映画評「影裏」
☆☆☆(6点/10点満点中)
2020年日本映画 監督・大友啓史
ネタバレあり
2017年後期芥川賞を受賞した沼田真佑の同名小説の映画化。戦後の芥川賞受賞作品はとても商業映画になるとは思えないものが多く、現在の日本の映画民度でよくこれを映画化したと思う。しかも、監督が大衆的な作品を撮るイメージの強い大友啓史だから、相当意外な感あり。原作ほどではないかもしれないが、映画も純文学と言って良いのだろう。
埼玉から岩手の子会社に転勤になった営業マン綾野剛が、配送部の松田龍平と意気投合、好きな酒や釣りで親しくなっていくが、同性愛的傾向を見せたせいなのか、松田は突然退社して、互助会の営業マンに転身する。最後の夜中の釣りで相手の態度が気に入らず、早めに現場を後にしたのが彼と会った最後になる。2011年東日本大震災で行方不明になるからである。
綾野が、彼の父親・國村隼に捜索願を出すように依頼すると、"息子は大学卒を偽装した為縁を切った"と言われる。彼の兄・安田顕もそれをフォローする。
夜の釣りの際に松田が綾野に “君は人の光の部分しか見ない” と言った意味は、自身に関してはそのことであった、というお話である。
ゲイ男性が主人公だが、 同性愛者の心情が主題ではない。 松田が暗示するように、(今の世の中において)ゲイという影の部分を持つ綾野と、経歴詐称の裏の顔を持つ松田とが共鳴し合う人間関係が主題である。ひいてはそれが人間関係全般に行き渡る。
映画の現在の背景を成す大震災が、それまで表面的に形成されていた人間関係を洗い出すのである。例えば、辛うじて保たれていた松田の親子関係が震災を契機に崩壊する。綾野の住むアパートの住人たる老女(永島暎子)は嫌味な女性ながら、教え子の娘の作文をコピーしてアパートに届けるような面も持っている。程なく亡くなるが、主人公たちと違って最後に光が当てられる。
震災後に世間では絆が強調されたが、この映画はそうでない部分が少なくない現実社会の人間関係を描き出しているのだと思う。
映画の構成としては、綾野と松田の同僚であるおばさん筒井真理子の扱いが気になる。
彼女は明確にお話を導入する役割を負って登場し、綾野に“課長(平社員松田の仇名)が行方不明になった。死んだようだ”と告げる。綾野は“どういうこと?”と反応する。にもかかわらず、映画はそれを受けてミステリー的に展開せず、実際のお話は、殆ど寧ろ聞き手の綾野の回想として暫し進行する為、平均的な観客の意識との間にやや齟齬をきたすのである。まあ、それが純文学たる所以でありましょう。
釣りの場面が、昼も夜も、美しい。
「ふるさと」「リバー・ランズ・スルー・イット」と並び、川釣り映画三名作と認定する(笑)。
2020年日本映画 監督・大友啓史
ネタバレあり
2017年後期芥川賞を受賞した沼田真佑の同名小説の映画化。戦後の芥川賞受賞作品はとても商業映画になるとは思えないものが多く、現在の日本の映画民度でよくこれを映画化したと思う。しかも、監督が大衆的な作品を撮るイメージの強い大友啓史だから、相当意外な感あり。原作ほどではないかもしれないが、映画も純文学と言って良いのだろう。
埼玉から岩手の子会社に転勤になった営業マン綾野剛が、配送部の松田龍平と意気投合、好きな酒や釣りで親しくなっていくが、同性愛的傾向を見せたせいなのか、松田は突然退社して、互助会の営業マンに転身する。最後の夜中の釣りで相手の態度が気に入らず、早めに現場を後にしたのが彼と会った最後になる。2011年東日本大震災で行方不明になるからである。
綾野が、彼の父親・國村隼に捜索願を出すように依頼すると、"息子は大学卒を偽装した為縁を切った"と言われる。彼の兄・安田顕もそれをフォローする。
夜の釣りの際に松田が綾野に “君は人の光の部分しか見ない” と言った意味は、自身に関してはそのことであった、というお話である。
ゲイ男性が主人公だが、 同性愛者の心情が主題ではない。 松田が暗示するように、(今の世の中において)ゲイという影の部分を持つ綾野と、経歴詐称の裏の顔を持つ松田とが共鳴し合う人間関係が主題である。ひいてはそれが人間関係全般に行き渡る。
映画の現在の背景を成す大震災が、それまで表面的に形成されていた人間関係を洗い出すのである。例えば、辛うじて保たれていた松田の親子関係が震災を契機に崩壊する。綾野の住むアパートの住人たる老女(永島暎子)は嫌味な女性ながら、教え子の娘の作文をコピーしてアパートに届けるような面も持っている。程なく亡くなるが、主人公たちと違って最後に光が当てられる。
震災後に世間では絆が強調されたが、この映画はそうでない部分が少なくない現実社会の人間関係を描き出しているのだと思う。
映画の構成としては、綾野と松田の同僚であるおばさん筒井真理子の扱いが気になる。
彼女は明確にお話を導入する役割を負って登場し、綾野に“課長(平社員松田の仇名)が行方不明になった。死んだようだ”と告げる。綾野は“どういうこと?”と反応する。にもかかわらず、映画はそれを受けてミステリー的に展開せず、実際のお話は、殆ど寧ろ聞き手の綾野の回想として暫し進行する為、平均的な観客の意識との間にやや齟齬をきたすのである。まあ、それが純文学たる所以でありましょう。
釣りの場面が、昼も夜も、美しい。
「ふるさと」「リバー・ランズ・スルー・イット」と並び、川釣り映画三名作と認定する(笑)。
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