映画評「ガンジスに還る」
☆☆☆(6点/10点満点中)
2016年インド映画 監督シュバシシュ・ブティアニー
ネタバレあり
小津安二郎と河瀬直美が結婚してできた息子が映画を作るとこんな感じになるのではないか、と変なことを考えた。これも変則的な幻想映画館か。
母親に呼ばれて家に帰っていく少年時代の自分を夢に見るようになった老人ダヤ(ラリット・ベヘル)が自分の死期が訪れたと思い、ヒンズー教徒の聖地バラナシへ赴くと家族に宣言する。仕事人間の息子ラジーヴ(アディル・フセイン)は上司に何とか許可を取り、随行する。
ダヤは15日のうちに解脱(逝去)しないと追い出されるという“解脱の家”に入る。やがてダヤが衰弱したので、ラジーヴは妻ラタ(ギータンジャリ・クルカルリー)と娘スニタ(パロミ・ゴーシュ)を呼ぶが、結局解脱せず、帰ってもらう。
15日を過ぎても結局施設を追い出さられるわけでもないらしい。その間スニタは親の決めた結婚を反故にすると言い出す。とにかく埒が明かず仕事が気になって仕方がないラジーヴはスニタを口実に家に帰るが、入れ替わるように娘がバラナシへ向かい、直後老人は解脱する。一家はヒンズー教の習わしに従って陽気に老人を見送る。
ヒンズー教は仏教ではないが、輪廻転生で強く共鳴する。日本の仏教は親を非常に大事にする中国を経たため儒教的となり、(親が別の生き物になって蘇るとは何事だと否定的に捉えられたので)輪廻転生は重視されない。オリジナル同様に残ったのは生命を大事にしましょうという考えである。
シュパシシュ・プティアニーという監督は29歳の若く。ヒンズー教の教義に若干懐疑的なところがあるようにも感じられる。仕事人間の合理主義を強調するためだろうが「ガンジス河とバラナシのどっちが神聖なのだ(ガンジスが神聖ならばわざわざ遠いバラナシへ行くまでもないではないか)」という息子の台詞が出て来たりする。「カンガルーに生まれ変わりたい」という父親の台詞に見る人間観も面白い。
インド的な習慣で父親と過ごすうちラジーヴの家族観に変化が見られる。娘がスクーターに乗るのに反対していたのに彼女がスクーターでバラナシへ行くのに無言で協力する。
輪廻転生をベースに立脚した死生観が興味深く見られるのと同時に、恐らくこれ即ち切っても切れない家族の絆が本作の主題であろう。その為に、小津安二郎の「東京物語」(1953年)と「父ありき」(1942年)を思い出させるところがあるが、小津による家族関係にはもっと距離がある。
死後を重視する宗教全般に僕は批判的でありますがね。
2016年インド映画 監督シュバシシュ・ブティアニー
ネタバレあり
小津安二郎と河瀬直美が結婚してできた息子が映画を作るとこんな感じになるのではないか、と変なことを考えた。これも変則的な幻想映画館か。
母親に呼ばれて家に帰っていく少年時代の自分を夢に見るようになった老人ダヤ(ラリット・ベヘル)が自分の死期が訪れたと思い、ヒンズー教徒の聖地バラナシへ赴くと家族に宣言する。仕事人間の息子ラジーヴ(アディル・フセイン)は上司に何とか許可を取り、随行する。
ダヤは15日のうちに解脱(逝去)しないと追い出されるという“解脱の家”に入る。やがてダヤが衰弱したので、ラジーヴは妻ラタ(ギータンジャリ・クルカルリー)と娘スニタ(パロミ・ゴーシュ)を呼ぶが、結局解脱せず、帰ってもらう。
15日を過ぎても結局施設を追い出さられるわけでもないらしい。その間スニタは親の決めた結婚を反故にすると言い出す。とにかく埒が明かず仕事が気になって仕方がないラジーヴはスニタを口実に家に帰るが、入れ替わるように娘がバラナシへ向かい、直後老人は解脱する。一家はヒンズー教の習わしに従って陽気に老人を見送る。
ヒンズー教は仏教ではないが、輪廻転生で強く共鳴する。日本の仏教は親を非常に大事にする中国を経たため儒教的となり、(親が別の生き物になって蘇るとは何事だと否定的に捉えられたので)輪廻転生は重視されない。オリジナル同様に残ったのは生命を大事にしましょうという考えである。
シュパシシュ・プティアニーという監督は29歳の若く。ヒンズー教の教義に若干懐疑的なところがあるようにも感じられる。仕事人間の合理主義を強調するためだろうが「ガンジス河とバラナシのどっちが神聖なのだ(ガンジスが神聖ならばわざわざ遠いバラナシへ行くまでもないではないか)」という息子の台詞が出て来たりする。「カンガルーに生まれ変わりたい」という父親の台詞に見る人間観も面白い。
インド的な習慣で父親と過ごすうちラジーヴの家族観に変化が見られる。娘がスクーターに乗るのに反対していたのに彼女がスクーターでバラナシへ行くのに無言で協力する。
輪廻転生をベースに立脚した死生観が興味深く見られるのと同時に、恐らくこれ即ち切っても切れない家族の絆が本作の主題であろう。その為に、小津安二郎の「東京物語」(1953年)と「父ありき」(1942年)を思い出させるところがあるが、小津による家族関係にはもっと距離がある。
死後を重視する宗教全般に僕は批判的でありますがね。
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