映画評「地中海殺人事件」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
1982年イギリス映画 監督ガイ・ハミルトン
ネタバレあり
アガサ・クリスティーの原作「白昼の悪魔」Evil Under the Sun はファン以外にはさほど有名ではないものだが、映画化されたエルキュール・ポワロものの中では割合上出来の部類、日本のTVでの盛況とは正反対に映画は本格ミステリーは少ないので、楽しめる(と言おうか、その為に自分のライブラリーから選んだのだ)。
映画館で観た秀作「ナイル殺人事件」(1978年)より落ちるのは、こちらが三十何年前の初回も今回もTVを通してしか観ていないということもあるが、ガイ・ハミルトンの演出ぶりがジョン・ギラーミンほどはったりを効かせられていないからである。一応お話をば。
ポワロ(ピーター・ユスティノフ)が地中海の某国(架空)の観光地に、舞台女優ダイアナ・リッグに渡したダイヤモンドを愛人関係が終るとともに返してもらうと偽物になっていたと貴族コリン・ブレイクリーが依頼してきた件を調べにやって来る。
彼女は初老の富豪デニス・クィリーと結婚しているが、その連れ子の少女エミリー・ホーンに嫌われている。マギー・スミスが経営するホテルに集まった人々は女将を含め、彼女と曰くのある人ばかりで、案の定女優は海岸で死体となって発見される。
発見者は薄幸そうな美人ジェーン・バーキンと結婚したばかりの英国青年ニコラス・クレイで、演劇プロデューサーの夫ジェームズ・メースンと共に同地を訪れていた細君シルヴィア・マイルズがその場に居合わせる。ポワロは自分が最後に見た事件と発見時刻から推して、午前11時半から12時までを犯行時刻とするが、その時刻には各々アリバイがある。
さて、ポワロはいかにアリバイを崩し犯人を突き止めるか?
ポワロものはミス・パープルものより観光要素が高く映画化に向いてい、実際ハミルトンのミス・パープルもの「クリスタル殺人事件」(1980年)よりぐっと楽しめる出来栄えになっている。僕は絶対数としてはミステリーはさほど読んでいないから古典的とも言えそうな犯人のトリックにすっかり騙され、この点に関してさほど文句はない。
ちと気に入らないのは、誰も表情を見ていない状況において犯人が死体を見る時の反応である。映画において許すか許されないかぎりぎりの描写の嘘があるのである。カメラは表情を捉える代わりに後ろから描くべきで、そうすれば映画の描写として問題がなく済んだのだが、逆に犯人の見当がついてしまうかもしれないという弊害を生む為なかなか難しい。この点本格ミステリーは小説が断然有利である。
観光映画としての要素では「ナイル」のエジプトと比較すると分が悪いものの大スクリーンで観れば一定の魅力となるだろう。それ以上に、時代背景の関係から使われたのであろうコール・ポーターの音楽(「夜も昼も」「ビギン・ザ・ビギン」のインストゥルメンタル)がクラシック気分を盛り上げる。
少年時代クリスティーを僕は避け、シドニー・ルメット監督「オリエント急行殺人事件」(1974年)を観てからポワロものを幾つか読んだという理由もあって、ポワロのイメージはユスティノフではなくアルバート・フィニーである。ユスティノフは、特に本作においては、些か鈍重にすぎる。
犯人が自分のアリバイを証言する時に使われるのが、僕の言う“客観的主観ショット”(一見客観ショットであるが、実は主観の主が当人を含めた情景を捉えているショットを僕はこう呼んでいる。“主観的客観ショット”という言い方も考えたが、内実が主観なのでこちらに定めた)。“客観的主観ショット”の例として酔っ払いがぐるぐる安定しないカメラで捉えられるショットがある。まるで酔っ払いが自分の目で自分を捉えているような感覚である。しかし、アリバイ証言などの回想場面では、それとは違い、普通の客観ショットとまるで区別がつかない。
1982年イギリス映画 監督ガイ・ハミルトン
ネタバレあり
アガサ・クリスティーの原作「白昼の悪魔」Evil Under the Sun はファン以外にはさほど有名ではないものだが、映画化されたエルキュール・ポワロものの中では割合上出来の部類、日本のTVでの盛況とは正反対に映画は本格ミステリーは少ないので、楽しめる(と言おうか、その為に自分のライブラリーから選んだのだ)。
