映画評「はじまりの街」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2016年イタリア=フランス合作映画 監督イヴァーノ・デ・マッテオ
ネタバレあり

ローマの主婦マルゲリータ・ブイがDV夫から逃げ出し、13歳の息子アンドレア・ピットリーノと共に、トリノにいる親友ヴァレリア・ゴリノの家に転がり込む。一人暮らしで寂しい舞台女優ヴァレリアは大歓迎である。
 父親の母への暴力は嫌いだけれども、父親その人は嫌いになれない少年は非常に複雑な思いに苛まれ、通い始めた学校で友達もできない環境にあって、家の近くにある食堂主人ブルーノ・トデスキーニや、自転車を転がすうちに移民の街娼カツィアリーナ・シューラと親しくなることで、孤独を癒そうとする。しかし、慕情を寄せるカツィアリーナの商売故の現場を見て、解りながらも失望して怒りを抑えきれなくなる。
 母親は彼の希求に応えようとヴァレリアの家から出ることを考えるが、ヴァレリアが引き留めに色々と工作するのと時を同じくして近所の子供たちからサッカーの誘いが来る。

イタリアにおける移民の問題を背景に僅かに漂わせながらも、感覚的には少しクラシック、僕が少年の頃観ていた青春映画を観るような感覚に懐かしさを覚える。こんな素直な爽やかさを覚える児童映画(と言えるかどうか微妙。母親の再生の映画でもある)は本当に久しぶりだ。

転居した街で少年が親しくなるのは、移民の娼婦や交通死亡事故でサッカー選手を引退した食堂主人という疎外されている人ばかり。翻って言えば、彼自身が疎外感を味わっていることを示す同病相憐れむ関係であり、それが最後に同世代の子供たちの勧誘で劇的な一歩を踏み出すわけである。これが効果を発揮するのも、少年が遠くから彼らがサッカーをするのを眺める様子を頻々と点出しているからで、最後はやや唐突に見えながらも余り不満を覚えない。

母親を筆頭に、恵まれていない人々に限って好人物で、彼らとの交流のスケッチぶりも感じが良い。☆は抑えたが、このイタリア映画は好きだな。

少年のアンドレア君、ちとテニスの錦織圭選手に似ております。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック