映画評「新聞記者」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2019年日本映画 監督・藤井道人
ネタバレあり
我が家は多分半世紀以上東京新聞をとっている。貧乏だったから父親が一番安い新聞を選んだのだと思う。親が亡くなる前に地元に舞い戻った僕はそのまま取り続けている。個人主義だから、概して庶民の目で権力を見る東京新聞とは肌が合う。人権に拘る新聞なのだと思う。日本無謬論者が言うような反体制的なものではない。
彼らが政権に異を唱える人に対して好んで使う反日という言葉は、その言葉の裏から、政権に反する論調が在日韓国人や中国スパイが作り上げたものだ、という意識が滲み出ている。全てが嘘とは言わないが、沖縄の基地問題などは真実を交えて嘘のつき放題と思われる。一部に真実があるから全て本当だと思い込むリテラシーの低い人が結構いる。困ったものだ。仮にそれが事実としても、何十年間もその状態で特段何も変わっていない。彼らは何をそんなに恐れているのだ?
僕は、戦争映画を腐るほど見て来たせいで徹底した反戦主義者になったが、核兵器の所有も視野に入れる(核の抑止力は依然ある)という立場なので、この辺りは東京新聞とは180度違う。武器を持った上でアメリカに出てもらう。これが本来の保守の考え方であろう。しかるに、大概の保守はインチキ(アメリカ天皇主義)なので、 “憲法9条を変え(て武装でき)たらいずれアメリカに出て行ってもらう”とは絶対言わないのだ。他方、米軍も武装も要らないという人たちは能天気に過ぎるが、僕は上のことを政治的信条にしているわけではないので、かかる人々を批判しない。そう思う彼らの内面を真面目に考えなくてはいけない。
以上、東京新聞と僕の関係を記したのは、勿論本作の原案に相当するものが東京新聞の名物社会部記者・望月衣塑子が著したノンフィクションだからである。彼女は、社会部記者なのにジャーナリストの気概を失った政治部記者に交じって官邸記者クラブで質問をする変わり種で、菅官房長官の天敵と言って良い存在だろう。ある意味新聞メディアの現状に風穴をあげたと言って良いのではないか。
本作も、実話ベースのポリティカル・サスペンスの作れない日本映画界に風穴をあけると期待するが、果して首尾は?
韓国人の母と日本人の父の下にアメリカで育った東都新聞社会部記者の吉岡エリカ(シム・ウンギョン)は、社会部デスクの陣野(北村有起哉)に、匿名で送られてきた新潟での大学新設に関わる疑惑について調べるよう一任される。
一方、外務省から内閣情報調査室(内調)に出向中の官僚・杉原(松坂桃李)は、外務省時代の上司・神崎(高橋和也)と久しぶりに旧交を温めるが、その直後、文書改竄の責任を被って左遷させられた経験のある神崎は投身自殺をする。杉原が調べると、彼は内閣府で大学新設に関わっていたのである。
尊敬していた元上司の死に内調が絡んでいると知って私憤と義憤にかられた杉原は、外務省時代の知人のいる内閣府から情報を奪取、彼の自殺の背景を調べたがっている吉岡にリークする。
折しも、現在森友問題に関わる文書改竄に関わって自死した元官僚の事件が民事裁判にかかっているところで、本作で自殺する官僚も改竄に絡んでいるが、直接の背景は愛媛県の加計学園をもじった大学新設における極秘事項である。モリカケ問題を二つ合わせた形だが、映画はその後ぐっと風呂敷を広げてその大学が生物兵器・化学兵器を作る大学になるという陰謀めいたものになっている。個人的には、これはやりすぎで、却って現実味がなくなってしまったと思う。
事件そのものまで変えたのは、事件に関連する内閣が現在も存在している以上仕方がないところで、当然実在する人物の名前はお話の中では一切出て来ないが、1970年代以降既に解決した事件でさえメジャー映画に扱われることも、関係者が実名で出ることもない。ロッキードとかリクルートとか幾らでも映画になりそうな素材はあるのにやりませんな。やったとしても実際の名前とは別になり、その為に迫力が薄くなってしまうのが日本映画なのだ。
邦画のその限界を突破したわけではないが、詳細が依然闇の中にある中でモリカケ問題をベースにしたフィクションを作ったことは評価してしかるべきで、官僚と内閣の狭間でこうした内調のような組織や個人が暗躍していると想像して、現実のモリカケ問題を再度考えてみるのも面白いのではないか。
