映画評「無限の住人」
☆☆★(5点/10点満点中)
2017年日本映画 監督・三池崇史
ネタバレあり
今月(2018年5月)三本目の時代劇である。三池崇史にも飽きてきたし、観るつもりはなかったが、「忍びの国」が余りにお粗末だったので、口直しになるかもしれないと思い、観てみた。原作は、例によって作者の名前も作品名も知らない、沙村広明という漫画家の時代コミックらしい。
自分の勘違いから妹・町(杉咲花)を発狂に追い込んだ侍・万次(木村拓哉)は彼女を連れて逃走中に、賞金目当てに追いかけて来たならず者グループに囲まれる。正直に武器を捨てたのが運の尽きで妹を殺され怒り心頭に発し、単身無数の敵に立ち向かう。
モノクロで見せるこの場面は「雄呂血」(1925年)若しくはそのリメイク「大殺陣 雄呂血」(1966年)を髣髴とする。結局ここがこの作品で一番良い。
彼は一味を全滅させるが、自身も重態に陥る。そこへ謎の老尼(山本陽子)が近寄ってきて虫を体に塗り込んで不死身になる。しかし、これは彼にとって一種の宿啊になって、これを基調にお話は進む。いかにも若者に受けそうな悩めるヒーロー像というわけである。
50年後、剣術を統一しようと道場破りをしているグループを率いる天津影久(福士蒼汰)に父親を殺され母親を拉致された道場主の娘・凛(杉咲花二役)が用心棒かつ剣術の指南役にしたいと現れる。感所が死んだ町にそっくりなので万次が驚くが、恐らくはそのこともあって彼は彼女を助ける。彼女が後で考えるように、恐らくは死ぬことをある程度求めての協力であろう。相手も次々と刺客を送り込んでくる。
ここで面白いのは、彼がすっかり弱くなっていること。彼自身認めるように死なないから腕が落ちてしまっているのである。だから、常に重傷を負いつつ逆襲して仕留めるという形で推移することになり、結果的に一つ一つの闘いが香港映画のように長くなってしまう。一部の人が言う「迫力がない」ということはないが、やはりもっと断ち切るように進めないと、作品全体も長くなる。
映画全体は溜めてそれを開放するという方式で進め、一つ一つの場面は溜めないで断裁的に処理すればこの手のアクションは面白くなるのに、逆になっているのである。
凛や万次と目的を同じくする一派と知り合う。尸良(市原隼人)がリーダーだが、小説やコミックと違い2時間前後という限られた尺に収めなければならない宿命のある映画としてのバランスを考えると、このグループは完全に削除した方が良かったであろう。そうすれば2時間足らずにもっとすっきり観ることが出来たはずである。実際、ある人が仰るように、幕府軍と戦っている最中に彼が分け入ることで緊張が途切れてしまう。
刺客の中では、自身不死身でやはり死にたがっている男(市川海老蔵)と、殺人に時々疑問を持ってしまう色っぽい女刺客(戸田恵梨香)が面白い。
日本版「ザ・ボディガード」と言うか、あちらがアメリカ版「無限の住人」だったか。洋の東西を問わず、似たようなお話が考えられるものです。こちらのボディガードは不死に苦しむが、あちらは麻薬に苦しむ。
2017年日本映画 監督・三池崇史
ネタバレあり
今月(2018年5月)三本目の時代劇である。三池崇史にも飽きてきたし、観るつもりはなかったが、「忍びの国」が余りにお粗末だったので、口直しになるかもしれないと思い、観てみた。原作は、例によって作者の名前も作品名も知らない、沙村広明という漫画家の時代コミックらしい。
自分の勘違いから妹・町(杉咲花)を発狂に追い込んだ侍・万次(木村拓哉)は彼女を連れて逃走中に、賞金目当てに追いかけて来たならず者グループに囲まれる。正直に武器を捨てたのが運の尽きで妹を殺され怒り心頭に発し、単身無数の敵に立ち向かう。
モノクロで見せるこの場面は「雄呂血」(1925年)若しくはそのリメイク「大殺陣 雄呂血」(1966年)を髣髴とする。結局ここがこの作品で一番良い。
彼は一味を全滅させるが、自身も重態に陥る。そこへ謎の老尼(山本陽子)が近寄ってきて虫を体に塗り込んで不死身になる。しかし、これは彼にとって一種の宿啊になって、これを基調にお話は進む。いかにも若者に受けそうな悩めるヒーロー像というわけである。
50年後、剣術を統一しようと道場破りをしているグループを率いる天津影久(福士蒼汰)に父親を殺され母親を拉致された道場主の娘・凛(杉咲花二役)が用心棒かつ剣術の指南役にしたいと現れる。感所が死んだ町にそっくりなので万次が驚くが、恐らくはそのこともあって彼は彼女を助ける。彼女が後で考えるように、恐らくは死ぬことをある程度求めての協力であろう。相手も次々と刺客を送り込んでくる。
ここで面白いのは、彼がすっかり弱くなっていること。彼自身認めるように死なないから腕が落ちてしまっているのである。だから、常に重傷を負いつつ逆襲して仕留めるという形で推移することになり、結果的に一つ一つの闘いが香港映画のように長くなってしまう。一部の人が言う「迫力がない」ということはないが、やはりもっと断ち切るように進めないと、作品全体も長くなる。
映画全体は溜めてそれを開放するという方式で進め、一つ一つの場面は溜めないで断裁的に処理すればこの手のアクションは面白くなるのに、逆になっているのである。
凛や万次と目的を同じくする一派と知り合う。尸良(市原隼人)がリーダーだが、小説やコミックと違い2時間前後という限られた尺に収めなければならない宿命のある映画としてのバランスを考えると、このグループは完全に削除した方が良かったであろう。そうすれば2時間足らずにもっとすっきり観ることが出来たはずである。実際、ある人が仰るように、幕府軍と戦っている最中に彼が分け入ることで緊張が途切れてしまう。
刺客の中では、自身不死身でやはり死にたがっている男(市川海老蔵)と、殺人に時々疑問を持ってしまう色っぽい女刺客(戸田恵梨香)が面白い。
日本版「ザ・ボディガード」と言うか、あちらがアメリカ版「無限の住人」だったか。洋の東西を問わず、似たようなお話が考えられるものです。こちらのボディガードは不死に苦しむが、あちらは麻薬に苦しむ。
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