映画評「天国でまた会おう」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2017年フランス=カナダ合作映画 監督アルベール・デュポンテル
ネタバレあり
先日のアニメ「ディリリとパリの時間旅行」の冒険もゴキゲンだったが、この作品の冒険模様も相当面白い。日米に見るべきものが少ない中でフランス映画が頑張っている。最大の買いは、今まで似たタイプはあっても似た物語を観たことのない新味である。
第一次大戦直後、何かの犯罪で捕えられた中年男アルベール・デュポンテルが取調官に経緯を話し始める、という典型的な回想形式。
彼は、前線で絵の特異な青年ナウエル・ペレス・ビスカヤ―ルに助けられた直後に、親切な戦友が爆弾で飛ばされるのを見る。病院に運ばれた絵描きは顎を失っているが、実家に帰るのを断固拒否した為に、デュポンテル氏は本人を死んだことにして別人として生きていくように画策、貧民街に居を定める。
やがて絵描きは戦死者記念碑詐欺を案出、お金をせしめた後親しくなった少女エロイーズ・バルステと共に脱仏を予定する。その被害者の一人が銀行を経営するビスカヤ―ルの父親ニエル・アレストリュプで、娘婿ロラン・ラフィットを使って犯人探しをする。父親は絵に残されていたサインから息子ではないかと予想していたか、案の定その通りで、ついぞ息子と再会を果足して息子の画業を認めなかったことの過ちを認める。しかし、喜んだ息子はその直後に飛び降り自殺をしてしまう。
一方、ラフィット氏は実は直接間接に彼等に被害を与える原因となった直属の上官で、戦死者墓地建設を指揮していた時に、デュポンテル氏に脅迫されて自ら穴に落ちて埋没死。
彼が話し終えたところで取調官は告白する、自分の息子がラフィットに後ろから射殺された斥候兵であった、と。
ここまで書けば幕切れは推して知るべし。フランス文芸の伝統を非常に強く感じる。この作品に見られるグロテスクさや正体を隠す犯罪者の物悲しさは、ガストン・ルルーの「オペラ座の怪人」に通底するものがあるし、波乱万丈の冒険模様はアレクサンドル・デュマ(父)の一連の冒険小説やモーリス・ルブランのルパン・シリーズのムードを彷彿とし、この手のお話が大好きな僕を興奮させた。映画では僕の愛する「冒険者たち」(1967年)に似たロマンと友情を感じさせる。幕切れは「冒険者たち」よりはぐっと明るいものだが、フランス的な友情にぐっと来る。どこを切っても大好きだなあ、この作品。
AllcinemaのKE氏が指摘するように、カメラはもう少し控え目のほうが良い。同時に、全体の評価に大きく影響を与えるほどとも考えない。原作はミステリー作家ピエール・ルメートル。
2017年フランス=カナダ合作映画 監督アルベール・デュポンテル
ネタバレあり
先日のアニメ「ディリリとパリの時間旅行」の冒険もゴキゲンだったが、この作品の冒険模様も相当面白い。日米に見るべきものが少ない中でフランス映画が頑張っている。最大の買いは、今まで似たタイプはあっても似た物語を観たことのない新味である。
第一次大戦直後、何かの犯罪で捕えられた中年男アルベール・デュポンテルが取調官に経緯を話し始める、という典型的な回想形式。
彼は、前線で絵の特異な青年ナウエル・ペレス・ビスカヤ―ルに助けられた直後に、親切な戦友が爆弾で飛ばされるのを見る。病院に運ばれた絵描きは顎を失っているが、実家に帰るのを断固拒否した為に、デュポンテル氏は本人を死んだことにして別人として生きていくように画策、貧民街に居を定める。
やがて絵描きは戦死者記念碑詐欺を案出、お金をせしめた後親しくなった少女エロイーズ・バルステと共に脱仏を予定する。その被害者の一人が銀行を経営するビスカヤ―ルの父親ニエル・アレストリュプで、娘婿ロラン・ラフィットを使って犯人探しをする。父親は絵に残されていたサインから息子ではないかと予想していたか、案の定その通りで、ついぞ息子と再会を果足して息子の画業を認めなかったことの過ちを認める。しかし、喜んだ息子はその直後に飛び降り自殺をしてしまう。
