映画評「レディ・バード」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2017年アメリカ映画 監督グレタ・ガーウィグ
ネタバレあり
「フランシス・ハ」(2012年)というアメリカ映画が、ヌーヴェル・ヴァーグの現代アメリカ的解釈と思えて興味深く、その主演女優グレタ・カーウィグにも注目した。その後の出演作も「フランシス・ハ」のオブビートなヒロインと重なるような役が多く、面白いと思っているうちに、何と脚本を書き監督までしたのが本作である。
お話はよくある故郷脱出願望をモチーフにしてい、終わり方は最近観た邦画「家族のはなし」に極めて似ている。
カリフォルニア州州都サクラメントの高校生クリスティン(シアーシャ・ローナン)は、故郷やカトリック系の高校や反りの合わない母親マリオン(ローリー・メトカーフ)を嫌って、東部の大学へ進学しようと思っている。しかし、父親(トレイシー・レッツ)が実は鬱病で、母親が働きまくって糊口をしのいでいる貧乏家庭故に、彼女の目標はなかなか達成できそうもない。親を嫌っているので彼らのつけた本名ではなく、“レディ・バード”を名乗ることが多い。
その一方で、青春模様を繰り広げ、神父が企画するミュージカルに応募して練習するうちにメンバーの男子ダニー(ルーカス・ヘッジズ)と恋に落ちるも、打ち上げで彼がホモと判明すると、バンドをやっているカイル(ティモテ・シャラメ)に乗り換え、自称童貞(英語ではこれもvirgin)を信じて初めて最後まで行く。が、童貞という発言は嘘と判明し、プロムにも行かない彼に失望、喧嘩別れしていた元親友ジュリー(ピーニー・フェルドスタイン)の許に行く。
クリスティンは母親の思いに反してブルックリンの大学へ進学する。母親は涙を流しながら既に娘の旅だった空港へ車を走らせる。ブリックリンで青春を謳歌し始めると同時にホーム(家と故郷を掛けている)の価値に気付いた彼女は、“レディ・バード”の代りに堂々と本名を名乗るのである。
色々な経験と人間との交流を経て故郷脱出願望の少女が成長していく物語だが、その成長は、そこにいると気付かないホーム(故郷、家庭)の偉大さに気付くというところに収斂している。
元来故郷のカトリック関係者もなかなか粋な人物が多くてそう嫌う程ではなかったわけで、ブルックリンで彼女は教会に赴き、それに抱かれるような思いをしたはずである。
娘の旅立ちに泣きながら既に旅立った娘のいない空港へ車を走らせる母親の気持ちにも、娘に知らそうとして完遂できなかった愛情こもる母親の手紙にも、グッと来る。この手紙により、彼女の兄がヒスパニックである理由が瞬時に解る。
車を運転する娘と母親の顔が同じアングルで交互に映し出されるところが良い。母親の娘に対する思いと娘の母親に対する感情とが初めてきちんと噛み合ったことを示す素晴らしいショット・・・と膝を叩かせるものがある。
シーンはぶつ切り的かつスケッチ的、全体としてポップに処理され、一見さほど叙情的ではないが、最後まで観ると、そのぶつ切り的なシーンとシーンとの間に心理と情緒が沈潜していたような気がしてくる。特に、終盤、プロムの後ヒロインが旅立つまでを一切省略し、車を疾駆させる母親のシーンに移動する感覚は実に秀逸。そこに描かれないからこそ、既に変わりつつあった娘の心境、即ち進境を感じないではいられないのだ。
有望新人ガーウィグ選手、デビュー戦でライナー性ホームランを打つ、ってなところ。
東京の大学に進学し就職したものの、僕には故郷脱出願望は全くなかった。東京を選んだのは映画館が多かったからにすぎない。
2017年アメリカ映画 監督グレタ・ガーウィグ
ネタバレあり
