映画評「セルピコ」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1973年アメリカ=イタリア合作映画 監督シドニー・ルメット
ネタバレあり

ロードショーで観て以来45年ぶりではないだろうか。純粋なティーンエイジャーだった僕は汚職警官にショックを受けた。パンフレットが出てきたので貼付しておきます。今では全く珍しくなくなった実話もの(当時はそれを売りにはしない)。しかし、ジャンルは【伝記/実話】でなく【刑事/犯罪】にしておきたい。

1960年代初めにニューヨークの警官になったイタリア系のフランク・セルピコ(アル・パチーノ)は、転々と渡り歩いた分署のいずれにおいても同僚たちがギャングたちから賄賂を貰っている現実に失望、彼だけが賄賂を受け取らないので孤立し生命の危険も感じるようになる。上部組織に訴えても隠すのに一生懸命らしいので益々失望、ニューヨーク・タイムズへ告発、やがて公聴会で証言する。

原作はピーター・マーズによるノンフィクションで、お話は1971年に重傷を負ったところから始まり、それを起点とする回想形式(正確には巻き戻し形式)で展開する。

最近権力に頭が上がらない我が国の官僚に情けない思いをしているが、我が国の現在の官僚も、半世紀前のかの国の汚職警官も赴任当初は高い目的意識をもって仕事を始めたと思うが、結局は自分が可愛くなって本来の目的を忘れてしまう。それでも、恐らく十人に一人か百人に一人セルピコのように物凄く正義感の強い人間がいる。二番目の恋人ローリー(バーバラ・イーダ=ヤング)に頭がおかしくなる水を最後に呑む王様の例え話にされても、彼はどうしても自分の信念を変えることが出来ない。その為に彼女にも最初の恋人レスリー(コーネリア・シャープ)にも去られてしまう。悲しいが、真面目で不器用すぎると言われる僕などには実によく理解できる人物像である。

監督は60年代後半から不調に陥ったシドニー・ルメットで、本作で復活した。彼らしくセミ・ドキュメンタリー・タッチで、淀みなく精確に進めて見応え十分。地味だからつまらないと思われるムキもあるが、僕は前回も今回も手に汗を握り、義憤に駆られ、堪能した。

製作からたった2年前に遡るだけだから、所謂“際物”に属する。昨今では“際どいもの”の省略のように使われる言葉だが、本来の意味は、実際の事件をただちに取り上げた文学作品などのこと、である。

画像

この記事へのコメント

vivajiji
2018年08月17日 12:22
飄々としたショーン・コネリーとルメット氏は
相性がよくない。特に低迷期。(笑)
頑固者を主役にすると地味な素材であっても
映画にビシッと芯が通って私はいいと思う。
本作もその成功例。
でもでも、アル・パチーノが
苦手だという人が多いんですよね〜
役者には毒気がなけりゃ、と考えている当方
には理解しかねますが。好みと趣味の問題と
いわれますかな。不純なティーンエイジャー
だった前期高齢者より。(^^);
オカピー
2018年08月17日 23:25
vivajijiさん、こんにちは。

>ショーン・コネリー
低迷期に二本コンビ作がありますね。

>頑固者を主役にすると・・・
おおっ、実に素晴らしい表現ですね。
いつかパクらせてもらいましょう(笑)

>アル・パチーノ
最近のアル・パチーノはあくが出過ぎで僕も苦手かもしれません(余り好き嫌いはない人間なので、嫌いとは言えない)が、若い時は断然良かった。

>好みと趣味の問題
大概そうなんですなあ。
昨日珍しく遊びに来た兄貴と歌のうまさについて話した際、僕が「音痴レベルを別にすれば、好き嫌いの差に過ぎない」と言うと不服そうでしたよ。
歌の巧さと上手さ、或いは歌唱力は違うような気もしますし。
蟷螂の斧
2018年09月05日 19:50
オカピー教授。こんばんは。