一方、ラフィット氏は実は直接間接に彼等に被害を与える原因となった直属の上官で、戦死者墓地建設を指揮していた時に、デュポンテル氏に脅迫されて自ら穴に落ちて埋没死。
彼が話し終えたところで取調官は告白する、自分の息子がラフィットに後ろから射殺された斥候兵であった、と。
ここまで書けば幕切れは推して知るべし。フランス文芸の伝統を非常に強く感じる。この作品に見られるグロテスクさや正体を隠す犯罪者の物悲しさは、ガストン・ルルーの「オペラ座の怪人」に通底するものがあるし、波乱万丈の冒険模様はアレクサンドル・デュマ(父)の一連の冒険小説やモーリス・ルブランのルパン・シリーズのムードを彷彿とし、この手のお話が大好きな僕を興奮させた。映画では僕の愛する「冒険者たち」(1967年)に似たロマンと友情を感じさせる。幕切れは「冒険者たち」よりはぐっと明るいものだが、フランス的な友情にぐっと来る。どこを切っても大好きだなあ、この作品。
AllcinemaのKE氏が指摘するように、カメラはもう少し控え目のほうが良い。同時に、全体の評価に大きく影響を与えるほどとも考えない。原作はミステリー作家ピエール・ルメートル。
この記事へのコメント
お金をかければ良い作品になるというハリウッドに対して、反戦映画もフランス流のエスプリだとこうなる、というお手本のよう・・。
>大デュマの冒険小説やモーリス・ルブランのルパン・シリーズのムードを彷彿とし
仰る通り、欣喜雀躍します(笑)
そして、この映画の背景には「単なる戦争資材」として大量に消費されて行ったフランス兵たちへの深い哀悼の思いがあると思います。
有名なヴェルダン戦などでもそうですが、国土の破壊(百年後の今も砲弾の鉛で死の土地になったままのエリアがある)に加え、すさまじい重傷を負った廃兵たちのその後の人生など、第一次大戦の被害が事実上なかった日本人には、なかなか共感しにくいのですが、ご承知の通り、戦記物と名が付けばアニメでも何でも手を出す僕には本当に興味深い作品でした・・。
航空機の爆弾投下による大量殺戮と違い、生身の人間通しの直の殺し合い(故に、死者よりもはるかに負傷者が多い)の様相が深かった最後の戦いである第一次世界大戦。
ジャン・ピエール・ジュネの「ロングエンゲージメント」を思い出しました・・。
また、バルビュスの『砲火』や『チボー家の人々』プロフェッサーが今年の読書録に挙げたロマン・ロランが一次大戦中につけていた『日記』(これも長大ですが)も映画を観る際の参考になりますね。
>この映画の背景には「単なる戦争資材」として大量に消費されて行った
>フランス兵たちへの深い哀悼の思いがあると思います。
僕は面白すぎて、反戦映画の立場としてさほど見ていなかったのですが、逆に言うと、そこはかとなく反戦・反軍の主張を浮き彫りにする上手さがあるわけですね。
>生身の人間通しの直の殺し合い
塹壕!「西部戦線異状なし」を思い出します。
>「ロングエンゲージメント」
ジュネの印象がかなり変わった作品。しかし、その後余り紹介されなくなりましたね。
>ロマン・ロランが一次大戦中につけていた『日記』(これも長大ですが)
これは未読。小説以外に手を出すと大変なことになります^^;
面白い映画を紹介していただきありがとうございます。
U-NEXTでポイント使用で観ることができました。
>今まで似たタイプはあっても似た物語を観たことのない新味である。
私は良い意味で ”デジャヴ感” 満載でした。
まずは父親像が「チボー家のジャック」や「キャラクター 孤独な人の肖像」の父親に似ているなと思いました。
映像はJ=P・ジュネ風?
