映画評「赤い雪 Red Snow」
☆☆☆(6点/10点満点中)
2019年日本映画 監督・甲斐さやか
重要なネタバレあり
甲斐さやかという女性監督の劇映画デビュー作ということである。“解らない”という人が多いが、さほど難解ではない。
30年前に6歳の少年が失踪し、その11年後に保険金殺人と思われる火事が起きた現場においてその少年のものと思しき骨が発見される。その事実を掴み、容疑者の中年女性・夏川結衣の娘・菜葉菜の居所を知ったルポライター井浦新が、被害者の兄・永瀬正敏の前に情報を携えてやって来る。菜葉菜は最初の事件当時6歳で、事実を知っているはずとライターはつきまとう。
事件のショックで記憶を失っている現在40歳くらいの永瀬も次第に真相を知るべく彼女に迫ろうとする。ライターは隣に乗せた菜葉菜にハンドルを取られて車をぶつけて結果的に死に、彼女と同居する初老男性・佐藤浩市に埋められる。男は母親の犯罪パートナーで、19年前に彼女が逐電した後未成年の娘と同じ関係を結んでいたのである。
永瀬は雪の積もる山に菜葉菜を追い、思い余って窒息死させかける。この過程を経て彼は弟が失踪したアパートで夏川といるところを見たことを思い出す。それがショックで自ら記憶を消していたのである。永瀬は、佐藤を殺して放火した菜葉菜と船をこぎ出す。
この幕切れが少し解りにくいのだが、全体の流れから論理的に考えれば、人が死ぬことに運命的に絡まされたという重い疵を負っている二人が同病相憐れむ関係になったということだろう。特段難しいことではない。
主題は、記憶の曖昧さ、とりわけ辛すぎる経験をしてきた人間の記憶の曖昧さというところに収斂していく。この主人公の場合は辛すぎて消していた記憶を取り戻すことにより、解らないことで生まれる現在の苦痛を少し解放するのであろう。主人公に記憶のないことでミステリーとしての結構が成り立ち、ルポライターは典型的な狂言回しである。このライターも実は訳ありなのだが。
最近オリジナル脚本作が少ない中、原作ものかと思われるほど見応えがあり、ドグマ95のような描写の厳しさに買いたいところがある。しかし、時系列の分解によるミステリー化により生まれる解りにくさを逆手にとって一部観客への訴求力に頼る作り方を昔から僕は余り買わないので、現状では程々の☆★に留めておく。
大人にとって雪は避けたいものである。この手の映画にとって雪は人生の苛酷さを象徴する。
2019年日本映画 監督・甲斐さやか
重要なネタバレあり
甲斐さやかという女性監督の劇映画デビュー作ということである。“解らない”という人が多いが、さほど難解ではない。
30年前に6歳の少年が失踪し、その11年後に保険金殺人と思われる火事が起きた現場においてその少年のものと思しき骨が発見される。その事実を掴み、容疑者の中年女性・夏川結衣の娘・菜葉菜の居所を知ったルポライター井浦新が、被害者の兄・永瀬正敏の前に情報を携えてやって来る。菜葉菜は最初の事件当時6歳で、事実を知っているはずとライターはつきまとう。
事件のショックで記憶を失っている現在40歳くらいの永瀬も次第に真相を知るべく彼女に迫ろうとする。ライターは隣に乗せた菜葉菜にハンドルを取られて車をぶつけて結果的に死に、彼女と同居する初老男性・佐藤浩市に埋められる。男は母親の犯罪パートナーで、19年前に彼女が逐電した後未成年の娘と同じ関係を結んでいたのである。
永瀬は雪の積もる山に菜葉菜を追い、思い余って窒息死させかける。この過程を経て彼は弟が失踪したアパートで夏川といるところを見たことを思い出す。それがショックで自ら記憶を消していたのである。永瀬は、佐藤を殺して放火した菜葉菜と船をこぎ出す。
この幕切れが少し解りにくいのだが、全体の流れから論理的に考えれば、人が死ぬことに運命的に絡まされたという重い疵を負っている二人が同病相憐れむ関係になったということだろう。特段難しいことではない。