この映画の主演女優が韓国人になったのは、この役を引き受ける日本女優がいなかったからと聞く。欧米の芸能人は、良くも悪くも政治的だが、日本では芸能人が政治的発言をするのは良くないとされる。“桜を見る会”に参加した若手女性がこの映画に主演したら笑えたのに。“桜を見る会”と言えば、先日田原総一朗氏が「菅氏と二階氏がこれ以上招待者を増やすのは良くないと首相に釘を刺したが、聞く耳を持たなかった(と言うのを聞いた)」と言っていた。面白いね。
2019年日本映画 監督・藤井道人
ネタバレあり
我が家は多分半世紀以上東京新聞をとっている。貧乏だったから父親が一番安い新聞を選んだのだと思う。親が亡くなる前に地元に舞い戻った僕はそのまま取り続けている。個人主義だから、概して庶民の目で権力を見る東京新聞とは肌が合う。人権に拘る新聞なのだと思う。日本無謬論者が言うような反体制的なものではない。
彼らが政権に異を唱える人に対して好んで使う反日という言葉は、その言葉の裏から、政権に反する論調が在日韓国人や中国スパイが作り上げたものだ、という意識が滲み出ている。全てが嘘とは言わないが、沖縄の基地問題などは真実を交えて嘘のつき放題と思われる。一部に真実があるから全て本当だと思い込むリテラシーの低い人が結構いる。困ったものだ。仮にそれが事実としても、何十年間もその状態で特段何も変わっていない。彼らは何をそんなに恐れているのだ?
僕は、戦争映画を腐るほど見て来たせいで徹底した反戦主義者になったが、核兵器の所有も視野に入れる(核の抑止力は依然ある)という立場なので、この辺りは東京新聞とは180度違う。武器を持った上でアメリカに出てもらう。これが本来の保守の考え方であろう。しかるに、大概の保守はインチキ(アメリカ天皇主義)なので、 “憲法9条を変え(て武装でき)たらいずれアメリカに出て行ってもらう”とは絶対言わないのだ。他方、米軍も武装も要らないという人たちは能天気に過ぎるが、僕は上のことを政治的信条にしているわけではないので、かかる人々を批判しない。そう思う彼らの内面を真面目に考えなくてはいけない。
以上、東京新聞と僕の関係を記したのは、勿論本作の原案に相当するものが東京新聞の名物社会部記者・望月衣塑子が著したノンフィクションだからである。彼女は、社会部記者なのにジャーナリストの気概を失った政治部記者に交じって官邸記者クラブで質問をする変わり種で、菅官房長官の天敵と言って良い存在だろう。ある意味新聞メディアの現状に風穴をあげたと言って良いのではないか。
本作も、実話ベースのポリティカル・サスペンスの作れない日本映画界に風穴をあけると期待するが、果して首尾は?
韓国人の母と日本人の父の下にアメリカで育った東都新聞社会部記者の吉岡エリカ(シム・ウンギョン)は、社会部デスクの陣野(北村有起哉)に、匿名で送られてきた新潟での大学新設に関わる疑惑について調べるよう一任される。
一方、外務省から内閣情報調査室(内調)に出向中の官僚・杉原(松坂桃李)は、外務省時代の上司・神崎(高橋和也)と久しぶりに旧交を温めるが、その直後、文書改竄の責任を被って左遷させられた経験のある神崎は投身自殺をする。杉原が調べると、彼は内閣府で大学新設に関わっていたのである。
尊敬していた元上司の死に内調が絡んでいると知って私憤と義憤にかられた杉原は、外務省時代の知人のいる内閣府から情報を奪取、彼の自殺の背景を調べたがっている吉岡にリークする。
折しも、現在森友問題に関わる文書改竄に関わって自死した元官僚の事件が民事裁判にかかっているところで、本作で自殺する官僚も改竄に絡んでいるが、直接の背景は愛媛県の加計学園をもじった大学新設における極秘事項である。モリカケ問題を二つ合わせた形だが、映画はその後ぐっと風呂敷を広げてその大学が生物兵器・化学兵器を作る大学になるという陰謀めいたものになっている。個人的には、これはやりすぎで、却って現実味がなくなってしまったと思う。
事件そのものまで変えたのは、事件に関連する内閣が現在も存在している以上仕方がないところで、当然実在する人物の名前はお話の中では一切出て来ないが、1970年代以降既に解決した事件でさえメジャー映画に扱われることも、関係者が実名で出ることもない。ロッキードとかリクルートとか幾らでも映画になりそうな素材はあるのにやりませんな。やったとしても実際の名前とは別になり、その為に迫力が薄くなってしまうのが日本映画なのだ。
