映画評「わが心のボルチモア」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1990年アメリカ映画 監督バリー・レヴィンスン
ネタバレあり

映画館で観たのが最初。自伝的要素を取り込んで脚本を書き自ら映画化したバリー・レヴィンスンは改めて実に良い監督と感心させられた。「ナチュラル」「レインマン」に続く、3本目のホームランと思う。

劇中の台詞から判断すると始まりは1955年頃。第一次大戦の始まる前にポーランドからアメリカへ移民したサム(アーミン・ミューラー=スタール)が一足先に来ていた兄弟に迎え入れられ壁紙職人となり、結婚した同国出身の妻エヴァ(ジョーン・プロ―ライト)との間に子供を設ける。
 という内容のお話をする相手は子供たちで、その中の一人が副主人公と言っても良い孫息子マイケル(イライジャ・ウッド)。
 お話の核をなすのは、もう一人の副主人公であるその父親ジュールス(アイダン・クイン)。彼は仕事の帰りに強盗に襲われたのを契機にセールスマンを辞めて従兄イジー(ケヴィン・ポラック)と普及の見込めるTVの店を始め、やがて資金捻出に苦労しながらスーパーを作るまでに至る。が、開店して順調な出だしをしたと思ったのも束の間、夜火事が発生、イジーが保険をかけていなかった為に夢は一日して終わる。

この火事の原因が自分の火遊びと思ったマイケルに対し父親は、原因は漏電であると告げる。これが本当の話なのか息子を思ってついた嘘なのか定かではないのだが、あれほど咄嗟に具体的な嘘はつけないと思うからやはり本当なのだろう。含みがある場面ではありました。

大家族主義で兄弟とその家族が集まりパーティーや家族会をやるのが習慣となっているのだが、長兄(ルー・ジャコビ)が感謝祭の際に自分が遅れて来たのを棚に上げて七面鳥に包丁を入れたのが面白くないと腹を立てて結局和解できないまま、エヴァの葬式を迎えることになってしまう。
 微笑ましいエピソードである一方、 “こんなのは家族じゃない” と言うサムの心境を思えば切なくなる挿話とも言える。

ここから一気に年月が過ぎて恐らく1970年代初めくらい(車の形から判断)になり、すっかり老けたサムを今では子供まで設けたマイケルが老人ホームに訪れたところで、また1914年の思い出話がリフレインされて全巻の終り。

ポーランド人も昔のロシア人に似て家族主義なのかと思わせる映画で、そうした大家族故の様々な喜怒哀楽が、一昔前のボルティモア(レヴィンスンの出身地)への郷愁を伴って、ほのぼのとしたタッチで歌い上げられる。「ナチュラル」でも見せたノスタルジー・タッチが実に良い感じ。
 まして、僕も1955年頃のサムの年齢位になり、もはや他人事(ひとごと)ではなく、30年前に観た時以上にしみじみと胸に迫る。

子役にも拘らずイライジャ・ウッドの名前をこの時に憶えたが、彼は十年後に「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズで躍進する。

Wikipedia は主人公はロシア系ユダヤ人としているが、ポーランド系ユダヤ人だろう。何故なら、彼らは自分達の姓“クリチンスキー”を“ロシア風”と言っているのだ。しかし、実際には、現在、映画や文学や新聞に触れた時に“スキー”という長語尾形容詞の姓を持つロシア人にはまず出くわさない。寧ろポーランド人のほうが圧倒的に多い。ポーランド人の場合“スキ”とされることが多いが、実質的に同じ。

この記事へのコメント

2020年10月11日 13:58
wiki通りロシア系ユダヤ人と書きましたが、ポーランド人でしたか。

>「ナチュラル」でも見せたノスタルジー・タッチが実に良い感じ。

正にレヴィンソンのノスタルジーが作らせた映画ですよね。
僕はマイケル君よりひと回り下の世代ですが、子供の頃に観た米国製テレビ映画を思い出すような空気感があって懐かしい気分になりましたです。

終盤の老人ホームのエピソードも数年前の実体験を思い出させました。
モカ
2020年10月11日 18:05
こんにちは。

これはボルティモアという地名に惹かれて観た記憶があります。
ボルティモアは、アン・タイラーの小説が大体ボルティモアを舞台にしているのと、ビリー・ホリデイの育った町でもあるので観ないわけにはいきませんでした。
(アン・タイラーは日本ではあまり知られていませんけど、ピューリツァ賞も取っていて書店にはフォークナーやフィッツジェラルドなんかと一緒に写真が飾られいるそうです。と、山田太一が文庫の後書きに書いていました。)
今は治安の悪さからトランプ大統領に目の敵にされているらしい
ですね。
オカピー
2020年10月11日 20:49
十瑠さん、こんにちは。

>正にレヴィンソンのノスタルジーが作らせた映画ですよね。

ノスタルジーの配分が絶妙で実に良い作品でした。
この映画の時代より数年後の日本を舞台にした「ALWAYS 三丁目の夕日」という邦画と通底する処の多い作品ですが、やはりこの作品のノスタルジー醸成のほうが大分上のように思います。

>終盤の老人ホームのエピソードも数年前の実体験を思い出させました。

僕もそんなことがありました。家を離れてすっかり笑わなくなった父を僕が偶然にも笑わせたのが最後の良い思い出になりました。
オカピー
2020年10月11日 21:04
モカさん、こんにちは。

>アン・タイラー

百科事典ばかり眺めていたせいで、1960年代以降に台頭した外国の作家はよく知りませんでして、彼女もほぼ初めて聞きます。
 何故ほぼ初めてかと言いますと、「偶然の旅行者」というのが彼女の小説の映画化らしく、多分その時にもその文字列を呼んでいる筈なので。図書館に当たりましたら、その原作もありました。

>今は治安の悪さからトランプ大統領に目の敵にされているらしいですね。

トランプ批判をする議員がいたからというのが実際の理由のようですが。  治安が悪いのは確かなようで、トランプの言っていることも全然的外れというわけでもないのでしょうが、確かに人種差別的ではありますね。
 アメリカにとってトランプが大統領のほうが良いのかどうか知りませんが、世界的には彼ではない方が良いと思います。
モカ
2020年10月12日 20:32
こんにちは。

「偶然の旅行者」 映画も良いですが、やはり原作が良いですね。
 アン・タイラーを読むとアメリカもアメリカ人もすてたものじゃないなぁと思います。 翻訳されているものは全部読みましたが日本では殆ど絶版になっていて、最近の作品は翻訳もされなくなってしまいました。 原書で読んでいる人もいるみたいで、原書を読めるひとが羨ましいです。
オカピー
2020年10月12日 22:45
モカさん、こんにちは。

>アン・タイラーを読むとアメリカもアメリカ人もすてたものじゃないなぁ

差別主義的で言動がデタラメなトランプが出て来て、またポリ・コレ推進の連中が過剰な行動を取るのを見聞きして、アメリカに失望を感じていますが、確かに映画を観ても時々感じることがあります。

>原書を読めるひとが羨ましいです。

僕はある程度読めますが、翻訳があると助かりますね。専門用語や英語以外の外国語が難しい。あるいは、俗語は厄介。ビートルズの Get Back のshe's got it coming なんて解りにくい、などなど。

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