>アル・パチーノ

「スケアクロウ」ではあまり強くないイメージの彼。
この映画では中々どうして僕が小柄だから応援したくなりました

>幸い我が家の親戚にぼけた人は僕が知っている範囲では全くいないです。

羨ましい家系です。

>家系的にはなかなか恵まれているし、兄貴に言わせれば「そんなに本を読んでいれば、ぼけないよ」。

うちの母は読書家でしたが、認知症になり、散々迷惑をかけて亡くなりました

>こちらは強風圏に入っても殆ど風が吹いていません。

僕は昨日も自転車通勤
帰路はさすがに身の危険を感じました
オカピー
2018年09月05日 22:41
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>中々どうして
そうでしたねえ。映画館で観たので、余計に義憤にかられたものです。大きなスクリーンでの印象が今回もほぼそのまま見られて嬉しかった。

>読書家
頭を使っているかどうかは医学的には関係ないでしょうね。
遺伝、食べているもの、etcが総合的に影響を与えるのでしょう。マグロのような魚を多めに食べると良いと言われていますが。

>身の危険
大阪ほどではないにしても、そちらも台風の中心に近かったから大変だったでしょう。TVで紹介される映像を見ると「やばい、やばい」が連発されていましたね。大阪の人がよく使う言葉なのか、最近の若い人は地方を問わず使うのか・・・などと、台風の騒ぎをよそに思ってしまう、けしからん僕でした。
蟷螂の斧
2018年09月07日 19:31
オカピー教授。こんばんは。

>低迷期に二本コンビ作がありますね。

『丘』は未見。一度見たいです
『ショーン・コネリー/盗聴作戦』は見ました。「サスペンスがないサスペンス映画」と評論家が言ってました

>大きなスクリーンでの印象

所詮テレビとは違います

>「やばい、やばい」

北海道の地震。札幌に住む友人の話では洒落では済まされないレベルだそうです。
早く復旧する事を祈ります・・・・。
オカピー
2018年09月07日 22:39
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>『丘』
いくら低迷期とは言え、シドニー・ルメット監督、ショーン・コネリー主演ですから観たいですが、観るチャンスが全くありませんでしたねえ。

>『ショーン・コネリー/盗聴作戦』
先般アップしましたが、かなり間抜けな作品でしたね。

>北海道の地震
台風が抜けた翌日の大地震。災害の多い国とは言え、嫌ですねえ。
僕が一番古くから知っているブログ仲間のvivajijiさんも札幌にお住まいで、心配しておりましたが、ご無事でした。電気は比較的早く復旧したらしいですが、電気がないと何もできないということを痛感されたようです。
蟷螂の斧
2018年09月10日 19:02
オカピー教授。こんばんは。

>コーネリア・シャープ

亜流007映画は山ほどありますが、彼女が主演の「S・H・Eクレオパトラジャガー」も同じでもアラフォー女性の色っぽさもあり、そこそこ楽しめました名優オマー・シャリフが彼女に惚れる役

>観るチャンスが全くありませんでしたねえ。

他にも「素晴らしき男」「男の闘い」「SOS北極... 赤いテント」・・・etc.
見たいですねー

>電気がないと何もできないということを痛感されたようです。

そうなんです。
しかし、原子力発電に頼っている僕ら愛知県民は・・・コメントが難しいです
オカピー
2018年09月11日 19:30
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>「S・H・Eクレオパトラジャガー」
ありましたねえ。内容は全く憶えていませんが(笑)
コーネリア・シャープはこの後事実上引退状態になり、21世紀になって少し出たようですが、この作品以降「恐るべき訪問者」という安っぽいサスペンス以外に日本では見られていないようですね。

>「素晴らしき男」「男の闘い」「SOS北極... 赤いテント」
そうなんです。何故ですかねえ。
「男の闘い」はマーティン・リットが監督なのに。

>原子力発電
原発にはさほど反対していなかったのですが、3・11以降の混乱ぶりと放射能物質の処理が立ち行かなくなっている以上、ゆっくりとしかし確実にやめた方が良いと思います。
経済的にも、代替のクリーン・エネルギーにしたほうが、暫くは費用がかかりますが、IMFの試算では年間数兆円ほど経済成長が見込めるとか。安定しないとか色々言われますが、太陽光だけでなく、波でも、糞尿でも、何でもエネルギーになるのですから、その辺りにどんどん科学力を注げば良いのでは。
蟷螂の斧
2018年09月12日 19:01
オカピー教授。こんばんは。

