映画評「ジョン・レノン ドキュメンタリー 『ジョンの魂』」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2008年イギリス映画 監督マシュー・ロングフェロー
ネタバレあり

ジョン・レノン40回目の命日にWOWOWが放映した音楽ドキュメンタリー。英国のTV番組「クラシック・アルバムズ」が2008年に放送した一回で、扱うアルバム(LP)は、原題 John Lennon/Plastic Ono Band 即ち邦題「ジョンの魂」である。

ビートルズのメンバーのソロ・アルバムの中で恐らく一番の傑作で、僕も個人的に一番聴いたのではないだろうか。同じくらいポール・マッカートニーの「タッグ・オブ・ウォー」Tug of Warという極めて対照的にポップなアルバムも聴いているのだが。

とにかく、「ジョンの魂」には心が揺さぶられる。
 名曲ゴロゴロで、中でも「マザー(母)」Motherでは成功する姿を見せる前に再会して程なく事故死した母親への思いが爆発し、「ゴッド(神)」ではビートルズへ明確な独立宣言を叩きつける。二大名曲と言うべきで、その歌唱の力と共に圧倒されてしまう。ジョン・レノンの歌はどれもそうだが、誰が歌っても彼ほどに直球的に僕らの心を揺さぶることはできない。「労働階級の英雄」Working Class Hero、「ラブ(愛)」Loveにおける繊細な表現も見事だ。

楽器編成は極めてシンプルで、多くの曲がジョン(ヴォーカル、ギター、ピアノ等)、リンゴ・スター(ドラムス)、クラウス・フォアマン(エレキ・ベース)のトリオによる。「ゴッド」でピリー・プレストン(ピアノ)、「ラブ」でフィル・スペクター(ピアノ)が参加している。

本作は、このアルバムをよく知る人には当たり前のことを言っている印象に終始する。知らない人は習うより慣れよ、実際に聴くべし。好き嫌いは強制できるものではないが、良いと思わない人はロック的な精神が希薄なのだと思う。激しいシャウトが苦手という人も多いのは知っております。

この映画を観て、人生をやり直すならミキサーが良いと思った。名アルバムに携わったミキサーは思い出しても楽しいだろうなあ。

ローリング・ストーン誌の歴代ベスト・アルバム選出が最新版において大変動を起こし、英国勢が弱体化したのが話題になっている。ポリ・コレ的なメッセージ重視など選者の選択に問題があるのではないかという指摘もあるが、恐らく決定的なのは i-Pod 等で一曲ごとに聴くのが定着した為にアルバム志向が薄されているのではないかという推測。その言を聞いて、ビートルズの「サージェント・ペッパー」が長いこと1位に鎮座していた理由も解ったような気がする。「サージェント・ペッパー」が初めて、アルバムでは曲目、曲順を変えてはいけないということを宣言した作品だったのだ。次回多少揺り戻しがあるかもしれない。

この記事へのコメント

蟷螂の斧
2020年12月17日 18:14
こんばんは。「ジョンの魂」はロックどころか全てのジャンルを含めても五本の指に入る傑作アルバムだと解説書に書いてありました。僕が初めてこのアルバムを聞いた時に衝撃を受けたのは「思い出すんだ」Remember です。英雄や大人、両親をこき下ろす。過ぎた事、やってしまった事を悔やんでも仕方ない。そして最後に爆発音!飛び上がるぐらいにビックリしました!また、僕が大人に対して不信感を持ち始めた頃だけにあの歌詞は衝撃的でした。

>山口百恵の初期文芸作品も彼くらいの感覚を持つ監督が担当すればねえ。

やはり映画は監督次第です。

>「明暗」

未完で良かったと言う人もいます。
オカピー
2020年12月17日 22:48
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>このアルバムを聞いた時に衝撃を受けたのは「思い出すんだ」Remember です

シンプルにして強力。この曲は、僕も好きです(尤も、このアルバムの曲は全部好きなのですが)。

>大人に対して不信感を持ち始めた頃だけにあの歌詞は衝撃的でした。

僕は反抗期もなく、とりたてて大人への不信感もありませんでした。しかし、人間全体が愚かで弱いとは、ずっと思っています。

>>「明暗」
>未完で良かったと言う人もいます。

あの後を色々考えさせるという意味では良かったとは思いますが・・・。
本年水村美苗の「続 明暗」を読みました。非常によく書けた続きですが、僕はご本人の手によるものを読みたかったと思うほうです。
蟷螂の斧
2020年12月18日 19:35
こんばんは。

>シンプルにして強力。

このアルバムにピッタリの表現です!

