映画評「ひとよ」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2019年日本映画 監督・白石和彌
ネタバレあり

バイオレンスを得意とする印象のある白石和彌監督としては、お話の発端こそ暴力絡みとは言え、暴力性が薄く、心理ドラマとして推移する。桑原裕子が書いた舞台劇が原作であるということも(理由の一つで)あるだろう。

15年前にタクシー会社を経営する暴力夫を運転手も務めるその妻こはる(田中裕子)がタクシーをバックさせて殺す。
 その間に子供たち即ち長男・大樹(鈴木亮平)は妻(めぐみ)の親が経営する会社の専務に、次男・雄二(佐藤健)はジャーナリストに、長女・園子(松岡茉優)はクラブのホステスになっているが、実はそう単純な思いで現在の仕事をやっているわけではない。

ということが、刑期を終え、各地を転々とした挙句に15年という約束を守ってすっかり白髪になった母親が現れ、色々な思いが交錯することから、明らかになっていく。

母親がひどいDVの父親を殺すことで子供を自由にしたことに対する子供たちの三者三様の思いが繊細に描かれているが、解りやすいのはそれをストレートに感謝する園子であり、一番解りにくいのが週刊誌に母親について暴く記事を書く雄二である。
 解りにくいのは、母親に関するスキャンダラスな記事を書く理由ではない。いや、理由なのだが、その心の奥底(おうてい)に渦巻く彼の葛藤こそ解りにくいのである。
 それを明らかにする為の布石が、すっかり改心して酒も飲まない真面目なタクシー運転手に転身した元ヤクザの堂下(佐々木蔵之介)が別居中の子供の逆襲を喰らい、酒を飲んだ挙句に同じような憂き目に遭っているこはるを連れ出し、何をやっても親が悪いことになると叫ぶ挿話である。彼との格闘の中で雄二は、母親の行為に実は感謝していることを遠回しに吐露する。

実際には三人に共通する思いであろうが、その後の世間の冷たさに彼らがやっと得た自由を破壊されるショックに押しつぶされた結果が、記事を書くという行為に見られる彼の(見た目以上に)複雑な心情ということになる。

彼らの心情の隠微の繊細な描出と共に、世間とは逆に社員からは褒められる母親の受け答え、とりわけ “殺人を失敗と認める(迷う)と子供たちが迷子になる” という発言に唸らされる。演劇的な台詞ではありますがね。

反面、純粋な作劇としては、堂下が思いがけぬ形で子供の逆襲に遭う挿話以降は相当ドタバタして印象が良くない。前半同様に抑制的であったほうがもっとじーんとしたと思う。

主題は、一部で言われる家族の再生ではなく、三人兄弟が自分でも把握しきれないその心情にきちんと向き合うことができるまでの過程を描くことであろう。再生は結果に過ぎない。

「ひとよ」は「人よ!」かと思ったら「一夜」らしい。

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