>正確には巻き戻し形式

うまい演出でした

>マーティン・リット監督

「寒い国から帰ったスパイ」素晴らしかったです

>ゆっくりとしかし確実にやめた方が良いと思います。

原発銀座と呼ばれる地方はこれからどうなるのでしょうか?
オカピー
2018年09月13日 21:43
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>「寒い国から帰ったスパイ」
ジョン・ル・カレ、彼の時代はここから始まりました(笑)。
洒落はともかく、007が一番人気のあった頃に作られたしぶいスパイ映画。スパイは本当はこういうものだよ、というのを実感させられた作品でしたね。

>原発銀座
一度OKしてしまうとなかなか引き返せないのが人間ですからねえ。その気持ちもよく解ります。それでも双葉町の人たちは「間違っていた」と後悔したようですが。事故が起きるまで町民が抵抗勢力として一枚岩になることはないでしょうねえ。
 あの辺りに3.11のような地震があると、京都への観光など大変な影響が出るような気もしますねえ。外国人は日本人より原発事故を怖がっていますから。
蟷螂の斧
2018年09月17日 11:15
オカピー教授こんにちは。

>しぶいスパイ映画。

二重スパイだとか出世欲僕ら低賃金サラリーマンと同じ構図です

>一度OKしてしまうとなかなか引き返せないのが人間ですからねえ

引き返す為には、かなりのエネルギーや煩わしさが必要です

>外国人は日本人より原発事故を怖がっていますから。

3.11以降突然ブラジルに帰国した家族がいました。
せっかく日本で生活の基盤が出来たのにでも彼らに言わせれば安全第一確かにその通りです

>1971年に重傷を負ったところ

目に懐中電灯を当てられて、黒目が小さくなる場面を思い出します
オカピー
2018年09月17日 22:10
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>低賃金サラリーマンと同じ
スパイらしいスパイはスパイではないとどこかで誰かが仰っていました。
日本はスパイ天国だと保守系の方は仰います。(一部野党議員がスパイであるといった)誇張はあるにしても、おおよそ本当でしょう。

>安全第一
反対派の言う低線量被曝の影響は嘘であると、御用学者がこぞって言っていますが、どちらが嘘であるかは僕らには解りません。僕は多少影響があるとも言われている我が群馬県の木の実など僕は全く気にしません。しかし、それができない人を馬鹿にすることは出来ませんね。人間はいろいろです。

>黒目が小さくなる場面
よく憶えていらっしゃいますねえ。
僕は映画を見過ぎて、どんどん忘れていきます。特に近年はダメですね。
mirage
2023年11月01日 17:36
こんばんは、オカピーさん。

この「セルピコ」はご承知のように、ニューヨーク派の名匠シドニー・ルメット監督の作品で、アル・パチーノは、アカデミー賞で主演男優賞の受賞はできなかったものの、ゴールデン・グローブ賞のドラマ部門の主演男優賞を受賞しましたね。

私はアカデミー会員という、いわば、映画界の身内で投票するアカデミー賞よりも、各国の外国特派員の記者たちの投票で選ばれるゴールデン・グローブ賞の方が、より映画ファンの目線で選ばれ、映画ファンの気持ちに、より近い結果になっていると思っています。

この「セルピコ」が公開された1974年頃のアメリカでは、クリント・イーストウッド主演の「ダーティ・ハリー」あたりから、警官ものの映画が、ブルース・リー(李小龍)の「燃えよドラゴン」のカンフー映画と共に流行となっていましたが、この警官ものは、ジーン・ハックマン主演の「フレンチ・コネクション」のような派手なアクションを売り物にする、ショッキングな実録タッチのサスペンスものと、ジョージ・C・スコット主演の「センチュリアン」のような、社会派警官の苦悩を描くものとの二つの系統に分かれていたように思います。

この「セルピコ」は、当然、後者の社会派警官の苦悩を描く系統に属する作品になっています。
ニューヨーク市警察の汚職を内部告発した、実在の警官をモデルにしているこの映画は、アメリカ社会の腐敗をリアルに描いて、とても迫真性のある映画になっていると思います。

