映画評「彼岸花」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1958年日本映画 監督・小津安二郎
ネタバレあり

小津安二郎監督初のカラー映画。内容は「晩春」以降小津が特に好んだ結婚する娘に対する親の心情であるが、これほど父親が出ずっぱりの作品もないのではないか? 

理解のあるふりをして娘には恋人くらいいたほうが良いと言っていた父親・佐分利信は、長女・有馬稲子と結婚したいと言う二枚目・佐田啓二に接して豹変し、父権主義的な主張を繰り返して断固反対する。
 そんなある時、大阪の知己・浪花千栄子の娘・山本富士子に相談を持ち掛けられ、結婚したい人がいるのだが母親が自分の主張を押し付け結婚に反対し困っていると告げられる。彼は親の事なんか無視すればよろしいと言う。
 ところが、これは彼女の陽動作戦で、娘の結婚を許す言質とされてしまう。結局結婚式不参加の前言を撤回し、夫婦の転勤先広島に向かうことまで余儀なくされる。

父親がいけ好かないという意見があるが、逆である。こういう古臭い父親だからじーんとさせられる。最初からある程度理解のある父親なら面白くも何ともないだろう。
 しかも、この父親、口では反対反対と言っているが、100%反対ではない筈である。好きな男がいるのは悪いことではないという意見は必ずしも建前だけではなく、どこかで自分で選んだ男と幸福な結婚生活を歩まれかしと思っていたのではないか? 一方、やはり自分の選んだ身分その他がしっかりした男のほうが安心できる。どちらも映画が製作された高度経済成長初期、昭和33年頃の父親(特に中上流階級)としては平均的な思いだったと思う。
 多分この時の父親より年上であるに違いない僕もこの立場であれば、令和の今でも似たような心境になるように思う。但し、さすがに自由恋愛のこの時代、自分が相手を選ぶようなことはしないだろう。

特に印象深いのは、娘に強く抵抗されて自宅で文字通り低回し、山本富士子にしてやられた後に同じように料亭で低回すること。この時の心境はつまり僕が上で推測したような二択の間での葛藤ではなかったか。

お話の構成としては、序盤に中学(現在の高校)時代の親友・笠智衆が娘・久我美子が家出してバーに勤め、音楽家の男と同棲していることについて相談してくる場面を置いたのが上手い。その娘との会話が封建的な考えに流れがちな彼の思いに影響を与え、最終的に娘の結婚を半強制的とは言え許す要因の一つになって行ったのであろう。
 換言すれば、娘の恋愛や結婚に関する彼の迷いを、娘と同じ年頃の久我美子や山本富士子が取り払う、というお話と解釈する僕である。原作は里見弴の同名小説。

里見弴の小説はノベライズとある記事を読んだが、多分言葉の選択ミス。映画のクレジットに“原作 里見弴”と出て来るから間違いで、里見が映画に備えて書き下ろした小説というのが正解。ノベライズは映画などから小説を起こすこと。

この記事へのコメント

浅野佑都
2020年01月21日 12:57
「晩春」「麦秋」「東京物語」と、3打席連続本塁打のあとにこの映画。実を言うと、小津作品の中でも、一、二を争うほど好きな作品です・・「東京物語」は完璧ですが、やや鼻につく(笑)

大映の大スター、山本富士子を筆頭に旬の女優陣が文字通り、カラー作品に彩を添えていますが、真のヒロインは田中絹代でしょうね・・。
冒頭、佐分利伸が、結婚披露宴での祝辞挨拶の中で、「自分達夫婦には恋愛もなく・・」と卑下した時に、ほんの微かな笑顔で、それを否定してみせるなんとチャーミングなこと!
普段は控えめでありながら、時として毅然と夫に意見する日本人の理想の妻を具現化しています・・。
僕らが生まれたころの裕福な家族のお話ですが、台所事情は異なっても似たような風景は当時の各家庭にもあったでしょう・・。
女性蔑視と喧しい外国メディアには、小津作品を観てから日本叩きをしろ!と言いたいですね(笑)

そして、父親の威厳と優しさを体全体で醸し出す佐分利信、こんな夫を演じられるのは日本では彼以外にいない‥。チャップリンの「伯爵夫人」のマーロン・ブランドと双璧でしょう。

山本富士子と浪花千栄子の流れるような京都弁、もとい、京ことば、あれは本物ですね!
現代の京都で、あれほど美しい京言葉を聞く機会はほとんどないでしょう・・。余談ですが、オロナイン軟膏のCMをしていた彼女の本名が本当に南口(なんこう)キクノだったと知ったときは驚きました(笑)

>久我美子が家出してバー勤め
友人の娘には理解ある、頼れる人間像を示したい男の本音もちらちら見せていたと思います。
久我美子ファンの僕が言うのもなんですが、この年頃の男って、彼女みたいなタイプに弱いのですよ。お嬢さん風でありながら小悪魔的な魅力もある久我美子に惑いたい気も無きにしも非ずだったのか(笑)
いや、そんなことはありますまい。
オカピー
2020年01月21日 21:37
浅野佑都さん、こんにちは。

>一、二を争うほど好きな作品です
「晩春」は完成度は抜群ですが、ハイブロウすぎますね。その点「東京物語」のほうが大衆的な要素があり、現在でも解りやすい。
確かに、この作品は良いです。一、二とは言えないかもしれませんが、僕も好きです。

>真のヒロインは田中絹代でしょうね・・。
どうもすみません。僕は本稿展開上の理由で全く触れませんでしたが、見事な女性、見事な演技でしたねえ。
小津の描く細君は、実は夫を支配している妻というのが多いですね。「淑女は何を忘れたか」の妻などはもっと圧倒していますが。

>チャップリンの「伯爵夫人」のマーロン・ブランドと双璧
おっ、意外な人物が出ましたね。久しぶりに観てみようかなあ。

>山本富士子と浪花千栄子の流れるような京都弁、もとい、京ことば
よく解りませんが、そんな気がします。この間「チコちゃん」(だったか?)でやっていましたが、関西弁が標準語になっていたら面白かっただろうなあ。

>ロナイン軟膏のCMをしていた彼女の本名が本当に
>南口(なんこう)キクノだったと知ったときは驚きました

こりゃ可笑しい。そういうこともあるのですねえ。

>お嬢さん風でありながら小悪魔的な魅力もある久我美子
元華族の一族出身のせいでしょうか。先日再鑑賞した「女の園」では元華族の役柄をやっていて、似合っていましたなあ。

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