映画評「男と女 人生最良の日々」
☆☆★(5点/10点満点中)
2019年フランス映画 監督クロード・ルルーシュ
ネタバレあり
クロード・ルルーシュの作品の邦題に「男と女」とあるのが数多くあるので、どれがどれか解らなくなっているが、本作は彼の出世作「男と女」の正式な後日談で、1986年に作られた「男と女Ⅱ」に次ぐシリーズ第三作にして(関係者の年齢を考えると)最終作。
フランソワ・トリュフォーが30年近くかけてアントワーヌ・ドワネルものというシリーズを発表したにも似て、フランス人は同じ俳優を使って同一人物の人生を追うのがお好きな人がチラホラいるということになる。我が邦の「男はつらいよ」だって同じ俳優で30年近く作られたではないかと言われようが、一人もしくは二人の人生を追うというのが狙いではなかった(結果的にそうなっている部分もあるが)。
映画製作から退いてブティックを営んでいるアンヌ(アヌーク・エーメ)は、かつての恋人ジャン=ルイ(ジャン=ルイ・トランティニャン)の息子アントワーヌ(アントワーヌ・シレ)に請われ、今は認知症も激しく老人ホームに入所している彼を訪れる。彼の頭は半世紀も前に別れたアンヌへの思いでいっぱいなのだと言う。実際ジャン=ルイはアンヌの話をしつつ目の前にいる女性が当人とは気付かない。が、似ていると何回も言うので、彼女に関する記憶は確かなのだ。
そして彼の希望は施設から脱出すること。ルルーシュは、彼女と二人で車で旅を始めた・・・と思わせておいて、最初はアンヌに、次はジャン=ルイに拳銃を抜かせることで夢でしたという種明かしをする見せ方を繰り返す洒落っ気を見せているが、途中までは本当で最後だけ夢という可能性もある。どちらにしても彼の記憶は長く持たないので、大差がないのでござる。
アンヌが今では自分をどの程度認識できているか解らないジャン=ルイへの愛情を再び深める物語であるが、映画としての眼目は、第一作の映像をノスタルジックにお話に乗せること。何度か観た映像ではあっても、半世紀以上前のあの映像の瑞々しさには抗しがたい魅力がある。言葉は悪いが、第一作におんぶにだっこした映画と言うべし。
よって採点は☆☆★に過ぎないが、それでも80歳後半に至ったアヌーク・エーメの若い頃の面影をかなり残す奇跡的な様子を含めて、物凄い感慨を覚える次第である。
この映画の完成前に亡くなったフランシス・レイがスコアを残していて、カロジェロという人が追加して完成させたらしい。音楽の方も第一作に頼った作り方であるが、1966年の「男と女」から1970年代前半にかけてのレイは神がかって良いスコアを書いた。
で、昨年YouTubeを最大限利用して、「男と女」「パリのめぐり逢い」「個人教授」「白い恋人たち」「雨の訪問者」「ある愛の詩」「ハロー・グッドバイ」についてはフル・サントラ、その他は主題曲プラスα のみを収めた4枚のCDを作った。レイの曲を集めたCDはあっても、自分の欲しい曲はなかなか揃っていないし、オリジナルではない場合が多くて諦めていたので、YouTubeさまさまなのであった。
東京新聞のコラム氏が、文化庁の長官に都倉俊一がついたことに文句を言っていた。僕が考えていたことと全く同じ趣旨で、作曲家としての貢献はともかく、 JASRACのトップとして音楽文化にダメージを与えた人物が文化庁長官ですかということだ。YouTubeで日本の楽曲のオリジナル音源が殆ど利用できない直接的原因にはJASRACが関係していないとは思うが、YouTubeでの音楽と聞くとJASRACに思いが行く。音楽と切り離した歌詞は文学と思うので、フェアユースの解釈が可能と思うが、彼らはそれを一切認めていない(僕は拙HPで英語の勉強の為に作者名を明記した上で載せた歌詞が削除命令された)。
