映画評「バイス」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2018年アメリカ映画 監督アダム・マッケイ
ネタバレあり

ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」は正攻法な実話ものだが、こちらは大変化球である。
 あちらが純文学がお得意のジョー・ライト監督、こちらがコメディー畑のアダム・マッケイ監督という個性がそのまま反映されている。但し、ブッシュ(子)大統領の時に副大統領を務めたディック・チェイニーの半生を俯瞰する構成は寧ろ正攻法。

大学へ行ったものの酒癖が悪く退学、碌な仕事もできず、後に妻となるリン(エイミー・アダムズ)に尻を叩かれたチェイニー(クリスチャン・ベール)が大学に復学して卒業後政治の世界に入ると、リンのアドバイスだけでなく、彼自身の政治的勘を発揮して、ニクソン大統領の時に次席法律顧問、フォード大統領の時に首席補佐官、ブッシュ(父)の時に国防長官を務めた後、一旦政界をリタイヤして石油掘削機会社のCEOとなるが、2001年に副大統領として政界復帰、ブッシュ(子)の背後でイラク戦争を推進する。

才女である細君の強力な支援があり、マキャベッリ風に言えば、運命の女神が微笑んだ部分もあるにしても、彼自身に政治家としての才覚があったことが認められる内容。
 しかし、映画として面白くなったのは、心臓が弱いという彼の事情を絡めていることで、何故か無名の青年(ジェシー・プレモンズ)が語り手としてチェイニーの人生を語るのである。無名の青年がチェイニーの人生を知っているのは何故か?というところに捻りがあるのだが、これはまだ新作の部類ではあるし、“言わぬが花”としておきましょう。

また、登場人物の市民に“この作品にはリベラル的な偏向がある”と言わせるメタフィクション的なおまけも付いている。政界を引退したところで“チェイニーの伝記映画”が一旦終了するように見せたり、"実際とは違うのだが”とお断りを入れて、夫婦にシェイクスピア的な台詞を応酬させるところも笑わせる。

日本ではこういう政治家を実名で批判若しくは揶揄する実話映画は金輪際作られないから、その意味では堂々と作ってしまうアメリカが羨ましい。
 実際のところ、邦画では、例外的に戦後の総理大臣では吉田茂を主人公にした「小説 吉田学校」(1983年)があるが、日本では貶さない内容でも実名での映画化がなかなかないのだから、まして批判的な内容は無理である。ロッキード事件など映画にしようと思えばいくらでも素材はあるものの、忖度文化の日本では誰もそんな気を起こさない。せいぜいそれを想像させる類似事件を見せる映画を作るくらいで終わる。

閑話休題。
 「ウィンストン・チャーチル」同様特殊メークアップが素晴らしい。クリスチャン・ベールが例によってまた太ってみせたらしいが、僕は肉体改造は無用と思う。
 チェイニー以下、ブッシュ大統領、ラムズフェルド、パウエル国務長官、スーザン・ライス。皆様のそっくりぶりにニヤニヤ。彼らは一連の事件を通してよくTVで見られたので、作る方も頑張ったのだろう。

主に「桜を見る会」を巡って内閣支持率がぐっと下がった。ごく一部の自民党関係者ももっときちんと説明しろと言い始めた。しかし、下がり方が中途半端。もう10%も下がれば、局面が全然変わる。しかし、現在の日本では無関心という精神的アナーキズムが蔓延しているので、あれほど出鱈目な答弁を何年も繰り返していてもこの程度を下限に終わってしまう。

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