映画評「入江の天使」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1963年フランス映画 監督ジャック・ドミー
ネタバレあり

僕が30代くらいまではジャック・ドミーだったが、フランス語に五月蠅い連中が原発音に近づけようとしたらしく、近年はジャック・ドゥミと書かれることが多い。今世紀に入って出て来た女優セシル・ドゥ・フランスもそれに倣うが、カトリーヌ・ドヌーヴやマルキ・ド・サドは殊勝な方以外には相変わらずドヌーヴであり、ド・サドである。
 個人的にはドゥ表記は、ゥにより母音の印象が強められるので、却って良くないと思っている。現代日本語では“ず”と“づ”は同じ発音とされるが、外来語に当てられる“ズ”や“ヅ”は別と考えれば良く、ドゥミよりヅミのほうが余程相応しい。

それはともかく、本作はドミーの長編第2作で、2017年まで日本に正式に紹介されなかった作品。「シェルブールの雨傘」(1963年)のヒットの後に公開しても良かったと思われる出来栄えだが、ギャンブル三昧が良くないと思われたか? そんなことはないのだろうなあ。

生真面目なパリの銀行員クロード・マンが、ギャンブル好きの同僚ポール・ゲールに誘われて出かけたカジノのルーレットで大成功、宗旨替えして南仏ニースに休暇に出かけ、そこで程々にルーレットを楽しむつもりである。
 そこで運命に導かれるように出会った賭博マニアの離婚女性ジャンヌ・モローと意気投合、賭けそのものに興味を示す彼女に当惑するも次第にのめり込んでいく。
 結局元も子もなくし、反省の手紙を書いて父親から受け取ったお金でパリに戻ろうとするが、ジャンヌは懲りずにカジノへ出かける。そこへ彼が現れ、顔を見かわすと立ち去る。彼女は少しの間を置き、立ち去った彼を追いかけていく。

一説に「オルフェ」の賭博バージョンということらしい。つまり、賭博地獄に落ちようとしているジャンヌをオルフェに相当するクロード・マンが、冥府から連れ戻す、という恋愛映画と解釈されるというのである。なるほど。

地獄へ驀進するジャンヌを象徴するのが、ジャンヌをバストショットで撮った後カメラが急激にトラックバック(厳密にはカメラは車に乗っている)する開巻後のファースト・ショットである。誠に鮮やかで、本作画面のハイライトはここであると言うべし。

内容的には、ルーレット場面が多く飽きる瞬間がままあるが、二人が同じ番号を何度も選ぶなど、運命論的展開を思わせるものがあって興味深く、観客に有無を言わせぬ断ち切るような幕切れのさせ方を含めて、映画的には必ずしもつまらなくないと思うのである。

歴史上の人物にセシル・ド・フランスなる女性がいる。女優と全く同じ綴りで、こちらは“ド”で通されている。ドゥに拘ることについて、ちあきなおみの歌ではないが、「無駄な抵抗やめましょう」てな感じがするであります。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック