映画評「父 パードレ・パドローネ」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1977年イタリア映画 監督パオロ・タヴィアーニ、ヴィットリオ・タヴィアーニ
ネタバレあり

パオロとヴィットリオのタヴィアーニ兄弟はこの作品で日本に初お目見えした。
 カンヌ映画祭グランプリ(当時は現在と同じくパルム・ドールが最高賞)に輝いた秀作でありながら、日本に初めて紹介されたのは何とNHKのTV放映で、数年遅れて劇場公開されるという珍しい経過を辿っている。僕が観たのは、その先行したTV放映によってである。タヴィアーニ兄弟はその後注目作を連発、僕もご贔屓にしていた。

サルディーニャ島の牧羊一家に長男に生まれたガヴィーノ(幼年期ファブリツィオ・フォルテ、青年期サヴェリオ・マルコーニ)は、羊飼いは勉強などしなくてもよろしいと主張する前時代的な厳格な父親(オメロ・アントヌッティ)から無理やり学校から連れ帰されて以来、スパルタ式に厳しい監視の下に山での羊番と乳絞りを強要され続ける。
 二十歳になって軍隊に入ることになり、言葉がうまく通じないことから懸命に勉強して遂には言語学の学位を取り、今では作家となり、この映画の原作を書くのである。

昨年日本に家族による虐待を禁ずる法律ができたが、サルディーニャ島の家父長制度の下に繰り広げられる、主人(パドローネ)でもある父親(パードレ)の少年に対する暴力のすさまじさ。昨今の先進国なら大事(おおごと)になるレベルながら、男性の愛情を全く感じさせないわけでもない。
 ガヴィーノの心の中で少しずつ醸成された父親への反撥がやがて彼を一念発起させて作家にまで成長させる。父親の専横がなければ彼のかような成長はなかったであろうというご意見に賛同せざるを得ない。

内容的には昨今流行りの実話ものに類するが、見せ方は全然違う。サルディーニャの荒涼とした山岳地帯の捉え方からして厳しく、イタリア映画らしい猥雑さと共に野趣の点出が実に優れている。糞尿ネタや性愛ネタを遠慮なく扱うのは、サルディーニャの地方色醸成の一環でもあるのだろうが、中でも凄いのは、羊の交接から始まり、若者の動物との交わり、集団自慰、それを見たアントヌッティ夫婦の営みへと繋がっていく連鎖。実に猥雑であるが、厭らしさより神話的な凄味を感じさせる。

羊飼いをする為に鍛えられたガヴィーノの耳には様々な音が多感に捉えられるのだが、その中には恐ろしく鳴り響く鐘の音がある。その耳の為に友人から辞書を得る。完成させたラジオからは彼の成功を寿ぐようにクラシックが朗々と鳴り響く。これは荒野でも使われたクラシック(ヨハン・シュトラウス2世の「こうもり」らしい)だっただろうか。
 その他に面白いのは、唐突の感はあるものの、人々の心の声を輪唱のように繋げるところ。後年のヴィム・ヴェンダース監督「ベルリン・天使の詩」(1987年)に通ずる試みで、映画全体を通してガヴィーノの耳に関連付けて色々と打ち出す狙いがあったのだろう。

子供向けシリーズと新作邦画に傾注しているWOWOWが余りにも充実していないので、家のライブラリーに相当数の作品があるとはいえ、ネット配信での鑑賞も考えないといかん。

この記事へのコメント

モカ
2020年06月06日 14:52
こんにちは。

これがまだだったんですね!

最初に観たときは驚きました。
が、その後タヴィアーニ兄弟の他の作品も観るようになると(といっても評判の良い「カオス シチリア物語」を観ていません)本作ほどのインパクトはなく、父親役のオメロ・アントヌッティも何だかワンパターン頑固おやじ役だし、やはり本作が突出しているんでしょうかね?


