映画評[プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード」

☆☆★(5点/10点満点中)
2017年イギリス=チェコ合作映画 監督ジョン・スティーヴンスン
ネタバレあり

大失敗の巻。音楽映画なのに、諸事情があって、パソコンで観てしまったのだ。これはやはりコンポを通して聞かねばならなかった。そのせいで☆★が少なくなってしまったかもしれない。

題名が示す通りモーツァルトが「フィガロの結婚」を地元ウィーンより好意的に受け入れたプラハで新作オペラ「ドン・ジョヴァンニ」を作った時に起きたかもしれない事件を想像してこしらえた半フィクションである。

妻コンスタンツェが温泉地にいる間にプラハにやって来たモーツァルト(アナイリン・バーナード)は、「フィガロの結婚」の小姓役に抜擢された若いソプラノ歌手スザンナ(モーフィッド・クラーク)の美貌と才能に目をかけ、新作のモチヴェーションとする。彼女を狙っているのは、劇場のパトロンでもある女に手が早いと悪名高きサロカ男爵(ジェームズ・ピュアフォイ)も同じで、彼女を横取りするどころか、彼女との浮き名によりモーツァルトを潰そうと画策する。嫉妬した対象はモーツァルトの才能といったところだろう。
 自分の画策が失敗した為男爵はスザンナを強引に自宅にまで連れ込み、思わず残忍性を発揮して絞殺してしまう。事件を一番後悔するのは、モーツァルトの忠告を無視して娘と男爵の婚約を進めた父親である。モーツァルトは彼女の死を嘆きつつも男爵の悪党ぶりを「ドン・ジョヴァンニ」に投影、合流した妻に尻を叩かれて完成させ、初演を成功裏に終える。

好色性という点でモーツァルトと男爵とは僅差と考えられ、ややすっきりしない印象をもたらさないでもないが、人を死に追い込むことすら厭わない男爵と、女性への懸想も音楽創造へのモチヴェーションにするモーツァルトでは人間性において雲泥の差がある。その差がスザンナをしてモーツァルトに傾けさせるわけだから、この差を無視して本作のフィクション部分を語ることは出来ない。

と言いつつ、格段映画的に異彩を放つところはなく、嫉妬が姦計を生むという辺り「アマデウス」(1984年)と共通する要素ながら、男爵はかの映画のサリエリと違って単純な悪党的配置だからメロドラマの域を出ず、同作には全く及ばない。

しかし、共同で脚本も書いている監督ジョン・スティーヴンスンはきちんとお話を進めて解りやすく、音楽も聴き応えがあり、一通り楽しめると思われる。コンポの高音質で聞いていれば★一つ分くらい増えた可能性がある。やはり大失敗の巻でした。

サブタイトルは映画を安っぽく思わせるということに、配給会社はそろそろ気付くべきではないか。一時に比べると大分減ってきてはいるが。

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  • プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード

    Excerpt: 1787年、プラハ(現在はチェコ共和国の首都)へ招聘された作曲家モーツァルトは、滞在中に新作オペラ「ドン・ジョヴァンニ」の作曲にも取り掛かることに。 オペラ「フィガロの結婚」のケルビーノ役に抜擢された.. Weblog: 象のロケット racked: 2019-01-31 23:23