映画評「野性の証明」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1978年日本映画 監督・佐藤純彌
ネタバレあり

高校生の時に俄かに森村誠一ブームが起きた。三つの並行描写が最後に一つに収束していく様が実に見事だった「人間の証明」が評判を取ったのだ。すぐに映画化されたが、小説を読んだ後では実につまらなかった。そして「野性の証明」も読んだが、前作に及ばずという印象。逆に映画版は「人間の証明」より面白かったものの、生意気盛りの大学生の僕はさほど買わなかった。

今回重い腰を上げて(笑)再鑑賞したところ、これがなかなか行ける。メッセージ性などに拘らずに見せたいものを見せるという心意気がよく伝わって来るのだ。佐藤純彌監督=高倉健主演の作品としては「君よ憤怒の河を渉れ」と同じ系列のバイオレンス・アクションである。また、今や大貫禄の女優になった薬師丸ひろ子の映画デビュー作でござる。可愛かったなあ。

岩手県の山村で自衛隊特殊工作隊が訓練中。折も折、村人13人のうち12人が殺される事件が起きる。残った一人の少女・頼子(ひろ子ちゃん)を特殊工作隊を辞めて保険会社に勤めている(高倉)が引き取り、福島県羽代市で暮らしている。彼女は事件のショックで記憶を失っている。
 羽代市は実力者・大場一成(三國連太郎)に仕切られている状態。暴力団やチンピラを配下に置き、役所、警察、新聞もほぼ彼の言いなりである。味沢は、保険金支払いを要求されている死体なき交通事故に関して殺人の疑いを持って調査をしている。彼が接近した地元新聞の女性記者・越智朋子(中野良子)も同様の疑いを抱き、協力して遂に死体を建設現場から発掘する。
 しかし、その為に大場から圧力を受けた保険会社は彼を解雇し、朋子は彼のバカ息子により殺される。山林で訓練中に出くわした女性・越智美佐子(中野良子二役)を死に至らしめた自責の念で味沢はその妹・朋子を守る責務を自分に課していたのだが、その役目を果たせず、頼子を連れて姉妹のいる千葉に越そうとするが、大場一味に止められた為に激しく格闘に発展、バカ息子を人質に逃避を図る。
 味沢を殺人犯として執拗に追跡する岩手県警の北野刑事(夏八木勲)は、結果的に彼に協力して呉越同舟の逃避行を続ける。そこへその存在を明らかにされては困る特殊工作隊がヘリコプターや戦車を駆使して彼らに攻撃をしかけて来る。

細かい突っ込みどころはさておいて、二つの巨悪を並列させたのが結果的に失敗で、工作隊からの避難・抵抗に傾注しすぎて、本来はかっちりと終息させてほしい大親分大場側の描写が消化不良気味、鑑賞者としてはすっきりしないのだ。欲をかきすぎた為の破綻と言うべし。

しかし、本作はお話の整合性や完成度に拘るべきタイプの作品ではなく、非日常の視覚を楽しむ作品である。特に終盤工作隊からの逃避を長丁場で見せるスペクタクルは、本物のヘリコプターや戦車を大量に駆使して迫力満点。破壊されるところはSFXであるが、CGのない時代にミニチュア等が大活躍、それが実に上出来で、半世紀に及ぶ映画ファンである僕を嬉しがらせてくれるのである。

ついでに言うと、頼子の“大好きな父親”に対する変化し続ける思いが当時の高倉より高齢になった僕の胸を打つ。以下の如し。
 味沢が大場の子分に斧を振り下ろすのを観て頼子が記憶を取り戻し「この人が父を殺した」と北野刑事に証言、それ以降は彼をまともに見ようとしない。追い詰められた味沢がトンネル内でトロッコに乗る頼子に「ヘリコプターの音が止んだら行け」と言ってトンネル外に出て工作隊のヘリコプターと対峙する。ところが、そこへ頼子が「お父さ~ん」と叫びながらトンネルから出て来るのである。彼女は、“父親”が実父を殺したのは自分を護るためであったと気付いたのであろう。
 これらの流れに滲み出る、疑似親子たる二人の親子愛に僕は感動を禁じ得ないのだ。相手が巨大すぎてこの親子が抗うことができない不条理に覚える虚脱感が物凄い。

母親がごく初期の胃がんで(興味深い症例だったらしく何故か東京の)警察病院に入院中に薬師丸ひろ子が虫垂炎か何かで入院、患者たちがざわついたそうだ。僕は退院する日にたまたま病院にいたが、姿は見られなかった。

この記事へのコメント

mirage
2023年09月21日 15:51
こんにちは、オカピーさん。
「野性の証明」は、角川春樹事務所の「犬神家の一族」「人間の証明」に続く第三作目の映画で、原作は森村誠一、監督は佐藤純彌で「人間の証明」と同じコンビで、原作は当時150万部の大ベストセラーでしたね。

