映画評「リチャード・ジュエル」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2019年アメリカ映画 監督クリント・イーストウッド
ネタバレあり

クリント・イーストウッド監督作品としては「ハドソン川の奇跡」と同じ系列の実話もの。娯楽性の高さで本作のほうを高く買う。「グラン・トリノ」(2008年)以来の手応えがあるが、同作よりは劣る。とにかく、イーストウッドの名前なしでも【キネマ旬報】のベスト10に入るべき出来栄えである。まして彼の名前があれば、【キネ旬】では確実だ。

個人の話を少しさせて貰うと、楽しみにしていた1972年のミュンヘン・オリンピックでイスラエル選手団がテロで殺された事件がティーンエイジャーの僕にショックを与えた。その24年後オリンピック最中のアトランタで爆破テロが起きたのも憶えている。アメリカ内部のテロで、本作の主題である。

オリンピックが始まってから1週間ほど経った頃、コンサートが行われていたオリンピック会場近くの公園で、警備員リチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)が怪しいバッグを発見、警官を呼ぶ。その結果時限爆弾が入っているのが確認され、彼は官憲と共に観客を避難させるが、それでも2人の死者と100人余りの負傷者が出る。
 事件を受けて爆弾を一早く発見し観客を見事に避難させた彼は英雄になるが、スクープを取ることに異常に熱心な女性記者(オリヴィア・ワイルド)の色気攻めに屈したFBI捜査官トム・ショー(ジョン・ハム)が第一容疑者としてリチャードを調べていると洩らした為に、英雄転じて犯罪者扱いになり、FBIとメディアの監視に母親バーバラ(キャシー・ベイツ)と共に疲弊していく。
 リチャードは昔中小企業庁の警備員としてお世話になった元役人の弁護士ワトスン・ブライアント(サム・ロックウェル)に弁護を依頼することになる。

前述したように、「ハドソン川と奇跡」同様に英雄転じて犯人扱いの悲劇だが、こちらはテロの容疑者であるから悲劇性はより高い。
 以前副保安官もやって官憲の無謬性を信じ、再び官憲に戻る夢を持つ、軽いパーソナリティ障害が疑われるリチャードをFBIが殆ど騙すような手口で誘導していく様子に義憤を感じる。「ハドソン川」より力が入るのは自分がこうした理不尽な扱いを受ける可能性があるお話であるからで、がっちりした展開ぶりがその普遍性を損なわない。

メディアの報道の仕方にも問題があり、特にその発端を作った野心的な女性記者に映画は疑問を呈すわけだが、ここに本作最大の弱点が潜んでいる。指摘する人がちらほらいるように、彼女がリチャードの母親の話を聞いて涙を流すなど後悔し反省するという流れが甘すぎる。反省するのは良いとしても、見せ方にもっと工夫が必要であったのではないか。現状では、それが実際であったか否かにかかわらず、映画の保身であるように感じられるのである。

嘘か本当か知らないが、ロシアの国家組織がネットを通じて東京オリンピックを妨害しようとしていたとか。当然ロシアは否定するが、あそこまで露骨なドーピング問題にも詫びるそぶりを見せずに陰謀と言う国だからねえ。尤も、どの国も批判されると、それに近いことを言う。日本とて例外ではない。

この記事へのコメント

vivajiji
2020年10月24日 09:56
http://blog.livedoor.jp/vivajiji/archives/52259682.html

英雄から一転、嫌疑をかけられ、
あれよあれよと変に息苦しくなる展開の見せ方は
とてもよかったと思います。
言及なさっていらっしゃるように
残念ながら、あの締め方はいかにも甘々で
エピソード的に一捻り欲しかったですね。
素人のように見える主人公のインパクトは大。
俳優陣の裾野の広さと的確なチョイスもOK。
オカピー
2020年10月24日 18:52
vivajijiさん、こんにちは。

>あれよあれよと変に息苦しくなる展開の見せ方はとてもよかったと思います。

ここ数作少し物足りなかった後で、これはイーストウッド御大実力発揮と思いましたよ。

>あの締め方はいかにも甘々でエピソード的に一捻り欲しかったですね。

イーストウッドのせいではないけれど、この部分だけが戴けなかったですね。

>素人のように見える主人公のインパクトは大。

ポール・ウォルター・ハウザー。日本で観られるのは限られますが、最近重用されているようです。

>俳優陣の裾野の広さと的確なチョイスもOK。

すみません。余程のことがないと俳優には言及しない僕であります^^;
2021年05月21日 16:13
>自分がこうした理不尽な扱いを受ける可能性があるお話

ほんとにそうですよね。FBIはだましてサインさせようとしていました。自分がああいう立場になったらどうなるのかとこわかったです。ジュエルみたいに弁護士の知り合いなんていませんしね。

あの女性記者ですが、根は悪人でもないので母親が記者会見しているのを見るとすぐ感動する、そういうタイプの人だということかもしれません。あの涙の母親は受ける! と思うと速攻で記事にしそうなかんじなんですよね、自分のしたことは忘れてというか、あんまり深く考えてないのかもしれない。ああいう人、マスコミには多いんでしょうね。あれもちょっとした異常人格なのかもしれません。
オカピー
2021年05月21日 21:35
nesskoさん、こんにちは。

>自分がああいう立場になったらどうなるのかとこわかったです。

僕は、キセルの冤罪でひどい目に遭ったことがあるのですよ。やつらの言い方は本当にデタラメ。ドラマで見る通りでしたよ。1時間ほどで釈放されましたが、お金も時間も損しましたし、何より不愉快な気持ちを味わいました。40年経った今でも忘れませんよ。憎き鉄道公安官!

>あれもちょっとした異常人格なのかもしれません。

そう思うとすっきりしますね^^v

この記事へのトラックバック