主題は、記憶の曖昧さ、とりわけ辛すぎる経験をしてきた人間の記憶の曖昧さというところに収斂していく。この主人公の場合は辛すぎて消していた記憶を取り戻すことにより、解らないことで生まれる現在の苦痛を少し解放するのであろう。主人公に記憶のないことでミステリーとしての結構が成り立ち、ルポライターは典型的な狂言回しである。このライターも実は訳ありなのだが。
最近オリジナル脚本作が少ない中、原作ものかと思われるほど見応えがあり、ドグマ95のような描写の厳しさに買いたいところがある。しかし、時系列の分解によるミステリー化により生まれる解りにくさを逆手にとって一部観客への訴求力に頼る作り方を昔から僕は余り買わないので、現状では程々の☆★に留めておく。
大人にとって雪は避けたいものである。この手の映画にとって雪は人生の苛酷さを象徴する。
この記事へのコメント
僕は、オリジナル脚本ということもあり、すわ、10年に一度(ちと大袈裟)の新人現るか?と・・。
暗く美しい映像も含めて正直、韓国映画の一線級と比べて負けてないし、むしろ凌駕してるとさえ・・。
こういう作品が、年に5本も観られれば僕は邦画を見直しますねぇ・・。
まあ、それは言い過ぎですが、彼女は美大出身の40歳で、CI開発や、店舗のディレクションなども手掛けていて、NHK/Yahoo動画の「バイバイ、ベアー・青いエアメール」(映画になったユーミンソングス)で知りまして、映画は他に短編の「オンディーヌの呪い」があるようです。
タイトルにわざわざ“Red Snow”と続けているのは、海外向けの商品戦略でしょうが、チャン・イーモウ監督のデビュー作『紅いコーリャン』からの影響も受けてませんかね?
テーマはボルヘスの言う“記憶は積み重ねたコインに過ぎない”と近似なのか・・。
個人的にも、認知症が進む僕の父が、記憶を自らに都合の好いように編集しているという事実に直面させられた、ここ最近の日常と合致していて集中して観賞。
観終わって、既に科学分野からの諸説もあるように、人間もまた、役割がきちんと分担された蟻や蜂と同じく種全体で一個の存在なのだと示唆している気がしましたねぇ・・。
今回のコメントは、僕の趣味が炸裂してしまい、冷静な評価とは言えませんね。
あ、吉幾三の「追いかけて雪国」をカラオケで適当に歌う佐藤浩市のシーンは一見の価値があると思います(笑)
>いやぁ、プロフェッサー、この点は少々手厳しい(笑)
どうもすみません。
少し照れてしまうところがあったと言うか、ドラマのミステリー化による云々というのは、この手の作品の評価に迷った時の遁辞と手法です。
実際、お話は手ごたえがあるし、演技も充実し、良い作品と思います。もう一度観れば評価が定まるかもしれませんが。
>こういう作品が、年に5本も観られれば僕は邦画を見直しますねぇ・・。
そりゃそうですよ。
訳ありの☆☆☆であって☆☆☆☆に相当する手ごたえがあるわけですから、5本なんて出ませんね。洋画全部で十本プラスαに過ぎない現状。そうなったら夢のようです。
>『紅いコーリャン』からの影響も受けてませんかね?
どうですかねえ。
この頃の中国映画は非常に良かったですよね。
>記憶を自らに都合の好いように編集している
認知症でなくても、僕の周囲の言葉にそれを感じることがままありますよ。人間は弱い生き物ですから、それも仕方がないと思います。
>人間もまた、(中略)種全体で一個の存在なのだと示唆
それらしい台詞もありませんでしたっけ?
>冷静な評価とは言えませんね。
そんなこともないと思います。主観の入らない評価はありませんしね。
>吉幾三の「追いかけて雪国」をカラオケで適当に歌う佐藤浩市のシーン
佐藤浩市がロレックスの時計を持っているということは、あの隣の男を殺したわけでしょう? 大学院を出たというのは本当かいな。日本映画史上でも指折りの悪人に数えられるでしょうねえ。