。村の若者たちに納屋の修繕を頼むが、遊んでばかりいるぐうたらである。
やがて妻が可愛がっている猫が殺されて、衣装棚に吊るされているのを発見、妻に請われて若者たちを難詰しようとするも果たせず、結局狩猟の誘いに応じ、置いてけぼりを食う。妻は、彼が猟場でうろうろしているうちに先に戻ったデル・ヘニーなどに輪姦されてしまう。妻はこの件を夫に話さない。
やがて、偏屈親父ピーター・ヴォーンの一味が娘を誘惑して(実際は逆)どこかへ消えた知的障碍者デーヴィッド・ウォーナーを探しに、ホフマンが家の近くで轢いた彼を介護しているところへ現れ、頑固にも引き渡そうとしない夫婦から無理やりに奪おうと総力を挙げてすさまじい攻撃を仕掛けてくる。平和主義のホフマンも怒り心頭に発して徹底抗戦にうって出、逆襲を開始する。
リメイクの映画評の際に、オリジナルでは夫君は細君の輪姦の件を知っていたと思うと書いたが、細君を口を閉ざしているのはリメイクと変わらず、全体としては寧ろリメイクのほうがお話の流れが解りやすく変えられている。こうして見直すと、曖昧さが多いのはオリジナルの方で、“どうも失礼しやした”といったところだが、その曖昧さが案外機能しているように感じるのはペキンパーの暴力描写の馬力の故か。
いずれにしても、前半40分まで大きな事件はない。序盤の酒場でヴォーンが訳の分からぬ管を巻き不穏な雰囲気を醸成しているくらいである。工事の若者たちにしてもだらしないが、悪党というほどではない。ムードが変わるのは、猫の死体発見によってである。喩えれば、それまで溜めに溜められた風船の空気が一旦抜かれ新たに強力な空気を入れ直す契機となるのである。かくして再び溜めた空気を長い攻防戦により一気に放出するのが幕切れで、風船は激しく飛び、観客は度肝を抜かれることになる。
昔のサスペンスは概ねこういう見せ方をするが、本作は溜め方が上手な部類である。しかし、残念ながら、現代の若者にはこの手法が通用しにくい。
内容的には、リメイクでは臆病者が思わぬ力を発揮して“強者”をやっつけるという印象がありカタルシスを伴っていた(ように感じられた)のに対し、本オリジナルでは、平和主義者が“正義を行使する”為に暴力を使う点に皮肉な現代的なテーマ性が強く打ち出されている(個人なら皮肉でも、国家では昔から当たり前のように使われた手段なのかもしれない)。Allcinemaで“イギリスを舞台にした意味がない”という意見に遭遇したが、平和主義者が米国の暴力に嫌気をさして移住した英国にも暴力があり、暴力を以って対抗するお話である。意味がないという意見は主題を見誤っていると言わざるを得ない。
かくして、主人公が自分の居場所を見失ったところで終わる本作にカタルシスは微塵もないが、1971年という時代を考えると、製作側に混沌としたベトナム戦争への意識があった可能性がある。
このあたりのペキンパーは面白かったですがね。
1971年イギリス=アメリカ合作映画 監督サム・ペキンパー
ネタバレあり
サム・ペキンパーの作品の中では、今世紀になって再鑑賞したものを別にすると、「ジュニア・ボナー」と並んで一番再鑑賞したかった作品である。WOWOWにご褒美をあげましょう。5年ほど前にリメイクを見たが、今回見直してみると、思っていた以上にストーリーの骨格は同じである。つまり、リメイクの梗概を参考にしてもらえば済むが、一通り書いておきましょうか。
アメリカの天文学者ダスティン・ホフマンが、英国人の妻スーザン・ジョージの故郷である村に越してくる。村の若者たちに納屋の修繕を頼むが、遊んでばかりいるぐうたらである。
やがて妻が可愛がっている猫が殺されて、衣装棚に吊るされているのを発見、妻に請われて若者たちを難詰しようとするも果たせず、結局狩猟の誘いに応じ、置いてけぼりを食う。妻は、彼が猟場でうろうろしているうちに先に戻ったデル・ヘニーなどに輪姦されてしまう。妻はこの件を夫に話さない。
やがて、偏屈親父ピーター・ヴォーンの一味が娘を誘惑して(実際は逆)どこかへ消えた知的障碍者デーヴィッド・ウォーナーを探しに、ホフマンが家の近くで轢いた彼を介護しているところへ現れ、頑固にも引き渡そうとしない夫婦から無理やりに奪おうと総力を挙げてすさまじい攻撃を仕掛けてくる。平和主義のホフマンも怒り心頭に発して徹底抗戦にうって出、逆襲を開始する。
