映画評「グリーンブック」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2018年アメリカ映画 監督ピーター・ファレリー
ネタバレあり
2018年度アカデミー賞作品賞、脚本賞、助演男優賞を受賞した話題作。
1962年。ニューヨークのクラブで用心棒をしているイタリア系トニー・ヴァレロング(ヴィゴー・モーテンセン)が、クラブ改築で休職に追い込まれ、家計に窮する。
そこへドクター・シャーリーなる人物(マハーシャラ・アリ)の運転手の仕事を紹介される。医者かと思った相手は黒人のピアニストで、黒人に偏見を持っている彼は雑務もすると聞かされて断るが、何故か彼が気に入った相手は細君(リンダ・カルデリーニ)を説得、結局二か月の予定で黒人差別が跋扈する南部各地を回るツアーに出発する。
無教養でがさつなトニーは、ソ連でクラシック・ピアノを習った上品な紳士であるドクターとそりが合わない感じで暫く進むが、根が気の良いあんちゃんで、相手の能力にびっくりし、あるいは北部にはない南部独自の差別に次第にドクターに傾いていく。ドクターも彼を色々と指導するうちに憎めない気持ちを抱き、次第に喧嘩友達的な関係になっていく。
30年前に評判になった「ドライビングMissデイジー」を思い出すが、本作では白人の方が運転手ということが捻りになっていようか。同じ白人でも遅れて来た為に他の白人から差別されがちなイタリア系と、才能があっても演奏以外の面では差別される黒人とが、その対照的な性格にもかかわらず、同病相憐れむようなところもあって、友情を育んでいく物語という表現で済ませられる内容だが、特にがさつな白人側の成長物語という側面が重要だと思う。
実話ブームということがあるにしても、今この実話が取り上げられるのは、やはりトランプ大統領の誕生で深刻になりつつある人種・民族間の分断や有色人種に対する差別の問題が意識されてのことであろう。
この映画を一種のアメリカ万歳映画と見なすのは無理がある。僕はリベラル側からのアメリカ社会への抵抗を示していると理解する。主人公が“俺はドイツ野郎は嫌いだ”というのは、ドイツ系移民の子孫と言われるトランプへの当てこすりかもしれない。
僕はかつて「硫黄島からの手紙」(2006年)で“種から個を。或いは個から種を判断する危険性”について述べたが、必ずしも相手をよく思っていなかった二人は互いに種から個を判断する過ちに陥らなかった。彼らの成長ぶりに単なる友情を超えた感動性があるわけである。
個人的に一番ぐっと来たのは、大雪のなか北部の(白人)警官が車のパンクを教えてくれる場面。これも警官という属性で決めつけていけないという教訓になっている。南部で警官にひどい目に遭わされた直後だけに、そうでない官憲の存在に触れて僕も感情移入してしまった次第だ。トニーが旅先から出す手紙が異様に洒落ているため真実に気づいていた細君がドクターにお礼を言う幕切れも味わい深い。
兄弟で変てこ映画ばかり作っていたピーター・ファレリーとしてはホームランと言って良い。しかし、彼が変てこ映画のうちに差別の問題を潜ませていた事実を思い出させもするのである。
野村克也死す。テスト生で一旦首になった彼が戦後初の三冠王になったのは凄い。ファレリーも突然目覚めて、謂わばアカデミー賞で三冠を獲った感じでございます。
2018年アメリカ映画 監督ピーター・ファレリー
ネタバレあり
2018年度アカデミー賞作品賞、脚本賞、助演男優賞を受賞した話題作。
1962年。ニューヨークのクラブで用心棒をしているイタリア系トニー・ヴァレロング(ヴィゴー・モーテンセン)が、クラブ改築で休職に追い込まれ、家計に窮する。
