映画評「火口のふたり」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2019年日本映画 監督・荒井晴彦
ネタバレあり
白石一文の同名小説をベテラン脚本家の荒井晴彦が脚色して自らメガフォンを取った純文学。若い頃はロマン・ポルノを書いていた荒井が、作品の半分くらいを性愛場面で占めているにもかかわらず、あたかも食事を取る場面のように即実的に見せ、厭らしさを感じさせないのは、作品の目的が違うということである。ポルノであってポルノでない。
東京で離婚しプータロー生活を送る大卒の賢治(柄本佑)が、従妹・直子(瀧内公美)が結婚するというので、その一週間ほど前に故郷の秋田の空き家となっている実家に戻る。自衛隊員が結婚相手という直子は、従妹ながら賢治を恋人としていたが、賢治の結婚をもって故郷に戻ったという過去がある。しかし、結婚する前に昔の恋人の体を味わっておこうと、買ったばかりの中古物件の家に彼を招く。これに焼け木杭には火が付いた状態になった賢治は翌日も現れ、婚約者がやって来る前日までの五日間性愛に明け暮れる日々を送る。
その間に二人は盆踊りに繰り出し、この辺りから作品が死生の問題を強く打ち出し始めるという印象を覚える。それが正しいのであれば、それまでの大量の性愛場面も“生”の表現と感じられ、ヒロインが結婚の目的を子供を持つ為としているのもそれに関連するわけである。それについて賢治が“不純な結婚目的”とする辺り、結婚の価値観も随分変わったものだなあという思いがする。
直子は、自衛隊員が家族にも打ち明けられない特殊任務の為に結婚を延期することになったと言う。直子が賢治に言って曰く、婚約者のパソコンを勝手に操作、その結果富士山が大爆発すると知った、と。これに絡んで結婚を破談にした直子は、ずっと賢治との愛欲に耽ようかと思うのである。
「さよなら歌舞伎町」(脚本のみ)でも東日本大震災に関心を示した荒井晴彦はここでも原作から舞台を謂わば太平洋側の県に対して後ろめたさのある秋田県に変えることで、いびつな形で東日本大震災に言及、そこに続けて富士山大爆発という極めて現実的なファンタジーを持ってくるわけだ。
ロマン・ポルノというのは大体において生活派的な作品群であると思うが、荒井はその生活派ぶりを敷衍して、謂わば新次元のロマン・ポルノとして本作をものし、同時に庶民的な立場での政治への怒りも何となしに漂わせている。その絶望感が一種ディストピア的なやけくそな終盤に現れている。東京に10cmも火山灰が溜まる事態となれば、野菜はほぼ全滅であろうし、関東・中部地方に限ればコロナどころの騒ぎではあるまい。この情報はシンクタンクの実際の予測に基づいているようである。
撮影は寄りと切り返しが少なく、ミドルからロングを基本スタンスとし、なかなか見応えがある。事実上の二人芝居で、二人共充実した演技を披露しているが、特に瀧内公美の熱演に瞠目させられる。実感を伴う口跡も良い。
しかし、僕が一番気に入ったのは、下田逸郎の音楽である。冒頭の伊東ゆかりの歌から抜群で、挿入歌の二曲も良く、背景音楽も素晴らしい。
本年度の【一年遅れのベスト10】において「ビール・ストリートの恋人たち」と音楽賞を争うのは必至だが、いや、無理に一本に限る必要もないか。
2019年日本映画 監督・荒井晴彦
ネタバレあり
白石一文の同名小説をベテラン脚本家の荒井晴彦が脚色して自らメガフォンを取った純文学。若い頃はロマン・ポルノを書いていた荒井が、作品の半分くらいを性愛場面で占めているにもかかわらず、あたかも食事を取る場面のように即実的に見せ、厭らしさを感じさせないのは、作品の目的が違うということである。ポルノであってポルノでない。
東京で離婚しプータロー生活を送る大卒の賢治(柄本佑)が、従妹・直子(瀧内公美)が結婚するというので、その一週間ほど前に故郷の秋田の空き家となっている実家に戻る。自衛隊員が結婚相手という直子は、従妹ながら賢治を恋人としていたが、賢治の結婚をもって故郷に戻ったという過去がある。しかし、結婚する前に昔の恋人の体を味わっておこうと、買ったばかりの中古物件の家に彼を招く。これに焼け木杭には火が付いた状態になった賢治は翌日も現れ、婚約者がやって来る前日までの五日間性愛に明け暮れる日々を送る。
その間に二人は盆踊りに繰り出し、この辺りから作品が死生の問題を強く打ち出し始めるという印象を覚える。それが正しいのであれば、それまでの大量の性愛場面も“生”の表現と感じられ、ヒロインが結婚の目的を子供を持つ為としているのもそれに関連するわけである。それについて賢治が“不純な結婚目的”とする辺り、結婚の価値観も随分変わったものだなあという思いがする。
直子は、自衛隊員が家族にも打ち明けられない特殊任務の為に結婚を延期することになったと言う。直子が賢治に言って曰く、婚約者のパソコンを勝手に操作、その結果富士山が大爆発すると知った、と。これに絡んで結婚を破談にした直子は、ずっと賢治との愛欲に耽ようかと思うのである。
「さよなら歌舞伎町」(脚本のみ)でも東日本大震災に関心を示した荒井晴彦はここでも原作から舞台を謂わば太平洋側の県に対して後ろめたさのある秋田県に変えることで、いびつな形で東日本大震災に言及、そこに続けて富士山大爆発という極めて現実的なファンタジーを持ってくるわけだ。
ロマン・ポルノというのは大体において生活派的な作品群であると思うが、荒井はその生活派ぶりを敷衍して、謂わば新次元のロマン・ポルノとして本作をものし、同時に庶民的な立場での政治への怒りも何となしに漂わせている。その絶望感が一種ディストピア的なやけくそな終盤に現れている。東京に10cmも火山灰が溜まる事態となれば、野菜はほぼ全滅であろうし、関東・中部地方に限ればコロナどころの騒ぎではあるまい。この情報はシンクタンクの実際の予測に基づいているようである。
撮影は寄りと切り返しが少なく、ミドルからロングを基本スタンスとし、なかなか見応えがある。事実上の二人芝居で、二人共充実した演技を披露しているが、特に瀧内公美の熱演に瞠目させられる。実感を伴う口跡も良い。
しかし、僕が一番気に入ったのは、下田逸郎の音楽である。冒頭の伊東ゆかりの歌から抜群で、挿入歌の二曲も良く、背景音楽も素晴らしい。
本年度の【一年遅れのベスト10】において「ビール・ストリートの恋人たち」と音楽賞を争うのは必至だが、いや、無理に一本に限る必要もないか。
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