映画館で観た秀作「ナイル殺人事件」(1978年)より落ちるのは、こちらが三十何年前の初回も今回もTVを通してしか観ていないということもあるが、ガイ・ハミルトンの演出ぶりがジョン・ギラーミンほどはったりを効かせられていないからである。一応お話をば。
ポワロ(ピーター・ユスティノフ)が地中海の某国(架空)の観光地に、舞台女優ダイアナ・リッグに渡したダイヤモンドを愛人関係が終るとともに返してもらうと偽物になっていたと貴族コリン・ブレイクリーが依頼してきた件を調べにやって来る。
彼女は初老の富豪デニス・クィリーと結婚しているが、その連れ子の少女エミリー・ホーンに嫌われている。マギー・スミスが経営するホテルに集まった人々は女将を含め、彼女と曰くのある人ばかりで、案の定女優は海岸で死体となって発見される。
発見者は薄幸そうな美人ジェーン・バーキンと結婚したばかりの英国青年ニコラス・クレイで、演劇プロデューサーの夫ジェームズ・メースンと共に同地を訪れていた細君シルヴィア・マイルズがその場に居合わせる。ポワロは自分が最後に見た事件と発見時刻から推して、午前11時半から12時までを犯行時刻とするが、その時刻には各々アリバイがある。
さて、ポワロはいかにアリバイを崩し犯人を突き止めるか?
ポワロものはミス・パープルものより観光要素が高く映画化に向いてい、実際ハミルトンのミス・パープルもの「クリスタル殺人事件」(1980年)よりぐっと楽しめる出来栄えになっている。僕は絶対数としてはミステリーはさほど読んでいないから古典的とも言えそうな犯人のトリックにすっかり騙され、この点に関してさほど文句はない。
ちと気に入らないのは、誰も表情を見ていない状況において犯人が死体を見る時の反応である。映画において許すか許されないかぎりぎりの描写の嘘があるのである。カメラは表情を捉える代わりに後ろから描くべきで、そうすれば映画の描写として問題がなく済んだのだが、逆に犯人の見当がついてしまうかもしれないという弊害を生む為なかなか難しい。この点本格ミステリーは小説が断然有利である。
観光映画としての要素では「ナイル」のエジプトと比較すると分が悪いものの大スクリーンで観れば一定の魅力となるだろう。それ以上に、時代背景の関係から使われたのであろうコール・ポーターの音楽(「夜も昼も」「ビギン・ザ・ビギン」のインストゥルメンタル)がクラシック気分を盛り上げる。
少年時代クリスティーを僕は避け、シドニー・ルメット監督「オリエント急行殺人事件」(1974年)を観てからポワロものを幾つか読んだという理由もあって、ポワロのイメージはユスティノフではなくアルバート・フィニーである。ユスティノフは、特に本作においては、些か鈍重にすぎる。
犯人が自分のアリバイを証言する時に使われるのが、僕の言う“客観的主観ショット”(一見客観ショットであるが、実は主観の主が当人を含めた情景を捉えているショットを僕はこう呼んでいる。“主観的客観ショット”という言い方も考えたが、内実が主観なのでこちらに定めた)。“客観的主観ショット”の例として酔っ払いがぐるぐる安定しないカメラで捉えられるショットがある。まるで酔っ払いが自分の目で自分を捉えているような感覚である。しかし、アリバイ証言などの回想場面では、それとは違い、普通の客観ショットとまるで区別がつかない。
この記事へのコメント
この映画、テレビで観てるのですが、「ナイル殺人事件」にくらべると、出てる役者見てるだけで楽しいみたいなのが薄かったような。とくに、ダイアナ・リッグは一時期英国製のテレビドラマが放映されるとよく出てきていて、たぶん舞台女優だろうと思われるしっかりした演技の方ですが、映画女優としてはあまり魅力を感じない。この映画でも見ていてもっと華やかな映画スター的美人女優がやったほうがいいのになあと思った記憶があります。
ダイアナ・リッグには、「女王陛下の007」という代表作がありますが、確かに映画にはさほど出ていないようですね。「007」の印象ではもっと映画にも出そうな雰囲気がありましたが。
>華やかな映画スター的美人女優
「ナイル」のロイス・チャイルズのような感じで、もっと年上ですね。
当時の女優だと誰が良いかなあ? しかも途中で死んでも良いような中堅女優(笑)
いそうで意外といないです(笑)
「真夜中のカーボーイ」で年配の高級娼婦を演じたシルヴィア・マイルズ。
ここではニューヨークの演劇プロデューサー、オーデルの妻役。いい味出してます!