リメイクの映画評の際に、オリジナルでは夫君は細君の輪姦の件を知っていたと思うと書いたが、細君を口を閉ざしているのはリメイクと変わらず、全体としては寧ろリメイクのほうがお話の流れが解りやすく変えられている。こうして見直すと、曖昧さが多いのはオリジナルの方で、“どうも失礼しやした”といったところだが、その曖昧さが案外機能しているように感じるのはペキンパーの暴力描写の馬力の故か。
いずれにしても、前半40分まで大きな事件はない。序盤の酒場でヴォーンが訳の分からぬ管を巻き不穏な雰囲気を醸成しているくらいである。工事の若者たちにしてもだらしないが、悪党というほどではない。ムードが変わるのは、猫の死体発見によってである。喩えれば、それまで溜めに溜められた風船の空気が一旦抜かれ新たに強力な空気を入れ直す契機となるのである。かくして再び溜めた空気を長い攻防戦により一気に放出するのが幕切れで、風船は激しく飛び、観客は度肝を抜かれることになる。
昔のサスペンスは概ねこういう見せ方をするが、本作は溜め方が上手な部類である。しかし、残念ながら、現代の若者にはこの手法が通用しにくい。
内容的には、リメイクでは臆病者が思わぬ力を発揮して“強者”をやっつけるという印象がありカタルシスを伴っていた(ように感じられた)のに対し、本オリジナルでは、平和主義者が“正義を行使する”為に暴力を使う点に皮肉な現代的なテーマ性が強く打ち出されている(個人なら皮肉でも、国家では昔から当たり前のように使われた手段なのかもしれない)。Allcinemaで“イギリスを舞台にした意味がない”という意見に遭遇したが、平和主義者が米国の暴力に嫌気をさして移住した英国にも暴力があり、暴力を以って対抗するお話である。意味がないという意見は主題を見誤っていると言わざるを得ない。
かくして、主人公が自分の居場所を見失ったところで終わる本作にカタルシスは微塵もないが、1971年という時代を考えると、製作側に混沌としたベトナム戦争への意識があった可能性がある。
このあたりのペキンパーは面白かったですがね。
この記事へのコメント
なんと13年前、2005年に記憶を頼りに書いたんですが、アレから未だに再見してないとは
知っているのに知らんぷり・・みたいな空気が溜まりにたまっていって、最後には爆発する。価値観の違う他人に対する人間の所業の振れ幅の大きさに度肝を抜かれるというか。
再見したらまた違う事を言い出すかもしれませんが、記憶の中では時代性よりも普遍的なテーマを描いていると感じましたね。
>知っているのに知らんぷり
ホフマンの主人公のことと思いますが、多分細君の事件は知っていたような気がしますね。ホフマンだからその辺の曖昧さがうまく生きた感じがします。
インテリ或いは平和主義者と言っても、結局は暴力に頼るのは愚人と同じ。そういう点に普遍性がありましたね。僕は当時正義を振りかざして泥沼のベトナム戦争に入って行ったアメリカという国家と主人公が重なって仕方がなかったです。
ダスティン・ホフマン演じる主人公は、インテリでアメリカ人なので、村出身の女といっしょになってるというのが気に障るのかな?村のごろつきみたいなのに目の敵にされていじめられてたように見えて、最後の反撃もやむなしというか、なんであそこまで追い詰めるんだろうな村の若い衆は、みたいな。70年代はこういう暴力映画がよくありましたね。
スーザン・ジョージは当時売れていましたが、よい女優さんだったと思い出します。
>田舎ホラー
「13日の金曜日」のようにいかにも怖いぞ、という見せ方でないのが却って不気味でしたね。得たいの知らない嫌なムードがじっくり積み重ねていく。
大人しいインテリというのが、粗野な田舎者には邪魔なのかもしれません。最初のうちは「イージー・ライダー」のように徹底して敵対しているという感じもないのも嫌らしいですね。
>スーザン・ジョージ
ちょっと蓮っ葉な感じが面白い女優さんでしたね。同時代、他に似た感じの女優が余りいなかった。
僕は大学4年の冬。地方テレビの深夜映画からこの映画を録画して見ました。
一生忘れられない映画です。良い意味で
>両親に関しては色々とあります。
そう言うのって、ずっと残ります
>「ハリーの災難」