「フランシス・ハ」(2012年)というアメリカ映画が、ヌーヴェル・ヴァーグの現代アメリカ的解釈と思えて興味深く、その主演女優グレタ・カーウィグにも注目した。その後の出演作も「フランシス・ハ」のオブビートなヒロインと重なるような役が多く、面白いと思っているうちに、何と脚本を書き監督までしたのが本作である。
お話はよくある故郷脱出願望をモチーフにしてい、終わり方は最近観た邦画「家族のはなし」に極めて似ている。
カリフォルニア州州都サクラメントの高校生クリスティン(シアーシャ・ローナン)は、故郷やカトリック系の高校や反りの合わない母親マリオン(ローリー・メトカーフ)を嫌って、東部の大学へ進学しようと思っている。しかし、父親(トレイシー・レッツ)が実は鬱病で、母親が働きまくって糊口をしのいでいる貧乏家庭故に、彼女の目標はなかなか達成できそうもない。親を嫌っているので彼らのつけた本名ではなく、“レディ・バード”を名乗ることが多い。
その一方で、青春模様を繰り広げ、神父が企画するミュージカルに応募して練習するうちにメンバーの男子ダニー(ルーカス・ヘッジズ)と恋に落ちるも、打ち上げで彼がホモと判明すると、バンドをやっているカイル(ティモテ・シャラメ)に乗り換え、自称童貞(英語ではこれもvirgin)を信じて初めて最後まで行く。が、童貞という発言は嘘と判明し、プロムにも行かない彼に失望、喧嘩別れしていた元親友ジュリー(ピーニー・フェルドスタイン)の許に行く。
クリスティンは母親の思いに反してブルックリンの大学へ進学する。母親は涙を流しながら既に娘の旅だった空港へ車を走らせる。ブリックリンで青春を謳歌し始めると同時にホーム(家と故郷を掛けている)の価値に気付いた彼女は、“レディ・バード”の代りに堂々と本名を名乗るのである。
色々な経験と人間との交流を経て故郷脱出願望の少女が成長していく物語だが、その成長は、そこにいると気付かないホーム(故郷、家庭)の偉大さに気付くというところに収斂している。
元来故郷のカトリック関係者もなかなか粋な人物が多くてそう嫌う程ではなかったわけで、ブルックリンで彼女は教会に赴き、それに抱かれるような思いをしたはずである。
娘の旅立ちに泣きながら既に旅立った娘のいない空港へ車を走らせる母親の気持ちにも、娘に知らそうとして完遂できなかった愛情こもる母親の手紙にも、グッと来る。この手紙により、彼女の兄がヒスパニックである理由が瞬時に解る。
車を運転する娘と母親の顔が同じアングルで交互に映し出されるところが良い。母親の娘に対する思いと娘の母親に対する感情とが初めてきちんと噛み合ったことを示す素晴らしいショット・・・と膝を叩かせるものがある。
シーンはぶつ切り的かつスケッチ的、全体としてポップに処理され、一見さほど叙情的ではないが、最後まで観ると、そのぶつ切り的なシーンとシーンとの間に心理と情緒が沈潜していたような気がしてくる。特に、終盤、プロムの後ヒロインが旅立つまでを一切省略し、車を疾駆させる母親のシーンに移動する感覚は実に秀逸。そこに描かれないからこそ、既に変わりつつあった娘の心境、即ち進境を感じないではいられないのだ。
有望新人ガーウィグ選手、デビュー戦でライナー性ホームランを打つ、ってなところ。
東京の大学に進学し就職したものの、僕には故郷脱出願望は全くなかった。東京を選んだのは映画館が多かったからにすぎない。
この記事へのコメント
シアーシャ・ローナン、良いですね。
「つぐない」のあと、「ブルックリン」まで間があいてしまって(「グランド ブダペスト ホテル」は観ていましたがぼんやり観ていたので気が付かず)「追想」を観てから、本作を観たので、大人が高校生をやっているのが序盤はちょっときつい感じでしたが、やっぱり上手いから段々不自然な感じはしなくなりました。
彼女は「つぐない」の時からそうでしたが、微妙に屈折した女の子の感じを出すのが上手いですね。地なのかなぁ・・・
「レディ バード」って何か込められた意味があるんですか?
