映画評「あゝ、荒野 前篇」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2017年日本映画 監督・岸善幸
ネタバレあり

「ああ荒野」と聞いてユージン・オニール(チャールズ・チャップリン最後の妻ウーナの父親、アメリカ文学史上最も偉大な劇作家)の作品を思い浮かべる人は日本にはそれほどいまい。僕は百科事典で一番最初に載っているこの戯曲を何とか読みたいと思っているが、日本語で読もうとすると10000円ほど出して中古本をアマゾンで買うしかない。もっと安く買うにはKindle英語版を買うという手がある。しかし、2024年1月1日にオニールの著作権がなくなる(1953年死去)ので英語版なら無償で読めるようになるかもしれない。それまで待とう。

閑話休題。
 本作は寺山修司が50年ほど前に書いた長編小説をベースにした長尺の映画である。寺山は演劇人であるから、オニールの劇からこの題名を思いついたかもしれない。
 本作は、余りに長い(正味300分)為に前篇後篇に分けて公開することになったらしいが、それでも前篇157分、後編147分と短くない。

元来一本の作品だから前篇を観終えた段階で評を書くのは少々無理がある。僕は内容について詳細に分析する方ではないので比較的しやすいのかもしれないものの、それでも作劇上のバランス等の問題があるので書きやすいとは言えない。

舞台は2021年から22年にかけての新宿。父親の自殺の後母親に捨てられたも同然に児童養護施設に預けられすっかり不良になった若者・新次(菅田将暉)が少年院から出所した後裏切った弟分を叩きのめそうとするが、相手は新人とは言えプロボクサーになっていた為に逆にKOされる。外に出たところで倒れかけた彼をひどい吃音の日韓ハーフ青年・建二(ヤン・イクチュン)が支える。以前から二人を目を付けていたボクシング・ジムを管理する堀口(ユースケ・サンタマリア)がスカウトし、彼らはジムの人になる。
 建二は韓国人の母親に死なれた後日本人の父親で自衛官・建夫(モロ師岡)に日本に連れて来られたが、非常に臆病である。臆病だから吃音なのか吃音だから臆病になったのか解らない。
 新次はラブホテルにしけこんだ挙句なけなしの金を盗んだ芳子(木下あかり)と結局は懇ろになる。3・11の被災者である芳子は逆に母親を捨て上京した経緯がある。

前篇を観る限り、どうもこの三人の人生模様を描こうという寸法らしく、特に不良少年・新次が堅気に生きようと思うようになる様子を中心にした部分は相当見応えがある。他方、ぐうたらになって自殺願望を持ち始めた建二の父親・建夫が自殺防止フェスを企画する大学生の騒動に巻き込まれる部分が浮いている為、全体までぎこちない印象を伴ってしまう。

また、人物の離合集散が極端。新次と建二の父親は片や自殺に追い込まれた自衛官、片や追い込んだ幹部。新次が勤め始める介護施設とジムを経営する社長(高橋和也)の秘書(木村多江)は新次の母親。芳子はラーメン屋に勤め、娘を探しに来た母親(河合青葉)は堀口の通う飲食店に雇われる。元来関係ある人々が磁石に吸い寄せられるように互いに接近し集合してくる。不自然と言えば不自然、それが不満と言えば不満である。

その代わりこの意図的な不自然さに、前篇だけではしかと掴めないが、象徴的なものを感じる。後篇を見れば明確になって来るだろう。

何となく思い起こしてしまう8年前の「ヘヴンズ ストーリー」は278分を一気に上映した。今なら二回に分けたかもね。芸術的には一回の方が有利で、興行収入的には分ける方が有利だろう。

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