一度見たいです。
>一生忘れられない映画
ローカルのTVで本作が出ましたか。それは運が良かったですよ。
当時としては、実に鮮烈な作品でしたねえ。
>両親
毎日のように遺影に向かって謝っています。
>「ハリーの災難」
ヒッチコックの中ではなかなか見られない作品です。1956年の劇場公開からずっと封印されていて、30年近く経ってやっとリバイバルで登場しました。その後TVに一度出たかなあ。
しかし、現在はソフトで見られます。今の若者には僕らが、青春時代に憧れの作品を見るためにいかに苦労したか解らないだろうなあ。苦労するのはまだしも、見られない作品が多かったですし。
映画雑誌に書かれていました。
>毎日のように遺影に向かって謝っています。
ご両親に伝わっていますよ。きっと。
>青春時代に憧れの作品を見るためにいかに苦労したか解らないだろうなあ。
同感です。
>ホフマンの場合は
弱者もしくは平和主義者がやむを得ず暴力に頼るというお話ですから、マックィーンやブロンソンでは、主題が成立しなくなってしまうでしょうね。
>同感です。
どうもです。
学生時代、日仏学院というところに公開以来全く見られなかった「突然炎のごとく」を見に行きましたが、英語字幕。大人気で立ち見それも立ち見の後ろのほうで観たので、下に現れる文字が殆ど読めず、高校時代以来の映画友達と「こりゃ、見たことにならんなあ」と苦笑い。その後数年してビデオが、10年くらいしてレーザー・ディスクが、そして衛星放送に出て、「時代が変わったなあ」と思ったものです。
御意
ホフマンが、彼よりもずっと大きな男達に「素手で」殺されそうになる
武器で殺される以上の恐怖
>10年くらいしてレーザー・ディスクが
レンタルは禁止
そこで合法的な知恵?
まずは買う。そして飽きたら、店に買い取って貰う?
映画に扱われる保守的な村というのは実に怖いですね。
大概、精神から肉体に暴力が移行します。
>レンタルは禁止
そうでしたかねえ。
ビデオが余りに高価だったので、通常の長さの映画で7800円でしたが、割安感がありました。画質もビデオより解像度が高いと言われましたが、今見ると全くダメです。ワイド・スクリーンの作品はトリミングされていますし。
暴力人間の本能かも?
外では大人しい人が、家の中では・・・
>ビデオが余りに高価だったので、通常の長さの映画で7800円
ビデオソフトが16000円だったでしょうか?
ビデオレンタルで借りると1000円ぐらい?
自分が買ったビデオテープが2000円ぐらいで、ビデオデッキを2台持ってる友人に無料で()ダビングして貰った事を思い出します
>ワイド・スクリーンの作品はトリミングされていますし。
原版を損なう暴挙かも?
>暴力 人間の本能かも?
>外では大人しい人が、家の中では・・・
僕は普段大人しいですが、時々爆発して、同僚や上司にびっくりされました(笑)
>ビデオソフトが16000円だったでしょうか?
15000円から16000円くらいでしたね。
映画を録るなどの理由で常に2台以上(それも高級機)をもっていたので、お友達同様にダビングしたことも頻繁。
ダビング防止機能のついたディズニー・ビデオがうまくダビングした時には、ディズニーには申し訳ないといつつ、「やったね」と満足!
>原版を損なう暴挙かも?
当時はTVが4:3でしたので、ワイドスクリーンのものはトリミングしないと相当小さくなり、当時の解像度ではかなり厳しいものがありましたね。
勿論、オリジナルを尊重する限りはダメですが、見られないよりは良いという考え方も当時はありました。画面が16:9になり、解像度が格段に上がった今なら当然認められましぇん。
幻のテロ・サスペンス映画だった「ブラック・サンデー」のLDを持っているのですが、数年前にやっと正式に劇場公開もされましたので、WOWOWさん、NHKさん、出しておくれよ。
という気分です。
>時々爆発して、同僚や上司にびっくりされました(笑)
それでいいんですよ
僕が許せないのは、家族へのDV
そう言う奴はどんどん罰を受けるべきです
>映画を録るなどの理由で常に2台以上(それも高級機)をもっていた
さすが映画を愛するオカピー教授恐れ入りました。
>ディズニーには申し訳ないといつつ、「やったね」と満足!