そこへドクター・シャーリーなる人物(マハーシャラ・アリ)の運転手の仕事を紹介される。医者かと思った相手は黒人のピアニストで、黒人に偏見を持っている彼は雑務もすると聞かされて断るが、何故か彼が気に入った相手は細君(リンダ・カルデリーニ)を説得、結局二か月の予定で黒人差別が跋扈する南部各地を回るツアーに出発する。
無教養でがさつなトニーは、ソ連でクラシック・ピアノを習った上品な紳士であるドクターとそりが合わない感じで暫く進むが、根が気の良いあんちゃんで、相手の能力にびっくりし、あるいは北部にはない南部独自の差別に次第にドクターに傾いていく。ドクターも彼を色々と指導するうちに憎めない気持ちを抱き、次第に喧嘩友達的な関係になっていく。
30年前に評判になった「ドライビングMissデイジー」を思い出すが、本作では白人の方が運転手ということが捻りになっていようか。同じ白人でも遅れて来た為に他の白人から差別されがちなイタリア系と、才能があっても演奏以外の面では差別される黒人とが、その対照的な性格にもかかわらず、同病相憐れむようなところもあって、友情を育んでいく物語という表現で済ませられる内容だが、特にがさつな白人側の成長物語という側面が重要だと思う。
実話ブームということがあるにしても、今この実話が取り上げられるのは、やはりトランプ大統領の誕生で深刻になりつつある人種・民族間の分断や有色人種に対する差別の問題が意識されてのことであろう。
この映画を一種のアメリカ万歳映画と見なすのは無理がある。僕はリベラル側からのアメリカ社会への抵抗を示していると理解する。主人公が“俺はドイツ野郎は嫌いだ”というのは、ドイツ系移民の子孫と言われるトランプへの当てこすりかもしれない。
僕はかつて「硫黄島からの手紙」(2006年)で“種から個を。或いは個から種を判断する危険性”について述べたが、必ずしも相手をよく思っていなかった二人は互いに種から個を判断する過ちに陥らなかった。彼らの成長ぶりに単なる友情を超えた感動性があるわけである。
個人的に一番ぐっと来たのは、大雪のなか北部の(白人)警官が車のパンクを教えてくれる場面。これも警官という属性で決めつけていけないという教訓になっている。南部で警官にひどい目に遭わされた直後だけに、そうでない官憲の存在に触れて僕も感情移入してしまった次第だ。トニーが旅先から出す手紙が異様に洒落ているため真実に気づいていた細君がドクターにお礼を言う幕切れも味わい深い。
兄弟で変てこ映画ばかり作っていたピーター・ファレリーとしてはホームランと言って良い。しかし、彼が変てこ映画のうちに差別の問題を潜ませていた事実を思い出させもするのである。
野村克也死す。テスト生で一旦首になった彼が戦後初の三冠王になったのは凄い。ファレリーも突然目覚めて、謂わばアカデミー賞で三冠を獲った感じでございます。
この記事へのコメント
あまのじゃくで、食わず嫌いしていた作品ですが、こりゃアカデミーもとるわな、と脱帽したくなります。
最近の我が家は、記録重視で、ろくな感想文になっていませんが…。
>アカデミーもとるわな、と脱帽したくなります。
悪く言えば、アカデミー賞を獲れるような作り方をしていると思います。でも、気に入りました。
>最近の我が家は、記録重視で、ろくな感想文になっていませんが…。
ブログですから。僕も我ながら最近は昔ほど充実していないと感じます。映画が余り面白くないのだと思います。
最近殆ど劇場に足を運ばなくなりましたが、これは前評判が良かったので出かけていきました。
鑑賞後、2,3日は良い映画だと思っていましたが、今やすっかり忘れていました。
私の記憶力が悪いのか、映画の感動の持続力が悪いのか・・・
多分、後者だと思います。 それは先生もおっしゃるように、オスカーをとるように作られているからでしょうね。
友人も観に行ったのですが、その話になった時、「観た?」「観たよ」で会話終了でした。 (笑)
何度みてもグッとくる!