ケン・ローチの初期作品に「レディバード レディバード」っていうのがありましたが。
それにしても東部の大学に行きたがってる割りには勉強してませんでしたね~ あんなもんですか? (笑)
>シアーシャ・ローナン、良いですね。
良いですね。「つぐない」は映画も抜群でした。この映画の記事は、昨年途中からアクセスが凄いことになっていて、今でも毎日20くらいあります。何故か解らない。
僕はぼつぼつ観ていたので、いつの間にか大人になっていたという感じ。逆に「つぐない」ではどんな感じだったか再確認が必要なくらい。
>微妙に屈折した女の子の感じを出すのが上手いですね。地なのかなぁ
アメリカ生まれらしいですが、凄く英国もしくはアイルランドの香りがするデス。少なくとも平均的なアメリカ女性が持っていない屈折したムードを内包していますね。
>「レディ バード」って何か込められた意味があるんですか?
ladybird はてんとうむしを表す一般名詞ですが、Lady bird と二語にしているので、マリア様を意識しているかもしれません。てんとうむしの意味では、どこかへ飛んでいきたいという気持ちの寓意と思いましたが、少し調べたところ、「マザー・グース」に関連する童謡があって、早く(子供の待つ)家に帰れという歌らしいです(本作ではラスト・シーンに関連)。
その歌では子供は火事で一匹を除いて死んでしまったらしい。そこからケン・ローチは子供を奪われる母親を描く映画に「レディバード レディバード」というタイトルを付けたようです。
>「つぐない」は映画も抜群でした。この映画の記事は、昨年途中からアクセスが凄いことになっていて、今でも毎日20くらいあります。何故か解らない。
去年はスターチャンネルで放映していたからでしょうか。
「つぐない」は映画になる前に原作を読んでいましたが、映画を観た時、上手く映画化したなぁと思いました。
結末を知っていたので、冒頭、BGMのようにタイプライターを打つ音がしているところなど、憎いなぁ、と思いました。
あそこでこれは書かれたお話だと気づいた人はすごいですね。
いかがでした?
マキューアンの「贖罪」、面白かったので友人に勧めたら、口コミで少し拡散しました。
たまたま3次感染者(?)に出会ってお茶していたら、急にそわそわしだして「さあ!○○〇に行ってショクザイを買って帰らなくては」というので、てっきり「食材」だと思ってトンチンカンな受け答えをしたら、文庫版「贖罪」の下巻でした。(笑)
マキューアンの作品にしては珍しく(?)嫌味度が低く読者をあまり選ばず、読みだしたら止まらないみたいです。
それにしても、桃と「モモ」といい日本語はややこしいです。
同音異義語ってやつですか。
「モモ」は日本語じゃなかった。
シアーシャ・ローナン、これからどんな感じになっていくんでしょう。
楽しみだからやっぱり長生きしないといけませんね。
すいません、「つぐない」のレビューを読まずにこっちに書いてしまいましたね。後でそちらも読ませていただきます。
レディバード、「てんとう虫」でしたね。なんとなく思い出しました。
ケン・ローチの映画は、あれが現実だとしたら親も親だし役所も役所で、英国も困ったお国柄だと思いました。
日本の役所とは正反対の対応で、子供は個人の所有物ではないという意識が強いようですがかなり強権的で、日本も英国ももっと子供第一にきめ細やかに対応してほしいですね。
>BGMのようにタイプライターを打つ音がしている
>あそこでこれは書かれたお話だと気づいた人はすごいですね。
>いかがでした?
どうでしたでしょうかねえ。
記事に書かれていないからと言って気付いていないことにはなりませんが、断定的には思わなかったのでしょう。10年以上前に観たので、正確なところは憶えていないですね。
>たまたま3次感染者(?)に出会って
コロナかと思いましたよん^^
>マキューアンの作品にしては珍しく(?)
