映画評「search/サーチ」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2018年アメリカ=ロシア合作映画 監督アニーシュ・チャガンティ
ネタバレあり
ワン・アイデアで成功した作品と言えば「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」(1999年)を思い浮かべる。「パラノーマル・アクティビティ」はその作品を嚆矢とする全編POV手法を再利用した二番煎じである上に、定点カメラという設定につき映画的な面白味が皆無で映画芸術的には問題外だったが、カット割りで映画を観るなどという映画観を持たぬ人々(所謂映画ファンではない人)に受けて相当ヒットした模様。文字通りワン・アイデアで勝負し、後は観客が勝手に想像をたくましくて受けた作品である。
本作もある意味POVの応用編みたいなものだが、カット割りはそれなりに工夫されているし、捜査ものとしての趣向にも捨てがたいものがあるので、上記二作品よりはずっと買いたい。
韓国系米国人(若しくは在米韓国人)デーヴィッド・キム(ジョン・チョー)は数年前に妻を失い、一人娘マーゴット(高校生時:ミシェル・ラー)を育てるが、木曜日の学習会の後、娘連絡が取れなくなる。学校の友達に当たっても結局よく解らず、行っているはずのピアノ教室は半年前に解約していたことを知る。出かけたと言われたキャンプにも出かけていず、ここに行方不明が確定する。
そこで彼は警察に捜索願を出し、女性捜査官ヴィック(デブラ・メッシング)がやって来る。口座を調べて娘が2500ドルを入出金していることが判ると、捜査官は逃走したと主張する。デーヴィッドは鍵のかかった娘のSNSに悪戦苦闘してアクセス、彼女が最後にいた場所を突き止め、そこから新たな局面が開けて来る。
この作品の内容であれば、まだ新作の部類ではあるし、物語の説明はこの辺に留めないと怒られるのは必定。しかも、これ以上書かずとも映画評になる。
さて、以上のお話だけを読んだら、それほど大したものではないと思われるはず。しかし、それを全て主人公が操作するパソコン画面により見せるところがワン・アイデアたる所以である。
しかし、これだけで僕が褒めたい映画になるわけではない。序盤の妻の病気について検索するsearchが中盤以降娘の行方を探すsearchに上手くシフトし、検索エンジン、TV電話(スカイプ)、SNS、チャットなどパソコンで使える技術が事件を解決する手段になっていくことで、そのワン・アイデアが初めて有機的なアイデアとなったのである。逆に言えば、このお話を普通のカメラで観ても三文映画に終るわけで、そこそこのアイデアが合体した事で水準以上の作品になったのである。
本作を観て解るのは、ITは功罪相半ばするもので、上手く使えばこんな便利なものはないが、そこに溺れるとまともなコミュニケーションもできない人間になる。これが怖い。
ワン・アイデアだけでは芸人の一発芸と同じ。一発芸で売れた人間がタモリやビートたけしや明石家さんまに成れないように、映画作家として決して大成しない。チャガンティが大成できるかどうかは次作にかかっている。
2018年アメリカ=ロシア合作映画 監督アニーシュ・チャガンティ
ネタバレあり
ワン・アイデアで成功した作品と言えば「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」(1999年)を思い浮かべる。「パラノーマル・アクティビティ」はその作品を嚆矢とする全編POV手法を再利用した二番煎じである上に、定点カメラという設定につき映画的な面白味が皆無で映画芸術的には問題外だったが、カット割りで映画を観るなどという映画観を持たぬ人々(所謂映画ファンではない人)に受けて相当ヒットした模様。文字通りワン・アイデアで勝負し、後は観客が勝手に想像をたくましくて受けた作品である。
本作もある意味POVの応用編みたいなものだが、カット割りはそれなりに工夫されているし、捜査ものとしての趣向にも捨てがたいものがあるので、上記二作品よりはずっと買いたい。
韓国系米国人(若しくは在米韓国人)デーヴィッド・キム(ジョン・チョー)は数年前に妻を失い、一人娘マーゴット(高校生時:ミシェル・ラー)を育てるが、木曜日の学習会の後、娘連絡が取れなくなる。学校の友達に当たっても結局よく解らず、行っているはずのピアノ教室は半年前に解約していたことを知る。出かけたと言われたキャンプにも出かけていず、ここに行方不明が確定する。
そこで彼は警察に捜索願を出し、女性捜査官ヴィック(デブラ・メッシング)がやって来る。口座を調べて娘が2500ドルを入出金していることが判ると、捜査官は逃走したと主張する。デーヴィッドは鍵のかかった娘のSNSに悪戦苦闘してアクセス、彼女が最後にいた場所を突き止め、そこから新たな局面が開けて来る。
この作品の内容であれば、まだ新作の部類ではあるし、物語の説明はこの辺に留めないと怒られるのは必定。しかも、これ以上書かずとも映画評になる。
さて、以上のお話だけを読んだら、それほど大したものではないと思われるはず。しかし、それを全て主人公が操作するパソコン画面により見せるところがワン・アイデアたる所以である。
しかし、これだけで僕が褒めたい映画になるわけではない。序盤の妻の病気について検索するsearchが中盤以降娘の行方を探すsearchに上手くシフトし、検索エンジン、TV電話(スカイプ)、SNS、チャットなどパソコンで使える技術が事件を解決する手段になっていくことで、そのワン・アイデアが初めて有機的なアイデアとなったのである。逆に言えば、このお話を普通のカメラで観ても三文映画に終るわけで、そこそこのアイデアが合体した事で水準以上の作品になったのである。
本作を観て解るのは、ITは功罪相半ばするもので、上手く使えばこんな便利なものはないが、そこに溺れるとまともなコミュニケーションもできない人間になる。これが怖い。
ワン・アイデアだけでは芸人の一発芸と同じ。一発芸で売れた人間がタモリやビートたけしや明石家さんまに成れないように、映画作家として決して大成しない。チャガンティが大成できるかどうかは次作にかかっている。
この記事へのコメント
>ワン・アイデアが初めて有機的なアイデアとなった
ほんとそんなかんじでしたね。第一作のほうができがよさそうですが、楽しめました。自分があそこまでネットサーヴィスを使えていないせいもありそうですが(笑)
>第一作のほうができがよさそう
第2作は監督が替わっているんですね。
明後日観ますので、比べてみます。