映画評「悪と仮面のルール」

☆☆★(5点/10点満点中)
2017年日本映画 監督・中村哲平
ネタバレあり

若い時に芥川賞を受賞した中村文則のミステリー・サスペンス小説の映画化。英訳により海外でも評判になった作品だそうだが、映画版は余り芳しくない。

久喜財閥の末っ子・文宏は、一家の男子に脈々と伝わる“邪”の精神を断ち切り、養女である同年輩の香織を護るために、彼女に性的虐待をしようとしていた父・捷三(村井国夫)を屋敷内の密室に閉じ込めて殺すが、皮肉なことに、そのことで文宏の顔に“邪”が現れて来てしまう。
 香織は精神上の治療の為に外に出、その後行方不明になった文宏は、ある殺人事件の容疑者になった後死んだ一人の人物・新谷浩一と同じ顔(玉木宏)になって現れ、父親時代から雇用関係のある私立探偵(光石研)に現在高級クラブのホステスをしている香織の様子を探らせ、良からぬ企みを持つ詐欺師が彼女に接近すれば男を毒殺し、テロを起こすつもりの愉快犯グループの一人も撃退、やがて詐欺師を使って香織を破滅させようとしていた実の兄・幹彦(中村達也)に対峙することになる。
 同時に新谷の顔を持つ文宏の前に、殺人事件の犯人として未だに新谷を追う老刑事(柄本明)が現れ、ややこしくなる。

設定自体は面白くなりそうなのに、脚本に隙間があって面白味が醸成しきれない。例えば、原作では文宏は進学で家を離れた後姿を消すことになっている(らしい)が、映画版ではその辺りの経緯が省略されているので前後の脈絡がうまく繋がらないまま進む。

基本設定の持つダークな感じも余り出ていない。捷三や幹彦が異常者ぶりを見せても、初めて観る中村哲平という監督のタッチが全く強烈でないし、本作に限らず、ドライな(謂わば洋画的な)ダークさを上手く画面に定着できた邦画を僕は殆ど知らない。特に幹彦があっさりと死んでしまった後は、“大山鳴動して鼠一匹”の印象が生れてしまう。

原作者が力を入れたのではないかと想像される善悪に関する哲学的考察も生煮えで、観客に“考えてみよう”という気を起こすレベルに達していない。
 最後は異様に爽やかすぎて、純愛ものの感触。ここはヒロインが新谷の顔を持つ文宏の“言伝”を聞いて彼の正体に気付いていたのではないかと思わせる見せ方をしたほうが余韻が出たであろうが、どうもヒロインは彼の正体に気付いていない感じで、面白味に欠ける。

ここ数年最後に必ず太字の一行コメントを付けるのがマイ・ルールとなっているが、何も思い付かない。これを一行コメントにする苦肉の策を講じました。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

  • 悪と仮面のルール

    Excerpt: 資産家の息子・久喜文宏は11歳の時、自分が「この世に悪の心“邪”を残すために生まれ育てられた」のだと父から告げられ、養女・香織と引き合わされる。 文宏と香織は惹かれ合うが、14歳の時に文宏は父を殺害し.. Weblog: 象のロケット racked: 2019-03-27 10:57