モカさんは、英国文学が好物みたいですね。現代文学はこれから開拓するので、この辺りは何も語れませんね。
>同音異義語ってやつですか。
この言葉を聞いたり見たりするたびに、日本政府が表記をローマ字にしたり、カナだけにするなど(実際何度か検討された)という国民の教養レベルを下げるような方策を取らなかった判断に安堵するのです。
>楽しみだからやっぱり長生きしないといけませんね。
僕もマキューアンを読む為にも長生きしたいですね。現状のリストを完走するだけでも10年近くはかかりそうなわけですから。
>ケン・ローチの映画は、・・・英国も困ったお国柄だと思いました。
>日本の役所とは正反対の対応で、
全く同感です。あの強権的な対応には怒りを感じました(親も親ですが)。しかし、後年(特に近年)、日本の親に対する人情的すぎる対応を知って、強権的でも仕方がない面もあるのだと相当思うようになりましたね。
>後年(特に近年)、日本の親に対する人情的すぎる対応を知って、強権的でも仕方がない面もあるのだと相当思うようになりましたね。
私も日本はもう少し強権的でもいいと思います。
「強権的」は言葉が悪いので何と言ったらいいんでしょうね。
とにかく、不必要なところで「プライバシーに配慮」などと言って逃げ腰になって、救える子供を死なせてしまっているのがなんとも歯がゆい限りです。
話題がレディバードからレディバード²になっても対応してくださるところが流石ですね。
英国文学
自分では雑食系読書だと思っていますが、言われてみればヨーロッパでならイギリスですね。 フランスよりは若干イギリスでしょうか。
ここのところオカピー先生のせいで、もとい、おかげで、
本を探しまくってますよ。
昨日、一昨日は「アラバマ物語」で、今日はさっきから「アフリカの日々」を探していますが、探し物は出てこない(泣)
陽水先生の言うように”探すのをやめた時見つかる事はよくある話で~”、という事で探すのはやめました。
探し疲れたので踊りましょうか~ (笑)
>「プライバシーに配慮」
個人情報保護法から極端になりました。変な勧誘は相変わらず多いのに、政治家などが情報を隠すのに悪用していますよね。
災害などで名前を出さないことで無駄なことが行われていますし、家族が病院へ行って様子を見るにも個人情報保護が壁になるケースがあるようです。だから、それ以降政府が「命や財産に関してはその限りではない」などと啓蒙に努めましたが、そんなことは最初に言うべきでしたよ。
>フランスよりは若干イギリスでしょうか。
僕はイギリスよりフランスです。というのも一番好きな19世紀で比較すると、英国文学は長いです。
昔はドイツ文学も好きでしたが、読み直すと、余り面白くないものが多いです。ロシア文学は勿論好きです。
>探し疲れたので踊りましょうか~ (笑)
ダンスはうまく踊れない・・・です(笑)
確かに19世紀ならフランスですね。
そんなにたくさん読んでるわけではないので何となく、ですがゴンクール賞よりはブッカー賞のほうが面白いのが多いようには思います。(最近、ゴンクール賞やドゥマゴ賞受賞作って翻訳されているんですかね? みすず書房や白水社が細々と頑張っているんでしょうか)
でも以前フランスの高校生が選ぶゴンクール賞受賞作を偶然2作続けて読みましたが、あれはちょっとショックでした。
受賞作を選ぶプロセスを知ってなおさら、変な言い草ですが、「フランスには勝てない」と思いましたね。
>ゴンクール賞よりはブッカー賞のほうが面白いのが多いようには思います。
僕の勝手な想像ですが、ブッカー賞は直木賞のような感じと思っています。殆ど読みもしないのに怒られそうですが。
>(最近、ゴンクール賞やドゥマゴ賞受賞作って翻訳されているんですかね?
2010年代に入って余りないようです。しかし、現在翻訳中の作品もあるでしょうから、数年経たないと正確なところは分りませんね。
>「フランスには勝てない」と思いましたね。
僕も新しいのを読まないといけませんなあ。
で、次のストーリー・オブ・マイ・ライフ わたしの若草物語 Little Women
これも凄いです!!!
手垢がついたような?名作小説を、瑞々しく蘇らせてます!
>1時間半に圧縮されても全く抵抗なかった
そんなに短かったでしたっけ。内容充実で、もっとあったように感じましたよ。退屈すると長く感じるのとは真逆の意味で。
>次のストーリー・オブ・マイ・ライフ わたしの若草物語 Little Women
同じ監督・主演コンビなんですね。
令によって、僕は来年になりそうですなあ。