原作者の森村誠一は、原作のあとがきで「この作品では現代における野性というものをテーマとしたが、同時に犯人に工夫を凝らした。私としては本格推理小説を書いたつもりである。真犯人は最初の数ページの間に登場する。読者がこれが真犯人と思った者は真犯人ではない。終章で真犯人を明らかにする」として、部分犯人という考え方と関連する別件を並行ではなく、垂直的に構成し、A事件の犯人(?)が、B事件の探偵になるという工夫が凝らされています。

このA事件である岩手県風道部落での13人の大量殺人と、B事件である東北羽代市での地方のボスとの対決では、一丁の斧が野性の凶器になっています。

この原作の小説には、推理をするヒントがないので、発刊時にはアンフェアだと言われたそうですが、冒頭に出て来るキャベツ畑の軟腐病がわずかな手掛かりであり、ラストで主人公の味沢の脳腫瘍から検出された病菌と結びついていますが、味沢の発狂によって彼の野性の核心は隠されたままとなりました。

森村誠一は、原作の終章で自衛隊特殊工作員として「平和な世の中で飼育された殺人、しかもかつ絶対の歯止めをかけられた者の悲劇、それを味沢は身をもって証明したのではあるまいか」と書いていますが、この原作の小説は、本格推理小説としてもかなり無理がありますが、社会派推理小説としても不徹底であり、自衛隊特殊工作隊(こういう部隊が実在するかどうか知りませんが)の扱いが非常に安易すぎる気がします。

"映画は原作をこえられるか"というのが、この映画の当時のキャッチ・フレーズですが、むしろ原作と映画は完全に別物になったような気がします。
この映画は、推理的な謎解きの興味は途中で捨てられ、荒唐無稽でかなり無理のある筋書きだけが残って、最後のアクションが中心になっています。

そのラストを、正気だが狂気の味沢(高倉健)が被害者の子である頼子(薬師丸ひろ子)を背負って突進する自衛隊戦車群相手のスペクタクル・シーンに拡大したため、アメリカ・ロケが妙に浮いた、現実感のないものになってしまったのだと思います。

総製作費12億円のうち戦闘シーンに5億円という、当時の邦画界空前の巨費を投入しながら、その自衛隊を"野性の証明"とどう関係づけようとしているのか、映画では原作以上にその点が判然としません。

佐藤純彌監督は「優秀な軍隊や警察は、決してその飼い主に歯を向けることはない。飼われること、管理されることを拒絶することから野性への出発が始まる」と語っていますが、これだけでは"野生の証明"にはなり得ません。

そして、もう一つのキャッチ・フレーズの"ネバー・ギブ・アップ"も、その目標が今一つ定かではありません。
更に"男はタフでなければ生きられない。優しくなければ生きている資格がない"というキャッチ・フレーズも、この映画に即しているとは言えません。

製作者の角川春樹は「ゴッドファーザー」と「七人の侍」が一番好きな映画であり、それは貧しさからの脱出が暴力の引き金になっており、その最期は悲劇的であるとして、「男の内に潜む、暴力を否定し得ない野性を描きたかった。究極のところ人生は戦いなのだ」とこの映画の製作意図を語っていましたが、動物的な野性を呼び起こす人間的な憤怒の社会的な契機は何なのか、この映画はそれを的確に証明する事が出来なかったのが惜しまれます。
オカピー
2023年09月21日 20:23
mirageさん、こんにちは。

映画としての出来栄えは確かに良くないんですけど、“サイレント時代の連続活劇的な精神が良い”と思い、再鑑賞時には評価を大分上げました。
蟷螂の斧
2024年01月29日 22:00
こんばんは。僕はこの映画の主題歌が大好きです。特に「♪男は誰も皆 無口な兵士 笑って死ねる人生 それさえあればいい」の部分は涙が出そうです。先日「あの娘におせっかい」のところで話題にした曲です。

>派閥は、集金機能をなくし、純粋に思想集団として機能すれば、党が多様化して望ましい。

自民党が多様化した方が、この国は良くなりますか?

>期待して良いのは西部劇だけ。一流から三流まで洩れなく(?)放映しています。

スパイ映画の三流あるいはそれ以下も放映して欲しいです。
オカピー
2024年01月30日 18:22
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>この映画の主題歌が大好きです。

「戦士の休息」
町田義人ですね。
町田義人と言えば、僕等は、ズー・ニー・ブー。
ズー・ニー・ブーは「白いサンゴ礁」が売れましたが、大して売れなかった「ひとりの悲しみ」は1年後に「また逢う日まで」と題名と歌詞を変えて尾崎紀世彦の歌唱で大ヒットしました。
「また逢う日までは」は歌謡曲史の中で最重要と言える曲ですよね。
ご存知と思いますが、「ひとりの悲しみ」を紹介します。

https://www.youtube.com/watch?v=rfY0nJu1rvo

>自民党が多様化した方が、この国は良くなりますか?