しかし、このような映画が製作され、また率直に新聞を通して世論に訴えるところに、アメリカの伝統的な自由が生きており、忖度と腐敗だらけの、どこかの東洋の島国と違って、腐敗を腐敗に終わらせない社会の根強い復元力を感じさせます。
かのワシントン・ポスト紙の記者であったボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインによる、ウォーターゲート事件の新聞キャンペーンもその一つの例とみるべきでしょう。

1971年2月、ブルッキング・サウスの麻薬担当刑事のセルピコは、麻薬犯を逮捕しようとして、犯人に戸口から顔面を直撃されて倒れます。
同行の二人の刑事は、意識的にか支援をためらったのです。
セルピコが撃たれたとの報に、警察の同僚と上層部が、すぐに警官相互の殺しではないかと思ったほど、セルピコは警察内部で恨みを買っており、孤立していたのです。

というのは、その前年の4月25日、ニューヨークタイムズ紙の第一面は「ニューヨーク市警の汚職数百万ドルに及ぶ」との大見出しを掲げ、その後、連日にわたって、関連の暴露記事で強力な論陣を展開しました。
この報道は、セルピコの告発に基づいた調査結果であり、それだけに、彼は警察内部では異端者として忌避される存在になっていたのです。

当時のニューヨークのリンゼイ市長は、世論に応えるため、5人の委員からなる調査委員会を設ける事を宣言し、その調査が進んでいましたが、一方、セルピコは、最も危険な麻薬担当への転出を上司に強いられていたのです。

瀕死のベッドから、画面は彼が11年前に希望に燃えて、警察学校を卒業する場面へとフラッシュバックします。
正義感の強い仕事熱心な彼が、同僚たちが不感症になっている収賄、さぼり、暴行などの汚れた環境の中で、外見的な変貌と内面的な苦しみを重ねてゆく推移が、早いテンポで描かれます。

人間的に一般市民との繋がりを深めようとすればするほど、職場である警察の閉鎖社会からは次第に遊離していくのだった。
そして、裸のつき合いを持つヒッピー的な友人の間から現れた優しい恋人も、彼の人間性には魅せられ、愛しながらも、余りの潔癖さとその苦悩を見るに耐えかねて、別れていってしまいます。

組織の全部が狂ってしまったその内部からの、外部に向かっての社会的な告発が、それに至るまで、どのように深刻な人間的な苦悩を踏むものであるか、そして、内部告発に踏み切らせるものは、その組織の上層部の硬直化した問題処理の態度に起因している事を、セルピコは強く訴えているのです。

しかし、組織の内部での真剣な解決への努力と内省の苦しみを欠いた、安易な内部告発は、むしろ、うとましい一種の卑劣感が伴うものであり、社会に強く訴える力は、到底、持ちうべくもありません。

やむにやまれぬ正義感に立って、しかも、あらゆる内部解決の努力を払った、最後の手段としての苦悩の告発であり、一方においてはそれと並行して、あくまでも、その組織内にあって忠実勇敢に、日常の職務執行に献身するセルピコのような姿にこそ、我々は心を打たれるのだ。

それにしても、いかなる形であれ、内部告発者の末路は暗いものがあります。
その後、セルピコは不具の身を人知れず、スイスで過ごしたと言われています。
オカピー
2023年11月01日 21:06
mirageさん、こんにちは。

>アル・パチーノ

昔僕が購読していた『スクリーン』ではパチーノ、『ロードショー』ではパシーノ。常識的に言ってイタリア語のcですからパチーノですが、後年やっと統一されました。

パチーノは現在まで現役で作品は多数ありますが、やはり若い頃の作品が良い。ブログを始めてからほぼ再鑑賞しましたが、「ゴッドファーザー」より前の「哀しみの街かど」が未達成。観直したいものです。

この記事へのトラックバック

  • セルピコ

    Excerpt: セルピコは、ニューヨーク市警察の麻薬課に勤める刑事が警察内部の腐敗に立ち向かう…。 社会派刑事ドラマ。 Weblog: 象のロケット racked: 2018-09-24 00:46
  • 映画評「ローサは密告された」

    Excerpt: ☆☆★(5点/10点満点中) 2016年フィリピン映画 監督ブリランテ・メンドーサ ネタバレあり Weblog: プロフェッサー・オカピーの部屋[別館] racked: 2019-05-27 09:37