仮面のデザインが良かったですね。
フランス人ならあの仮面は伝説の鉄仮面をすぐに連想するんでしょうね。
鳥の仮面を着けて飛び降りるシーンではアラン・パーカーの「バーディ」を思い出しました。
見終えてから、全体のテイストが何かに似ているのに何だったか思い出さなくてしばらく悶々としていましたが、分かりました! 「トト ザ ヒーロー」でした。
異論は多々おありかも?ですが私はそう観ましたね。
どこで聞きかじったのかも不明な変な表現ですが「妄想が現実を凌駕する」感じ? (笑)
これでは通じませんね、すいません。
あの青年が顎を撃ち砕かれて最初に入院いた病院で、戦友の中年男が見るに見かねてモルヒネをくすねて青年に打ちますが、その後の展開は青年のモルヒネによる妄想だと理解しました。
そう思えばあの少女の存在も父との和解もその後の展開もすんなり飲み込めました。
>私は良い意味で ”デジャヴ感” 満載でした。
>フランス人ならあの仮面は伝説の鉄仮面をすぐに連想するんでしょうね
僕もこういうタイプの作品は数多く観てきましたが、前線絡みでこういう、大デュマ(鉄仮面の原作者)、ルルー、ルブランの作品を思い起こさせる作品を見るのは初めてだなあと思ったもので。
>映像はJ=P・ジュネ風?
浅野佑都さんも、内容が兵士絡みであることもあって、彼の「ロング・エンゲージメント」と思い出したようです。粘着的な映像が似ているのかも。
>「トト・ザ・ヒーロー」
この映画の監督ジャコ・ヴァン・ドルマルも、大きなタイプに分けると、ジュネやこの映画の監督と同じグループに入るような気がします。
>その後の展開は青年のモルヒネによる妄想だと理解しました。
>そう思えばあの少女の存在も父との和解もその後の展開もすんなり飲み込めました。
ふむふむ。
その場合彼の死んだ後の場面はどうなのか、という左脳的解釈が出て来るわけですが、死んだ人間が語る映画もたまにはあるわけで、その解釈も大いに納得できますね。
妄想が現実を凌駕する、ですか。大変面白いです。
若干、倦怠期なのか観たい映画が余り無く困っていたところ、こちらの記事中にある「冒険者たち」に似てるという所だけが目に入り(汗)、今日、観てみました。
大変、良い作品でした、紹介して頂いたこと、感謝致しております。
取り敢えず、お礼まで。
僕は「冒険者たち」より「シベールの日曜日」を思い出しました。
>その場合彼の死んだ後の場面はどうなのか、という左脳的解釈が出て来るわけですが、死んだ人間が語る映画もたまにはあるわけで、その解釈も大いに納得できますね。
私の勝手な解釈では彼の死んだあとの場面まで全部妄想の産物です。
作者にも監督にもそんな筋書きを考えてはいないと思いますが、私としては青年は幸せな成り行きを妄想だか幻覚だかで見た後、実際はあの野戦病院?で死んでしまうというのが物語としては良いなぁ、と思うわけです。
私事ですが、父は亡くなる前に末期ガンが発覚してモルヒネを投与されていまして、痛みのないときには穏やかにベッドに腰かけたりもできましたが、色んな幻覚を見ていました。なのでモルヒネというと”幻覚”と思ってしまうんです。
A・パーカーの「バーディ」
幼馴染のマシュー・モディーンとニコラス・ケイジは共にベトナム戦争帰りで、M・モディーンは精神に異常をきたして精神病院で鳥になって?飛び降りますが、N・ケイジは確か顔の半分が吹っ飛んで顎に釘が入っているとかだったと思い出しました。
これって何だか本作に影響してそうな気がしてきました。
コメント、ありがとうございます。
>僕は「冒険者たち」より「シベールの日曜日」を思い出しました。
「シベールの日曜日」も帰還者絡みの悲劇でしたものね。
「冒険者たち」との類似は、内容というよりは、友情ぶりでした。戦前の「我等の仲間」等フランス流の友情が脈々と引き継がれているなあ、と感じまして。
>実際はあの野戦病院?で死んでしまうというのが物語としては良いなぁ、
>と思うわけです。
少なくとも文学的ですね。こういう荒唐無稽なお話ですから、そういう解釈も嫌いではないです。
>色んな幻覚を見ていました。
そう言えば、僕の父も病院で何か薬を服用した時に一時的に幻覚を見ていたようです。僕が見舞いに行った時にはそういう現象に遭遇しませんでしたが。病院に近く毎日見舞いに行っていた姉が申しておりました。
>A・パーカーの「バーディ」
どうもすみません、よく憶えていないので、スルーしてしまいました^^;
先年NHK-BSが放送したので保存版を作ったものの、まだ再鑑賞していないんですよ。
そうですか、そんな共通点がありましたか。僕は一種の青春映画として記憶に残っていたので、こちらの冒険模様からは想起できず。見直す気になりました。ディスクが無数にあるので探すのが結構大変なのですが(笑)