2019年フランス映画 監督クロード・ルルーシュ
ネタバレあり
クロード・ルルーシュの作品の邦題に「男と女」とあるのが数多くあるので、どれがどれか解らなくなっているが、本作は彼の出世作「男と女」の正式な後日談で、1986年に作られた「男と女Ⅱ」に次ぐシリーズ第三作にして(関係者の年齢を考えると)最終作。
フランソワ・トリュフォーが30年近くかけてアントワーヌ・ドワネルものというシリーズを発表したにも似て、フランス人は同じ俳優を使って同一人物の人生を追うのがお好きな人がチラホラいるということになる。我が邦の「男はつらいよ」だって同じ俳優で30年近く作られたではないかと言われようが、一人もしくは二人の人生を追うというのが狙いではなかった(結果的にそうなっている部分もあるが)。
映画製作から退いてブティックを営んでいるアンヌ(アヌーク・エーメ)は、かつての恋人ジャン=ルイ(ジャン=ルイ・トランティニャン)の息子アントワーヌ(アントワーヌ・シレ)に請われ、今は認知症も激しく老人ホームに入所している彼を訪れる。彼の頭は半世紀も前に別れたアンヌへの思いでいっぱいなのだと言う。実際ジャン=ルイはアンヌの話をしつつ目の前にいる女性が当人とは気付かない。が、似ていると何回も言うので、彼女に関する記憶は確かなのだ。
そして彼の希望は施設から脱出すること。ルルーシュは、彼女と二人で車で旅を始めた・・・と思わせておいて、最初はアンヌに、次はジャン=ルイに拳銃を抜かせることで夢でしたという種明かしをする見せ方を繰り返す洒落っ気を見せているが、途中までは本当で最後だけ夢という可能性もある。どちらにしても彼の記憶は長く持たないので、大差がないのでござる。
アンヌが今では自分をどの程度認識できているか解らないジャン=ルイへの愛情を再び深める物語であるが、映画としての眼目は、第一作の映像をノスタルジックにお話に乗せること。何度か観た映像ではあっても、半世紀以上前のあの映像の瑞々しさには抗しがたい魅力がある。言葉は悪いが、第一作におんぶにだっこした映画と言うべし。
よって採点は☆☆★に過ぎないが、それでも80歳後半に至ったアヌーク・エーメの若い頃の面影をかなり残す奇跡的な様子を含めて、物凄い感慨を覚える次第である。
この映画の完成前に亡くなったフランシス・レイがスコアを残していて、カロジェロという人が追加して完成させたらしい。音楽の方も第一作に頼った作り方であるが、1966年の「男と女」から1970年代前半にかけてのレイは神がかって良いスコアを書いた。
で、昨年YouTubeを最大限利用して、「男と女」「パリのめぐり逢い」「個人教授」「白い恋人たち」「雨の訪問者」「ある愛の詩」「ハロー・グッドバイ」についてはフル・サントラ、その他は主題曲プラスα のみを収めた4枚のCDを作った。レイの曲を集めたCDはあっても、自分の欲しい曲はなかなか揃っていないし、オリジナルではない場合が多くて諦めていたので、YouTubeさまさまなのであった。
東京新聞のコラム氏が、文化庁の長官に都倉俊一がついたことに文句を言っていた。僕が考えていたことと全く同じ趣旨で、作曲家としての貢献はともかく、 JASRACのトップとして音楽文化にダメージを与えた人物が文化庁長官ですかということだ。YouTubeで日本の楽曲のオリジナル音源が殆ど利用できない直接的原因にはJASRACが関係していないとは思うが、YouTubeでの音楽と聞くとJASRACに思いが行く。音楽と切り離した歌詞は文学と思うので、フェアユースの解釈が可能と思うが、彼らはそれを一切認めていない(僕は拙HPで英語の勉強の為に作者名を明記した上で載せた歌詞が削除命令された)。
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