映画評「となりのトトロ」

☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1988年日本映画 監督・宮崎駿
ネタバレあり

2010年頃「となりのトトロ」と比べて「崖の上のポニョ」は「人魚姫」のヴァリエーションで独創性がないという評を読み、比較論としては間違いないにしても、“ちょっと待ってください”と昔の歌を思い出しながら反論していた。
 「となりのトトロ」は「ピーター・パン」の変奏曲であり、言わばその返歌であることは、宮崎駿が古典を上手く利用する名手であることに気づいていれば解るはずである。実際には「トトロ」を「ピーター・パン」と結びつける意見を僕以外に読んだことはないのだが。詳細に入る前に軽くお話を復習しておきましょうか。

僕が幼少時代を過ごした大変懐かしい昭和30年代(それも前半と見た)、東京の大学で考古学に勤しむ父親(声:糸井重里)と一緒に首都圏の田舎に越してきた小学6年生のサツキ(声:日高のり子)と幼い妹メイ(声:坂本千夏)。母親(声:島本須美)は歩いてはいけない距離の病院に入院している。
 姉妹は自宅となったおんぼろ屋敷やその周辺で色々な不思議な体験をする。中でもトロールの日本版であるトトロがお気に入りで、母親に会おうとしたメイが行方不明になり心配するサツキにトトロが救いの手を差し伸べてチェシャ―猫の親戚みたいな猫バスを呼び出す。猫バスは素晴らしいスピードでメイを探し出すと、姉妹を母親の病院へ連れていく。
 窓から外を見た母親が「今あの松の木でサツキとメイが笑ったように見えたの」と言うと、父親は“おかあさんへ”と書かれたとうもころし(メイは幼いのでとうもろこしの代わりにこう言う)を見て「案外そうかもしれないよ」と応える。

このお話のどこが「ピーター・パン」であろうか。「ピーター・パン」は永遠に大人にならない、若しくはなりたくない少年のお話。こちらは、大人には見えないお化けを子供に見せることを以って少年時代の無垢を見せるお話である。つまり、子供に関しては大差がない。
 幕切れで母親が窓の外を見るのは、「ピーター・パン」においてウェンディの母親や大人になったウェンディが窓の外を見るのに通ずる。母親は大人になったサツキその人でもある。
 本作は子供もいつか大人になるという厳然とした事実(おばあさんの「私も子供の頃は見たよ」などの発言)を周囲の大人を通して見せる。それが本作が「ピーター・パン」に対する返歌であると僕が考える所以だ。

同時に、僕はこの映画は子供ではその真価が理解できないとも言ってきた。単に昭和30年代へのノスタルジーが理解できないだけではない。大人になったつまらなさは、即ち、森羅万象を不思議に思いつつそれを疑わない子供の無垢を失ったつまらなさは、現在その真っ只中にいる子供には解りようがないからである。トトロや猫バスの造型の楽しさは子供の方に向いているが、それだけで終わりにするにはもったいない秀作と言わなければならない。

メイにとって母親代わりを務めるサツキの大人の部分と子供の部分を繊細に描出しているところなどドラマとして味わい深く、ヒメジョオン、ハチス(ムクゲ)、アジサイといった花の見せ方も季節感を上手く醸成して見事。純度の高さで、宮崎駿アニメの中でも随一と思う。

サツキもメイも五月だよ。メイはMayに通じるからね。

この記事へのコメント

浅野佑都
2018年04月13日 04:06
>ピーターパンへの返歌
「飛行」「夜」「大人の不在中の出来事」などのキーワードもぴたりと一致しますし、いつもながらプロフェッサーの視点は独特かつ、流れ石でありますね(笑)