  ☆羊飼い☆
 聖書世界では大工(正確には石切工)と並んで最下層の職業だったようですね。
古来から動物飼いはどんな社会でも底辺に追いやられる構図があったんでしょうか? 
西部劇のカウボーイしかり。(初期ハリウッド映画にでてくるカウボーイが白人ばかりなのは諸般の事情があったからで、実際はアフリカ系アジア系メキシコ系が多かったとか)この辺の事情については先生にお任せしますが(笑)
たしか、日本の中世の牛飼いなんかも賤民扱いだったと阿部さんの本に書いてありました。

という事で現代社会からイメージする羊飼いと昔の羊飼いとは結構乖離しているようで、人間というよりはボーダーコリー並?
厳しい世界を生き抜くには”人間”になる必要はないと言わんばかりの教育?をするパードレです。

>若者の動物との交わり、
>実に猥雑であるが、厭らしさより神話的な凄味を感じさせる。

  家畜を飼うようになって以来こういうことは普通にあって、そういう土壌からギリシャ神話の「牧神」なんかが出てきたんじゃないかと思いました。さすがにそれではイカンという事でゼウスと誰それの子とかにしたとか? 考えすぎですか?

こちらから連想してスイス映画の「山の焚火」が観たくなりました。 これも厳しい世界観でしたね。 
中古DVDのお値段も厳しい・・・
オカピー
2020年06月06日 19:05
モカさん、こんにちは。

>これがまだだったんですね!

まだまだこの類あるです(笑)。最近この表現が多いです^^

>「カオス シチリア物語」を観ていません

映画館で観ましたが、傑作でしたね。その年の1位にしました。人の頭でサッカーをするところがありましたよ。この兄弟の中でも、凄い野趣と思った一つ。

>西部劇のカウボーイしかり。(初期ハリウッド映画にでてくる
>カウボーイが白人ばかりなのは諸般の事情があったからで、
>実際はアフリカ系アジア系メキシコ系が多かったとか)

大学で教わったことのある文化人類学者の西江雅之氏がそんなことを述べていますね。

>日本の中世の牛飼いなんかも賤民扱いだったと阿部さんの本に

阿部さんって誰ですか?

>さすがにそれではイカンという事でゼウスと誰それの子とかにしたとか?
>考えすぎですか?

十分あり得ますね。

>「山の焚火」が観たくなりました。 これも厳しい世界観でしたね。

映画館で観ました。
 僕は、近親相姦の禁止は、変な子供が生まれる可能性が高いから自ずと道徳・法律になったと、ずっと考えていました。ボーヴォワールは経済的な理由(家が二つになることで財産が増える)で、他家とのカップリングという習慣を生み出したと言っていますが、僕の説も全く外れというわけではないのでは?
モカ
2020年06月07日 17:03
こんにちは。

>まだまだこの類あるです(笑)。最近この表現が多いです^^

 敷居が低くなる感じで好感度高いですよ。



>「カオス シチリア物語」
  
  以前CSで放映されてたんですけどね・・・ 2年前までは今ほど暇じゃなかったので色々取りこぼしがありますね。
  レンタルを当たってみます。


>大学で教わったことのある文化人類学者の西江雅之氏

 わ~すごいですね! 羨ましいです! 
 文化人類学をやりたかったですけど冷静に考えたらニューギニアとかに行ってフィールドワークするような根性はまったくないので無理でした・・・


 アベさんなんて言ったら今時「マスクのアベ」しか浮かびませんよね。
 阿部謹也氏のつもりで書きましたが、日本の中世の賎民のことなら網野善彦氏でしたね。共著もあるので混乱してしまいました。

 近親婚の禁忌・・・レヴィ・ストロースはお得意の贈答の論理で交換論で論じていたようですが人類学にも限界がありますものね。(昔読んだきりなので定かではありませんが)
 生物学的にはおっしゃる通りでしょうね。
オカピー
2020年06月07日 21:40
モカさん、こんにちは。

>敷居が低くなる感じで好感度高いですよ。

元々敷居は高くなく、高く見えるだけなんですが(笑)。
親父ギャグが大好きで、この間も銀行の可愛いお姉ちゃんが新任のご挨拶にやって来た時にご披露したら大受けでした。

>レンタルを当たってみます。

あるといいですね。
 オムニバスなので、そこをどう判断するかというところもあると思いますが、僕は気に入りました。

>ニューギニアとかに行ってフィールドワークするような根性は
>まったくないので無理でした・・・

畑中幸子女史はまだご存命。さすがに生命力がある。有吉佐和子の予言は当たりましたね。

>阿部謹也氏、網野善彦氏、レヴィ・ストロース

歴史学とか人類学とか好きなのに、上のお三方は一冊も読んでおりません。レヴィ=ストロースは、昔モーガンの「古代社会」を読んだ時に引き合いに出されていたので興味を持ちましたが、結局は未だ読むに至らず。
本は、人が読むには多すぎる!
モカ
2020年06月08日 14:18
こんにちは。

