映画評「5時から7時までのクレオ」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1962年フランス=イタリア合作映画 監督アニェス・ヴァルダ
ネタバレあり

新作に観るべきものがなく始めた再鑑賞シリーズ第一弾はアニェス・ヴァルダのこの初期作品。「幸福」(1964年)と並ぶ代表作であろう。

午後5時。美人シャンソン歌手クレオ(コリンヌ・マルシャン)は、2時間後に聞く予定のガン診断の結果を恐れて全く落ち着かない。タロット占いでは良くない結果、コンポーザー・コンビ(作曲家はミシェル・ルグラン)が持ってきた新曲は「君なくて」というタイトルで縁起でもなく、ヌード・モデルの女友達が鏡を落として割れたのも不吉な前兆と、何事も悪い風に考える。
 一人で彷徨しているとアルジェリア出征直前の休暇兵士アントワーヌ(アントワーヌ・ブルセイユ)に出くわして、死と隣り合わせであるはずの兵士からの優しい心遣いに気持ちが落ち着き、二人で病院へ行く。医者は外出中と言われた二人が歩いていると、病院を出た担当医に発見され、呆気なく“化学治療で治りますよ”と言われる。

90分の上映時間のうちに2時間に渡るヒロインの心理の揺れをほぼリアル・タイムで描くところに面白味が集約されているわけだが、自動車や徒歩で彷徨する様子が感覚の良い移動ショットで捉えられ、暗くなりそうな内容に反して軽快な印象をもたらすのが映画的に実に素晴らしい。
 覚悟しないところで思いがけずガン宣告される前に治りますよと言われてしまう幕切れのあっさり感も、考え方によってはおとぼけに通ずるところがあり、ユーモラスと言っても良いくらい。

モデルの友達と観る劇中サイレント映画がこれまた傑作と言うべき内容で、アンナ・カリーナ、ジャン=リュック・ゴダール、ジャン=クロード・ブリアリ、エディ・コンスタンティーヌが友情出演する豪華さ。

ヴァルダと同じヌーヴェル・ヴァーグ左岸派のアラン・レネ監督の遺作は、WOWOWが放映したのに見落とした。パンフレットにおいて何とも地味な扱いで気付かなかったのだ。いつかもう一度やってください。

この記事へのコメント

モカ
2020年10月11日 17:43
こんにちは。

この映画のように60年代のパリの街角を舞台にしたらそれだけでビジュアル的には勝ったも同然だとずっと思っていました。 が、そうでもない映画を最近見てしまいました。つまらないのでタイトルも忘れてしまいましたけど。
設定に反して街歩きが結構楽しそうに見えるんですけどどうなんでしょう・・・ 
それにしてもたった2時間でよくあれだけあっちこっちウロウロできたもんですね。「太陽はひとりぼっち」のアンニュイなモニカ・ビッティに較べたら実存的不安は殆ど感じられませんね~
オカピー
2020年10月11日 21:11
モカさん、こんにちは。

>そうでもない映画を最近見てしまいました。

何だろうべえ?

>設定に反して街歩きが結構楽しそうに見えるんですけどどうなんでしょう

あれほど悲劇的な「幸福」にしてもあの幕切れを観ると、アニェス・ヴァルダはきっと楽観的な人なんだ、と思わせますね。

>「太陽はひとりぼっち」のアンニュイなモニカ・ビッティに較べたら
>実存的不安は殆ど感じられませんね~ 

ヴァルダが楽観的なのに対し、ほぼ同時代のアントニオーニは本当に核戦争を怖がっていたのだと思います。
モカ
2020年10月12日 20:23
こんにちは。

 「幸福」のコメント欄でシュエットさんが書いておられた

>絶対はなく相対の中で生きている人間とはなんと頼りないことかと……。

 私も「クレオ」を観ていて同じようなことを感じました。
 今日「クレオ」と「幸福」のラストだけ見直してみました。
 「クレオ」では医者から放射線治療はちょっとキツだろうけど大丈夫でしょう、と言われます。今ならステージ1か2レベルかもしれませんね。

 「幸福」の話になってしまいますが「幸福」の夫は妻の溺死は自殺ではなくて事故だったと思っているように見えました。
皆さんがおっしゃっている「男のエゴ」は感じませんでした。女にもあの夫のような人はいますもの。
 ある種の他人の気持ちを思いやれないエゴイストは男女を問わずいると思います。時代や社会の縛りがあったのでその手の女性はエゴを抑え込んでいて、男性のほうが自由闊達にエゴを発揮できただけじゃないでしょうか。

「クオレ」って子供の頃に読みました・・・ややこしい(笑)
オカピー
2020年10月12日 22:19
モカさん、こんにちは。

>「幸福」の夫は妻の溺死は自殺ではなくて事故だったと思っているように見えました。

彼が事故と思っているのは僕も感じますが、僕自身は自殺と思います。

>時代や社会の縛りがあったのでその手の女性はエゴを抑え込んでいて、
>男性のほうが自由闊達にエゴを発揮できただけじゃないでしょうか。

同感です。
 ただ、僕の言う男のエゴは、もっと原罪的なもので、他の人とは違うかもしれません。説明が難しいので省きます(笑)。

いずれにしても、社会の縛りが減って女性の表現の自由度が男性に近付くに連れ、保守の男性陣が男性同様にエゴを発揮する女性たちを責めてきたのでしょうね。

>「クオレ」って子供の頃に読みました・・・ややこしい(笑)

子供の頃短縮版を読み、最近完全版を読みましたよ。その中の一つが有名な「母をたずねて三千里」ですね。

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