ウェンディがピーターパンを、兄のように頼りながらも、時に母親目線で見つめていたのも、サツキの中にある小女性と大人びた言行とのギャップにも通じます・・。

>懐かしい昭和30年代
実は、ずっと以前に、映画サークルに入っていたころ、この作品の時代が何年なのか検証する試みがありまして・・僕は、母親が入院した七国山病院の部屋のカレンダーの日付のアップから、自分の生まれた年である昭和33年(プロフェッサーの推察ともほぼ一致しますが)と主張したのです。
1958年とするにはお父さんのの身なり、特にズボンのだぶつき具合が古臭すぎるのですね(当時すでに、群馬やトトロの森のあるような田舎はともかく、都会ではロカビリーや太陽族ルックが流行っていましたし)
けれど、洋服は着ることさえできれば良し、とするような探求一筋の大学教員らしい父親ならば、何年も前のズボンで十分、という理由で、1958年なら、もっとスタイリッシュだったという他の意見を一蹴したことがあります・・。

もうひとつの根拠に、サツキが差すジャンプ傘は、昭和33年に登場し、植木等のCMで話題になったことを覚えていたからというのがありました。

同じ映画を繰り返して観ることがまずない僕が、今の若者みたいに、ここまでひとつの作品のディテールの検証を試みたのは初めてですねぇ。
この作品に内包された並々ならぬ魅力の所為でしょうか・・。
浅野佑都
2018年04月13日 10:35
追記 母親の病室のカレンダーには、年度の表示はないですが、7月の曜日が日付と一致するのは、昭和33年と27年のみ・・ジャンプ傘の件からの推理となりました。
映画の作られた背景を考察するのにエネルギーを注ぐのは、作品に対する大人の鑑賞の仕方とはいえませんが、それを堪能するのが大人にだけ許された子供向けアニメということで(笑)・・。
オカピー
2018年04月13日 20:49
浅野佑都さん、こんにちは。

>飛行
似た点を挙げればいっぱいありますよね。
僕は、まあ子供と大人というところに焦点を当てて書いてみましたが、宮崎駿作品それぞれの原点を探すのも面白そうです。「天空の城ラピュタ」は「ガリバー旅行記」ですね。

>何年なのか検証する試み
ほほぅー、それは興味深い。カレンダーというのは一番確かなところですね。昭和27年というのは古すぎると思います。
ジャンプ傘から推理・・・杉下右京ばりの名推理じゃないですか(笑)
ついでに、最初に出て来るオート三輪は、昭和32年発売ではないでしょうか? あとで正確にチェックしてみます。

>ディテール
僕はヒッチコックの映画ならやってもいいかなと思いますが、実際はなかなかしませんね。そんな作品が一本や二本あっても良いと思います^^
蟷螂の斧
2020年11月23日 12:49
こんにちは。映画公開から32年後。僕は昨日この映画を初めて見ました。
美しい田舎の風景。各家庭に固定電話がない時代。こういう映画を好む人は多いでしょうね。
小学6年生のサツキと幼い妹メイの関係も面白いです。典型的な長女と次女。無鉄砲な次女を長女がフォローする。
お父さんの声が声優にしてはぎこちないと思ったら糸井重里。でもイメージには合っていました。
物語の後半で、行方不明になったメイが非業の死を遂げたり、お母さんが重い病で亡くなるなんてラストにならなくて良かったです。

>若者が観る作品がなかなか作れなかった東映

東映と言えば濃いイメージです。僕は好きですが(笑)。

>先に短いのを観ておくと好都合

時間の使い方って大事ですよね。年を食ってきてからますますそう思います(苦笑)。
オカピー
2020年11月23日 21:24
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>僕は昨日この映画を初めて見ました。

そうですか。
 僕は4度くらい観たでしょうか。DVDで英語字幕を出して日本語との比較をしようかとと思っていますが、なかなか暇がありません。
 ただ観るのは日本テレビ放映版がハイビジョンなので良いですね。但し、CMをカットした後に見ます。

>お父さんの声が声優にしてはぎこちないと思ったら糸井重里。
>でもイメージには合っていました。

そうですね。
僕はスタジオ・ジブリの素人起用が嫌いではないです。ぎこちないのが却って良い。

>時間の使い方って大事ですよね。年を食ってきてからますますそう思います

実際その通りですね。残された時間は少ない感じ。YouTubeで聴きたいアルバムはほぼ全て揃う(自分でCD化して聴く)ので、断然時間が足りないように思えてきました。

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