してやったりと言う感じです
>当時はTVが4:3でしたので、ワイドスクリーンのものはトリミングしないと相当小さくなり
見られないよりは、いいですね。
あるいは今でも思い出す事。
香港映画「北京原人の逆襲」ラストで無理矢理TVサイズにして、随分細長くなりました。
>NHKさん、出しておくれよ。
我々から奪ってる受信料を上手く使って欲しいです
>金曜日の勤務終了
お疲れ様です。
>家族へのDV
いけませんですねえ。
僕はどちらか言うと、ものに当たります。
電気シェーバーを投げて、半分壊したこともあります^^;
>してやったり
そうなんです。
年上の部下の女性に頼まれて、ダビングしたんですよ。
高級ビデオにはついていることが多いTBCという映像補正機能が、ソフトのダビング防止機能を超えたということだと思います。
>香港映画「北京原人の逆襲」
僕もこれはよく憶えていますよ。蟷螂の斧さんの記憶も凄いですね。
仲代達矢が出たマカロニ・ウェスタン「野獣暁に死す」はシネマスコープで、決闘のシーンになると突然横方向に圧縮されて人物がひどく細くなりましたねえ。まさか横方向の決闘シーンの左右はトリミングできませんからねえ。
>受信料
春の高校野球はNHK頼りですが、夏はBS朝日ですしねえ、もっと古い映画をやってほしいですよ。BS2がなくなって映画枠が半減以下(以前は一日3本)になりましたが、WOWOWが数年前に放映したお古ばかりで、まるで有難くないんですよね。
但し、オリンピックはNHKに限ります。民放は日本人選手にばかり注目するので全く面白くないですね。来週から忙しくなります(仕事で忙しい人に申し訳ないですが)。
この人も1970年代の映画を語るのに欠かせない女優の一人かも知れません
>電気シェーバーを投げて、半分壊したこともあります^^;
人を壊すよりはいいでしょう。人の体だけでなく、心も・・・
>年上の部下の女性に頼まれて
オカピー教授はすごい人だったんですね
>まさか横方向の決闘シーンの左右はトリミングできませんからねえ
テレビ局のスタッフの苦労がわかります。
「ピンク・パンサー」をテレビで放映する場合は、二人が会話するときに画面が左に行ったり、右に行ったり何も知らない僕は映画の演出なのかと思いました
>民放は日本人選手にばかり注目するので全く面白くないですね。
世界中の色々な選手に注目しましょう
モントリオール五輪の開会式を思い出します。
ある国で一人だけ参加
>スーザン・ジョージ
結構人気がありましたねえ。
ちょっとヤンキーな感じがちょっと珍しかった。
>人を壊す
これは僕には出来ませんねえ。
心に関しては、結果的にはあるかもしれませんが、意図的にやったことはないと思います。
>「ピンク・パンサー」
TVで観たと思いますが、これは憶えていないです。
当時、本作に限らず、初めて見ると、演出なのかTV局の苦肉の策なのか解らないこともありましたね。
>世界中の色々な選手
僕は競技自体を見るのが好きなので、できれば生で数多く選手が見るのが好きなんです。日本選手は競技をより楽しむモチヴェーションになるだけですね。
開会式前の木曜日朝に早くも競技が開始されます。楽しみです。
>ある国で一人だけ参加
ありましたかねえ。
今でも、選手は一人というのはたまにあり、頑張ってほしいと思います。オリンピックと言えども勝ち負けは選手に属するもの。一般の人が負けたことで脅迫するなんてことはあってはならないと思います(かつてジャンプ競技でありましたね)。
「砂漠の流れ者/ケーブル・ホーグのバラード」でインチキ牧師を好演した彼。
この映画では精神薄弱者のヘンリーを演じていますね
>結構人気がありましたねえ。
「ダーティ・メリー/クレイジー・ラリー」を思い出します
>選手は一人
「全世界の人達から注目される幸運な選手かも知れません。」とアナウンサーが言ってました。
>開会式前の木曜日朝に早くも競技が開始
ロシアからのカーリング選手。アメリカに乾杯・・・
>>デビッド・ワーナー
ペキンパーのご贔屓俳優ですね。