自民党政権が暫く下野するのが一番ですが、維持されるなら、多様化はそれに貢献するでしょう。自民党の中に野党があるようなものですから。
しかし、派閥が政策集団と名を変えても実を伴っていない感じがするので、現状ではどうかなという感じ。
いずれにしても、自民党の高齢者は早く引退してもらいたい。

>スパイ映画の三流あるいはそれ以下も放映して欲しいです。

1980年より前の映画なら、何でも歓迎します。
60年代に盛んに作られた泥棒映画なんかも見たいな。
蟷螂の斧
2024年02月04日 07:37
おはようございます。今朝新聞を見て驚きました。バート・ヤング(昨年10月に死去)に続いてカール・ウェザースが亡くなったんですね。何だか寂しい気持ちになりました。ご冥福をお祈り申し上げます。
https://www.youtube.com/watch?v=h6fdDOytKpU
これは「ロッキー」のリハーサルでしょうか?

>「ひとりの悲しみ」

「また逢う日まで」の原曲ですね。ヴォーカルは尾崎紀世彦ではなく、町田義人。それもまたいいです。
「白いサンゴ礁」も良い曲です。
https://www.youtube.com/watch?v=oHfiHKjkhAw

>自民党の高齢者は早く引退してもらいたい。

麻生氏がまた失言・・・。

>60年代に盛んに作られた泥棒映画なんかも見たいな。

ピーター・フォーク主演「泥棒がいっぱい」。子供の頃に一度テレビで見ました。再び見たいですね~!
https://www.youtube.com/watch?v=xZwaVGpifoU
オカピー
2024年02月04日 18:50
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>カール・ウェザースが亡くなったんですね。何だか寂しい気持ちになりました。ご冥福をお祈り申し上げます。
>これは「ロッキー」のリハーサルでしょうか?

今日「白鍵と黒鍵の間に」という邦画を観ていたら、“確実なのは死ぬことだけ”という台詞がありましたよ。
2050年くらいには理論的には人が死なないことも可能になる(ただし金持ちだけでしょう)と言われていますがね。
ある程度の年齢になれば、死ぬのは仕方がありません。
合掌!

タイトルに振り付けとあるのが興味深いですね。
監督のジョン・G・アヴィルドセンではなく、スタローンがやっているのが面白い。

>ピーター・フォーク主演「泥棒がいっぱい」

懐かしいですね。
「ダイヤモンド・ジャック」とか「ラスベガス強奪作戦」とか出来栄えは問題にするほどではないですが、いっぱいありましたよ。
秀作「トプカピ」は配信等で観られる可能性が高いです。
蟷螂の斧
2024年02月06日 20:59
こんばんは。

>「ダイヤモンド・ジャック」

監督はドン・テーラー。「新・猿の惑星」の監督。出演者の一人がキャロル・ベイカー。「ジャイアンツ」「大いなる西部」「西部開拓史」「課外授業」に出演。92歳。まだ健在。

>「ラスベガス強奪作戦」

リー・J・コッブは「十二人の怒れる男」。ジャック・パランスはご存じ「シェーン」の悪役。

両方とも見たいです。

>「白鍵と黒鍵の間に」

思い出すのはエボニー・アンド・アイボリー。

>ある程度の年齢になれば、死ぬのは仕方がありません。

死の恐怖を感じない認知症や老衰で死ぬのが幸せか?でも面倒を見る家族は?難しいです!

>監督のジョン・G・アヴィルドセンではなく、スタローンがやっているのが面白い。

「燃えよドラゴン」のブルース・リーみたいなものですか?
オカピー
2024年02月06日 21:41
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>両方とも見たいです。

「ラスベガス強奪作戦」のほうが可能性が高いかな?
DVDが発売されている筈。
「ダイヤモンド・ジャック」はないでしょう。

>「白鍵と黒鍵の間に」
>思い出すのはエボニー・アンド・アイボリー。

そうですね。
結構好きな曲です。

>死の恐怖を感じない認知症や老衰で死ぬのが幸せか?でも面倒を見る家族は?難しいです!

僕は、認知症で長生きするならあっさり死んだ方が良いですね。
その点、両親は子供に対して迷惑を掛けずに亡くなりました。
我が家の家系では、母方にも父方にも認知症を発症した人がいないので、大丈夫じゃないのかと楽観しています(さて、どうなりますか?)

>>監督のジョン・G・アヴィルドセンではなく、スタローンがやっているのが面白い。
>「燃えよドラゴン」のブルース・リーみたいなものですか?

そうでしょうね。
まだ振り付けなのに、実際にパンチが当たっているように見えるところに感心しました。

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