>2,3日は良い映画だと思っていましたが、今やすっかり忘れていました。
僕の場合、去年観た「ワンダー 君は太陽」が全くそうでした。
モカさんも仰るように、感動や賞受賞を計算して作られた作品は概ねそういうことになりがちなのでしょうね。
ピーター・ファレリー大化けの巻でした。ファレリー兄弟の旧作は根っこに差別があるテーマを扱っていましたが、もっと正攻法にもっと上品に万人受けする形で作ったのがこの作品ですね。脚本の出来と役者の演技が非常に良かったと思います。
この作品に限らず、モカさんの言われる”感動の持続力”が弱い映画は多いです・・いえ、個別の作品には良いものもあるんですがね・・。
ハリウッドを仕切る”多様性”や、我が世の春のポリコレ信者たちが礼賛する作品は、総じて薄いです。
ここ十年のアカデミー作品賞でも、僕が文句を付けなかったのは『アーティスト』『アルゴ』、『バードマン 』くらいですね。
『ロッキー』『カッコーの巣の上で』、『ゴッドファーザー』『サウンド・オブ・ミュージック』『アラビアのロレンス』『ウエスト・サイド物語』『ベン・ハー』『カサブランカ』といった、映画の歴史に名を刻むような永遠に語り継がれる作品を年に1度観られるなんてことは、既に遠い昔の贅沢な話なのでしょう・・。
ただ、別の可能性を感じさせてくれたのも、作品賞を含む4冠のポン・ジュノの快挙でしたね!
英語圏以外の作品で初というだけでなく、カンヌなどの映画祭で賞をとった作品はアカデミー賞には無縁、と言うジンクスさえ打ち破りました。
渡辺謙など、非白人のアカデミー会員の投票も後押ししたでしょう・・。
対象作品の「パラサイト」は観てきましたが、今回の受賞は、彼の過去の超弩級なスコアをたたき出した作品群への功労賞という気がしました。他の韓国映画の監督とは撮るものが全く違います、かの国の映画は彼の作品だけ観ていれば良いとさえ思うほどです。
野球でもそうですが、映画界のレベルは日本の方が高いのに、瞬間最大風速では負けることがある。
形的には、大きく差を付けられた感のある日本映画ですが、アニメを除外してもそのポテンシャルはあるし、期待している監督もいる・・。
でも、ボクシングなどでも、世界を取れる力があるのと、実際にチャンピヨンになるのは大きな違いがありますからね!
>ポン・ジュノの快挙でしたね!
カンヌでパルム・ドールを受賞した後年末まで公開されてこなかったのは、今回のアカデミー賞受賞を予想していたのでしょうかねえ。
>カンヌなどの映画祭で賞をとった作品はアカデミー賞には無縁、
>と言うジンクス
そもそもアカデミー賞は英語の映画というのが前提でしたから、こちらのほうが重要かもしれませんね。アカデミー賞受けするような作品でなくても獲れるようになってきたということでしょうか。
>かの国の映画は彼の作品だけ観ていれば良いとさえ思うほどです。
僕は、加えて、キム・ギドクとイ・チャンドンですね。
>野球でもそうですが、映画界のレベルは日本の方が高いのに、
>瞬間最大風速では負けることがある。
これは強く感じますねえ。
映画について言えば、日本映画は断然洗練されています。ただ、馬力はない。韓国映画は、前半コメディー、後半シリアス・悲劇という作り方をやめれば、僕は全体的にもっと評価しますよ。
この年、アカデミー主演男優賞は「ボヘミアン・ラプソディ」のラミ・マレックが獲ったんですが、「グリーン・ブック」のこの役でヴィゴ・モーテンセンにあげたかったです。年齢的に、ラミ・マレックは若いからまだチャンスがありますからね。でも、主演賞にフレディを演じたラミ・マレック、作品賞は「グリーン・ブック」というのは、落としどころとしてはそうなるだろうなという印象でした。
>作品賞は「グリーン・ブック」というのは、落としどころとしてはそうなるだろうなという印象でした。
妥当でしょうね。
ピアニスト役のマハーシャラ・アリが助演男優賞を獲りましたが、主演でも良いくらい。アカデミー賞では主演と助演の区分がよく解らないことが結構ありますね。