この作品では映画内のキャスト表に載っていないのですが。
>「ダーティ・メリー/クレイジー・ラリー」
BSに出てきても良いのですが。
>「全世界の人達から注目される幸運な選手かも知れません。」
そんな言葉を聞いたような記憶があります。あれはモントリオールでしたか。
ミュンヘンで男子バレーが金メダルを取ったので「夢よもう一度」と期待しましたが、ダメでしたね。その代わりがコマネチが注目され、ビートたけしが生まれた(笑)。
とにかく、あの頃バレーボールを見るのが好きでしたが、ラリーポイント制に変わってつまらず、見なくなりました。
>ロシアからのカーリング選手。
NHKの配信で少し見ました。さすがにずっと付き合うほど暇ではないので、スキップして最後を見たら9-3でした。カーリングはオセロのような感じで、ちょっとしたミスで大逆転もあるので、なかなか面白い。しかし、いかんせん長い(笑)
なぜでしょう?重要な役割なのに・・・
>スコット少佐
田舎町で揉め事があれば仲裁する、解決する重鎮。
その人があっけなく射殺される。
衝撃的でした
>BSに出てきても良いのですが。
同感です
>ラリーポイント制に変わってつまらず
サーブ権があるとないとでは随分違います
>その代わりがコマネチが注目され、ビートたけしが生まれた(笑)。
そして、世界の北野武監督になったら、今度はコマネチが自分であのポーズを・・・
>ちょっとしたミスで大逆転
高尚なゲームです
>重要な役割なのに
昔は、たまにありました。理由はよく解りませんが、もしかしたら無償で出演したのかも?
今でもごく稀にありますが、IMDbを見ればまず解ります。良い時代になりましたよ。
>スコット少佐
主人公ではないのであり得るとは言え、些かびっくりする扱いでしたねぇ(@_@)
>サーブ権
ラリーポイント制では5点差があるとまず逆転できませんが、サーブ権ルールではあるんですよ。
かつて高校女子バレー群馬県大会で、0-14からの逆転というのを見ました。それも多分決勝だったと思います。負けていた方がとにかく諦めず、サーブ権を取り返し、点を重ねていく。凄かったですねえ。
アメリカのTV局が放送予定が立たないと言って変えさせたと聞きました。
>コマネチが自分であのポーズを
あの栄誉の陰で大変な人生を送った女性ですが、良い人ですね。
>高尚なゲームです
アメリカ戦での完敗の後、ロシア夫婦チーム負けておりません。奥さん、美人です(笑)
ロシア語の「ダヴァイ、ダヴァイ」がやたらに耳につきました。本来は「ください」という意味ですが、一般的には英語の“レッツ”の意味で使います。こうした試合で使う場合は「さあ、やれっ!」といった意味。英語のCome on!に近いでしょう。
ウィキに載っていない役者さんの事もわかりますね
>0-14からの逆転
それは凄いそこがサーブ権も面白さ
>良い人ですね。
10年ぐらい前。「あの人は今」みたいな番組に出ました。
周りにせがまれて、当時のような華麗な技を見せるかと思ったら・・・。
マットの上でゆっくりと転がるだけ
引退して随分過ぎたから怖いでしょうね・・・。
でも却ってホッとしました
>「ダヴァイ、ダヴァイ」
勉強になります。
>ウィキ
日本のウィキは情報が足りないものが多すぎる。
昔の大作家でも、外国の作家などの扱いはひどいと言うしかありません。
>そこがサーブ権の面白さ
サーブ権制の試合の方が実力差が解りやすい。ラリーポイントではさほど強くないチームもある程度点が取れますが、僕が一番バレーを見ていた40年くらい前、国際試合でエジプトといった弱いチームは2,3点しか取れなかった。今では接戦とまでは行かなくても勝ちチームの8割くらいの点は取れますよね。それがいかん(笑)
>>「ダヴァイ、ダヴァイ」
結局、ロシア夫婦チームは3位でした。頑張りましたね。
「ダヴァイ、ダヴァイ」で思い出すのは、ロシア語のクラスメートが碌に話せもしないのに、ロシアの柔道チームの通訳アルバイトをしたというお話。「よくやれたな」と言ったところ、彼は「ダヴァイで通した」と笑っていましたよ。