邦画のその限界を突破したわけではないが、詳細が依然闇の中にある中でモリカケ問題をベースにしたフィクションを作ったことは評価してしかるべきで、官僚と内閣の狭間でこうした内調のような組織や個人が暗躍していると想像して、現実のモリカケ問題を再度考えてみるのも面白いのではないか。
この映画の主演女優が韓国人になったのは、この役を引き受ける日本女優がいなかったからと聞く。欧米の芸能人は、良くも悪くも政治的だが、日本では芸能人が政治的発言をするのは良くないとされる。“桜を見る会”に参加した若手女性がこの映画に主演したら笑えたのに。“桜を見る会”と言えば、先日田原総一朗氏が「菅氏と二階氏がこれ以上招待者を増やすのは良くないと首相に釘を刺したが、聞く耳を持たなかった(と言うのを聞いた)」と言っていた。面白いね。
この記事へのコメント
最初にご指摘しなければなりません。この手の紹介文には、最近は「美人社会記者」とするのが通例となっております(笑)
>生物兵器・化学兵器を作る大学にするという陰謀
こういうことをするからネトウヨに、サヨクは軍事話をでっちあげてダーティなイメージを植え付けるのが常套手段と、痛くない腹を探られる(笑)
1972年に僕は、山田太郎ばりに新聞少年でした・・。
と言っても、家計を助けるためではなく、アイワのラジカセ欲しさに親を説き伏せ、3か月だけセミ・ドロップハンドルの自転車の前後に100部ほどの新聞を載せ配りました。
当時、朝毎読の三大新聞が月極め900円で東京新聞は680円。
毎日、帰りに新聞をもらってきて授業が始まるまで読んでいました・・。
この作品は、邦画では(今は)人気のないポリティカル・サスペンスの中で異例のヒットをし、主演の松坂桃李とシム・ウンギョンは夫々、日本アカデミー主演賞をもらっています。
ポリ・サスの傑作といえば「大統領の陰謀」ですが、同じ監督のウォーレン・ベイティ主演「パララックス・ビュー」のほうが好きな作品です。
>徹底した反戦主義者になったが、核兵器の所有も視野に入れる
日本もその気になれば、富岳とか使って、核実験飛ばしてシュミレーションで短期間でできるようですがね・・・。
石破さんが総理になれば、議論くらいはするでしょう。
かつては,安倍さんだってブッシュ政権の頃にライスさんに「議論の余地はある」みたいなこと言ってたんですけどね・・。
>最近は「美人社会記者」とするのが通例となっております(笑)
そうでございますか(笑)。
ドキュメンタリーを観ましたが、確かに見栄えの悪い方ではないです。
>痛くない腹を探られる(笑)
でっちあげ、印象操作は彼らもお得意ですけどね。
>アイワのラジカセ欲しさに親を説き伏せ
おおっ、我が兄と同じだ。兄の時はラジカセはないので、東芝のオープンリールでした。へえ、感心です。
>朝毎読の三大新聞が月極め900円で東京新聞は680円。
今の4分の1くらいか。他の物に比べて、上昇が著しいですね。大学の授業料ほどではないですが。
>毎日、帰りに新聞をもらってきて授業が始まるまで読んでいました・・。
またまた感心。中学時代、文学少年であった僕は、本ばかりを読んで、新聞は殆ど読みませんでしたなあ。
>「大統領の陰謀」ですが、同じ監督のウォーレン・ベイティ主演
>「パララックス・ビュー」のほうが好きな作品です。
「大統領の陰謀」はきちんと作られていましたが、実話もの故に面白さが足りませんでしたね。「パララックス・ビュー」はお話も、映画的技巧から言っても面白いですが、ジャンル映画として弱い部分もありました。
>石破さんが総理になれば、議論くらいはするでしょう。
石破氏は常々「議論すらできないのはおかしい」と仰っていますね。総理の椅子に拘ると、アメリカさんの顔色を伺う必要も出て来るということですかね。「デモはテロみたいなもの」と言った以外は、概して石破氏は好もしい。自民党議員に人気がないけれど、安倍氏が前言通り次回総裁選に出馬しないのであれば、一押しですね。
そうだったんだ! 主演のシム・ウンギョンがすばらしかったので、観る側としては何が幸いするかわからないなとも思います。
>観る側としては何が幸いするかわからないなとも思います。
外国の映画でも幾つか、俳優の交代劇が幸いしたケースがままありますね。
「ゲティ家の身代金」のクリストファー・プラマーもその例に入れて良いでしょう。