映画評「海辺のリア」

☆☆★(5点/10点満点中)
2017年日本映画 監督・小林政広
ネタバレあり

春との旅」がなかなか気に入った小林政広監督が「日本の悲劇」を挟んで仲代達矢と三度目のタッグを組んだ老人問題映画である。

冬でもないのにパジャマにコートを着、スーツケースだけを引いて歩く老人・仲代達矢が、浜辺に至って二十代の娘・黒木華に絡み始める。相当ぼけているこの老人が私生児として設けた娘であることが彼女の説明で観客には解るが、老人にはなかなか呑み込めない。
 しかし、この老人は引退しても20年経つ有名俳優で、舞台で鍛えた「リア王」の台詞は忘れていない。他方、老人の長女・原田美枝子は現在では余り仲が良くない夫・阿部寛と組んで資産を独占した挙句に老人ホームに追い出している。これも私生児の次女の説明により解るのだが、さらに彼女自身が私生児を設けたことで追い出されていることもあり、姉夫婦を恨んでいる。
 やがて阿部が海辺に老人を発見、妻と愛人の運転手・小林薫に老人ホームに連れ帰ってもらうが、最後まで見届けられない老人は再び海辺に戻って倒れ、彼には「リア王」の三女コーディリアにしか見えない次女に救われる。

というお話で、今回はちと気に入らない。台詞で全てを説明するのが良くない、というご意見を目にしたが、この映画に関してはそう思わない。
 一般論として台詞での説明を必要最小限にしたほうが深みが増したり感動性が強まったりする効果があり理想的であるが、本作は台詞でしか説明できない設定をしている以上、その理屈をそのまま当てはめるのは少々無理である。それにより、登場人物の少ないことと相まって、舞台的な作品となった。それは事実である。しかし、映画の多様性が増している現在、舞台的であることを以って弱点であると見なすのは固定観念的に過ぎると言わざるを得ない。
 僕は気に入らないのは、偏に、題名から「リア王」をもじっている話であることが早々に分ってしまうことである。「黒木華はコーディリアじゃね」と思うそばから「お前はコーディリアだ」という台詞が出てくるなど、見え見えすぎるのである。「だから面白いのだ」という考え方も解るが、見え見えすぎる一方で「リア王」の要素が消化し切れなった感じが強い。

映画ファンとしては、本作が仲代達矢その人を表敬していることに感慨が少しある。しかも黒澤明絡みでそれをしている。彼は「リア王」の日本版「」で主人公を演じ、老人の名前が桑畑(仲代がかつて出演した「用心棒」の主人公の名前と同じ)なんてのはその証拠だが、後者に関して御本人が説明するのがちとつまらない。 
 また、この桑畑なる人物は私人としての三船敏郎(かつて「用心棒」で桑畑三十郎なる人物を演じた)のもじりではないかとも思う。孫とも思われる私生児の娘は、三船の私生児である三船美佳その人に思えて来る。

ただ主人公の個性が強すぎて、認知症や子が親を施設に送ることという普遍的な老人問題に思いが行かなくなる可能性が高い。特殊性を普遍性に昇華させるお話としてはうまく行っていないと思う次第。

「海辺のカフカ」と思った村上春樹ファンの方、ごめんなさい、といったところじゃね。

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