>尤も、このアルバムの曲は全部好きなのですが

僕も同じです。そして「母の死」 My Mummy's Dead は、あまりにも悲しすぎました。意図的に音質の低いカセットテープレコーダーで録音された。ジョン・レノンだけでなくフィル・スペクターのプロデューサーとしての才能も感じます。

>僕は反抗期もなく、とりたてて大人への不信感もありませんでした。

うらやましいです。僕は悪い家庭環境で育ったので・・・。良い家庭環境で育ったオカピー教授がうらやましいです。

>ご本人の手によるものを読みたかった

漱石先生があと1年生きたら・・・。タラレバですが(汗)。
オカピー
2020年12月18日 22:08
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>「母の死」 My Mummy's Dead は、あまりにも悲しすぎました。

一曲目の「マザー」と呼応する構成も見事で、涙が出てきます。だから、リマスター版のボーナス・トラックは余分なんだだなあ。

>僕は悪い家庭環境で育ったので・・・。

我が家の場合は、極めて貧乏でしたから、手を取り合って生きるという感じだったように思います。

>漱石先生があと1年生きたら・・・。タラレバですが(汗)。

もう一回り長生きしていれば、治安維持法などをどう観ただろうか、などとも思います。
蟷螂の斧
2020年12月19日 18:43
こんばんは。

>「ゴッド(神)」

僕が高校3年の頃、今で言うスクールカースト。その底辺あたりにいた僕は人間不信になりました。その頃この曲が大好きになりました。いろいろな事や人を信じられなくなる時期があってもいいんじゃないんですか?(苦笑)

>リマスター版のボーナス・トラックは余分なんだだなあ。

全く同感です!ポール・マッカートニーのCDではそうは思わなかった。でもジョン・レノンの場合はボーナス・トラックは余分だと思えます。せっかくうまく纏まっているアルバム構成、そしてうまい終わり方をを崩してしまうからです。

>もう一回り長生きしていれば、治安維持法などをどう観ただろうか

反対の意見を言ったか?それとも触れないようにしたか?どうなんでしょうね・・・。
オカピー
2020年12月20日 13:56
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>いろいろな事や人を信じられなくなる時期があってもいいんじゃないんですか?(苦笑)

僕は、安倍政権や菅政権が色々な問題を起こしても、支持率を下げない国民に幻滅しましたね。
 事実であろうとなかろうと、マスメディアや野党や学者を批判する一部の輩は、トランプ支持者同様に、何があっても支持するのでしょうが、それ以外の人が“他に適当な人がいない”という理由で支持を表明する。これはいけない。他に適当な人がいないという理由の場合は、“支持しない”にすべきでしょう。支持率が激減する態度を変えるのが民主主義国家の政治家なのだから。

>ポール・マッカートニーのCDではそうは思わなかった。

ポップですから、そこまでストイックに考える必要はないんでしょう。
 ビートルズは未だにボーナス・トラックはないですね。尤も、ビートルズの場合は、そうしたトラックだけで売れるLPが作れてしまう。

>>もう一回り長生きしていれば、治安維持法などをどう観ただろうか
>反対の意見を言ったか?それとも触れないようにしたか?どうなんでしょうね・・・。

どちらかと言えば保守的と思いますが、超俗的なところがある人ですから、体制に解らないように“こする”ようなものを書いたかもしれませんね。
蟷螂の斧
2020年12月22日 22:12
こんばんは。ウィキを見ると「母の死」(My Mummy's Dead)のメロディは、イギリス民謡の「Three Blind Mice」から。
https://www.youtube.com/watch?v=h1U0sWcNNIQ
もしかしてジョン・レノンが幼い頃にお母さんと一緒に聴いたのでしょうか?
「♪See how they run. See how they run.」と言う部分。ポール・マッカートニーも子供の頃に聴いて「Lady Madonna」に「See how they run」と言うフレーズを入れたのでしょうか?