画像がなくて文字がびっしりなんでちょっと取っつき難いかもです。
実は何年か前からこちらはブックマークはしていたんですけど、ま、何かと忙しかったのもあってブックマークも放置したままでした。
確か「レイチェル」が最初のコメントだったと思います。
原作を気に入ってるのに映画の出来がよろしくないのでデュ・モーリエファンとしては悪いイメージが広がっていないか気になって検索をかけたらオカピーさんにたどり着いたわけです。
あの映画を記事にしているのは多分オカピー先生くらいじゃないですか?
最近気づきましがレベッカとレイチェル(ラシェル)って聖書では義理の母娘なんです。デュ・モーリエは何か意図するところがあったんでしょうね。


「女二人のニューギニア」読まれましたか! 
 畑中女史は凄すぎます。
とんでもない所へノコノコ出かけて行って「ただでは済まさん」とあんな面白い本を書く有吉佐和子も大したもんですが。
 今また人種間の問題が取りざたされていますが、有吉の「非色」は戦後のアメリカでの人種差別を題材にして差別の本質に迫っていて、日本女性が50年以上も前にここまで考察しえたという事にびっくりしたり、誇りに思ったりもします。
TVで綺麗事を垂れ流すコメンテイターに読んでもらいたいです。

でも、確かに「本は、人が読むには多すぎる」と思いますです。
 life is very short and there's no time~♬ ですね。

 
レヴィ=ストロース これで苗字でしたね。
ジーンズのレヴィ・ストロースは姓名なんだけど・・・
ややこしいですね。苗字のレヴィってユダヤ教の司祭の事ですかね? 
昔「〇曜日、レヴィがどうした、こうした」みたいなシリーズ物を読みましたけど、あのレヴィは確か司祭でした。
(ちゃんと調べて書きなさい、と思ってますでしょう?《笑》)
モカ
2020年06月08日 15:25
訂正

すいません。調べても出てこないと思ったらレヴィではなくてラビでした。 ハリー・ケメルマンのラビシリーズでした。
一応月曜から日曜まで7作あったようですけど、二つくらいしか読んでません。あんまり面白くなかったかな? 忘れました。(笑)
自慢じゃないけどミステリーは大体忘れます。他も忘れるけど・・・
オカピー
2020年06月08日 21:07
モカさん、こんにちは。

>画像がなくて文字がびっしりなんでちょっと取っつき難いかもです。

解ったような気がします。しかも、本文は左脳人間なので大体において硬いですしね。

画像については、厳密に言えば著作権侵害に当たる画像のコピペはやりたくないので、一時パソコンのビデオ・キャプチャー機能を使って自前の画像を作り張っていたのですが、そのパソコンがとろくなったので、それもやめてしまいました。

>確か「レイチェル」が最初のコメントだったと思います。

そうです。しかし、その後、間をおいてコメントされた時に“初めまして”と言って、“うんにゃ”(とは仰っていませんが)と言われて・・・

>あの映画を記事にしているのは多分オカピー先生くらいじゃないですか?

そうかもしれません。そもそも観ている方が少ないでしょう。

>レベッカとレイチェル(ラシェル)って聖書では義理の母娘なんです。

なるほど。
西洋の文学も映画も、聖書やキリスト教とリンクしているものが多いですね。後学の為に聖書も一応読んでみましたが、読まないよりは良いといった程度のいい加減な読み方なので、なかなか文学や映画と結びつきません。

>有吉の「非色」は戦後のアメリカでの人種差別を題材にして差別の本質に>迫っていて、日本女性が50年以上も前にここまで考察しえたという事に
>びっくりしたり、誇りに思ったりもします。

今回は映画版をずっと以前に観ていた「恍惚の人」を読み、納得させられましたが、「非色」という作品も面白そうです。
ちょっと早世すぎましたね。

>life is very short and there's no time~♬ ですね。

素敵な引用。

>ハリー・ケメルマンのラビシリーズでした。

ケメルマンはかすったこともないなあ。エラリー・クイーンの国名シリーズとか、ミステリーにはシリーズが多いですが、後になると区別がつかなくなりますね。

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