そして、この作品を見終わった後に双葉師匠の評論を読みました。さすが双葉師匠だと思いました。
>先に使われては、使えまへんな(笑)
いかりや長介風に「ダメだ!こりゃあ!」と言って下さい(笑)。
>ビリー・ジョエルの「アップタウン・ガール:とロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」を合わせるとこんな感じ?
洋楽研究家の桑田氏。それはあるかも知れません。
>中国が絡んでいないのは確かでしょう。中国は日本と一戦交えるなんてことは全く考えていないので。
さすがオカピー教授。深いところまで読んでらっしゃいますねー!
>企業倒産の「潮目」変化、2022年度は3年ぶり増加
https://news.yahoo.co.jp/articles/b19e36a188d75edb02d218437d15b381e5bfe349
どうする自民党
>シルヴィア・マイルズ。
>いい味出してます!
渋いですね。
>そして、この作品を見終わった後に双葉師匠の評論を読みました。さすが双葉師匠だと思いました。
僕は毎度毎度考える程才気がないので、映画に無理やりにかこつけて、不平不満を述べることが多くなっています^^;
>洋楽研究家の桑田氏。それはあるかも知れません。
ビリー・ジョエルをよく聞いていたのは他の曲からも確認できてします。
サザンオールスターズを【オカピーの採点表】で取り上げる時に曲ごとに指摘していきたいと思います。
彼の曲は殆ど全て必ずどこかに色々と採用しているのですが、全てが解らないのはもどかしいですね。桑田氏に直に話して聞いてみたいと思っているくらいです。
>さすがオカピー教授。深いところまで読んでらっしゃいますねー!
いやいや、外れていたら恥ずかしいです。
現在の関係を見れば、考えられません。
>企業倒産の「潮目」変化、2022年度は3年ぶり増加
コロナ禍下での支援が倒産を抑えていたので、こうなるのは必然でした。
倒産問題にも多少関わる日銀の政策。黒田総裁に代わる新しい植田氏には、10円くらいの円高に持って行って貰いたい。円高に持って行くのは簡単ですが、その手法たる利上げはなかなか出来ない状態。さて、どうするか。
>映画館で観た秀作「ナイル殺人事件」(1978年)
それを見ていないうちに「地中海殺人事件」を見てしまいました。相変わらず僕の人生はそういうパターンばかりです。
>彼の曲は殆ど全て必ずどこかに色々と採用しているのですが
「祭りのあと」。どこかで聞いたような感じがしますが、元ネタはわかりません。
https://www.youtube.com/watch?v=AQoh9XrPfw4
>現在の関係を見れば、考えられません。
今朝の北朝鮮発ミサイルも然り。
>円高に持って行くのは簡単ですが、その手法たる利上げはなかなか出来ない状態。
十数年前、1ドル78円台の円高を解消したのは安倍氏なんですか?
>>映画館で観た秀作「ナイル殺人事件」(1978年)
>それを見ていないうちに「地中海殺人事件」を見てしまいました。
「ナイル」はポワロものの最高峰で、お薦め。
まだ観ていない良い映画があるのは楽しみが残っているということ。
しかし、人によって感性も色々。
昨晩ビートルズのソロ・アルバムを順位付けするYouTubeを観たところ、相当変でした。世評に捉われないのは立派でしたが。
>「祭りのあと」。どこかで聞いたような感じがしますが、元ネタはわかりません。
僕もそう思います。
このアイデア源は歌謡曲だろうなあ。
>今朝の北朝鮮発ミサイルも然り。
政府は危機をあおり過ぎ。
事故等の危険性はありますが、ミサイル発射の数が増えようと、その目的はアメリカに対するデモンストレーションに過ぎませんから、防衛の環境が変わっているというのは大嘘。
今、一番怖いのは中国の台湾進攻だけ。この間「朝まで生テレビ」を見ていたら、進行役の田原総一朗氏が「台湾有事は絶対起きない、何故なら、岸田が起こさせないから」と面白いことを仰っていました。一見変なことを言っているようですが、彼は元防衛大臣の森本敏氏と作戦を練っている模様。
彼らは、自民党議員の大半より、日米政府の考えを知り、かつ影響力もあるようで、全くのデタラメでもないらしい。
田原氏が「岸田政権の防衛費のGNP比率2倍の宣言は、アメリカの要求を受け入れたもの」と言った時、ゲストの自民党議員松川るい氏は否定しましたが、政権に食い込んでいる森本氏も最終的に肯定しましたね。僕もそうにちがいないと思っていましたが。
>十数年前、1ドル78円台の円高を解消したのは安倍氏なんですか?