>他に適当な人がいないという理由の場合は、“支持しない”にすべきでしょう。

衆議院選でとりあえず野党に入れるのも良くないでしょうか?

>ビートルズの場合は、そうしたトラックだけで売れるLPが作れてしまう。

そこがビートルズの凄いところです!

>体制に解らないように“こする”ようなものを書いたかもしれませんね。

江戸時代にもそういう作家がいたんですよね?(笑)
オカピー
2020年12月23日 22:23
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>「母の死」(My Mummy's Dead)のメロディは、イギリス民謡の「Three Blind Mice」から。

なるほど。
 ホワイト・アルバムの「クライ・ベイビー・クライ」も「マザー・グース」の影響がありそうです。他にも色々あるでしょうね。

>♪See how they run. See how they run.」と言う部分。ポール・マッカー
>トニーも子供の頃に聴いて「Lady Madonna」に「See how they run」
>と言うフレーズを入れたのでしょうか?

その可能性は大いにありますね。
 英米の詩を読みますと、see how they ~ という表現がよく目にしますから、どこから来たのは定かではありませんが、それ自体がこの歌の影響を受けているかもしれません。

>江戸時代にもそういう作家がいたんですよね?(笑)

表現の自由なんてありませんでしたからね。しかし、歌舞伎や浄瑠璃の時代物と言われるものは、実はそれほど前ではない事件を扱いながら、鎌倉時代や室町時代に形だけ時代を移したものが結構あります。
オカピー
2020年12月24日 07:58
蟷螂の斧さん、追記です。

>衆議院選でとりあえず野党に入れるのも良くないでしょうか?

に関して僕の考えを述べるのを忘れていました。

官邸・内閣・与党は既に実験を握っているので、そうでない野党をそれと平等で扱うのは却って不公平であると思っています。
 放送法の不偏不党というのは、実権を握っている政権に加担しないというのが本来の目的ですから、まだスタートしていない野党に近い考えをTV局が示しても構わないと思っております。それが許されないのなら、放送法を変えるべきでしょう。それを撤廃することでアメリカのようなことになっても困りますが。
 憲法改正に関する国民投票法も広告が与党に有利になっているので、野党が言うように、これが公平にならない限り、憲法改正への投票は認めたくないですね。

ということで、とりあえず一票を野党に入れるのは、国民の行動として正解であると思います。
蟷螂の斧
2020年12月26日 19:13
こんばんは。このアルバムに入ってる「Well well well」もいいですね。ヴォーカルだけでなく、ギターもいい!そのギターは名演とは言えないけど魂がこもっています。ちょっと中途半端な感じの終わり方も好きです。「ビートルズ革命」(後に「回想するレノン」と改題)に訳詩が載っていましたが、「Well well well」を「やれ やれ やれ」と訳しているのを見て、僕の友人が爆笑していました!

>とりあえず一票を野党に入れるのは、国民の行動として正解

それを聞いて(読んで)ホッとしました。ありがとうございます。

>スタートしていない野党に近い考えをTV局が示しても構わない

現在は左寄りと言われる某大手新聞社(及び放送局)。戦前はそうではなかったです。また、その新聞社が広告を載せる某雑誌の記事。時には、その新聞社を批判する見出し。やっぱり持ちつ持たれつなんですね・・・(苦笑)。
オカピー
2020年12月27日 20:44
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>「Well well well」を「やれ やれ やれ」と訳しているのを見て、
>僕の友人が爆笑していました!

訳しにくい単語ではありますけどね。それこそ、やれやれ!

>現在は左寄りと言われる某大手新聞社(及び放送局)。戦前はそうではなかったです。

戦前の一時期は、どの新聞社も、政府以上に国家主義だったでしょう。三国同盟を推したのも同社ではなかったかな。

>その新聞社が広告を載せる某雑誌の記事。時には、その新聞社を
>批判する見出し。やっぱり持ちつ持たれつなんですね・・・(苦笑)。

しかし、去年だったか、週刊新潮だったか何だか忘れましたが、広告を拒否したことがあったような記憶があります。

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