そうですね。大幅な金融緩和をすればそうなるのは解っていました。当時は今とまるで逆で、日本の利率がアメリカより高かったですから、比較的容易にそれを成し遂げることが可能なのでした。
為替は本来国の経済力に応じて自然に決まるべきで、現在の妥当な為替レートは120円/ドルくらいでしょう。このレベルであれば、輸出入業者のどちらも程良い。まだ円安すぎる。しかもウクライナ戦争によるコスト高がありますから、まずい時に円安になったものです。
この映画「地中海殺人事件」は、アガサ・クリスティ原作の「白昼の悪魔」の映画化ですが、「オリエント急行殺人事件」ほどの超豪華キャストとシドニー・ルメット監督による演出のうまさもなく、「ナイル殺人事件」のような風俗的な華やかさと壮大な景観の魅力も、あまり感じられない作品だったと思います。
燦さんたる陽光降りそそぐ、地中海に浮かぶ美しい孤島のリゾート・ホテルで、謎の殺人事件が起こる。
殺されたのは美貌の持ち主だが、傲慢なミュージカル・スター。
そして、この孤島を訪れていた、お馴染みの名探偵エルキュール・ポワロの推理が始まるのです。
ここに滞在している様々な人物は、それぞれみんな意味ありげな過去を持ち、殺しの動機もあるのです。
その一方で、それぞれにアリバイもあるのです。
この孤島は外部と広い海でさえぎられ、まさに一つの密室なのです。
これはもう典型的なクリスティお得意の謎解きの展開ですね。
被害者のミュージカル・スターを演じるのが「女王陛下の007」のダイアナ・リグ。まさに適役です。
そして、彼女を取り巻いてマギー・スミス、ジェームズ・メイスン、ロディ・マクドウォール、ジェーン・バーキンといった演技派や個性派俳優がずらりと脇を固めています。
「オリエント急行殺人事件」以来、定着したクリスティ・ミステリの映画化のパターンですが、今回もこのキャスティングに面白さのポイントがあるわけです。
ベテラン・スターを配する事で、様々な人物が背負っている人生の影が、スター個人のキャリアと重なって、大きな効果を上げているのだと思います。
「ナイル殺人事件」に続くピーター・ユスティノフのポワロ探偵に味があって良いのも、その人生の裏側に、深くあたたかい眼差しを向ける人間味が、滲んでいるからだと思うのです。
この映画の全編にわたって流れるコール・ポーターの曲を、いいムードで使い、「夜も昼も」と「ビギン・ザ・ビギン」がバック・グラウンド・ミュージックとして効果を上げており、これが単にムードを高めるという以上に、華やかに装われた"人生の裏側の哀しさ"、"人生そのものの謎"をすら、観ている者に語りかける効果を上げているのだと思います。
そして、ホテルの女主人を演じるマギー・スミスが、往年のショウ・ガール時代のライバルだったダイアナ・リグと「ユーアー・ザ・トップ」を張り合って歌う場面なども、実に楽しめるのです。
監督は、初期の「007」シリーズを数多く演出したガイ・ハミルトン。
殺人事件ということで、とかく陰湿になりがちなのを、明るく華麗なムードで見せ切った職人監督としての腕前はなかなかのものです。
なかでも、私が面白かったのは、真犯人が正体を現わした、その途端、ガラリとキャラクター・イメージを変えて見せるその転換の鮮やかさです。
ポワロの謎解き場面に、少々工夫が足りないなという不満を感じながらも、ここに"人間の裏側のもう一つの奇怪さ"まで感じられて、楽しめた映画であったと思います。
>この孤島は外部と広い海でさえぎられ、まさに一つの密室なのです。
クリスティーは、クローズド・サークルにする設定が多いですね。
本当の密室ではなく、島であったり、列車であったり。
密室は、本格推理において最も読者をわくわくさせる設定ですからね。