映画評「街燈」

☆☆☆(6点/10点満点中)
1957年日本映画 監督・中平康
ネタバレあり

短編の名手・永井龍男の小説が原作というのも文学壮年オカピーの心をくすぐるが、中平康の映画をお話に重点を置いて見てもつまらないとは思う。

男子学生が定期券をわざと落として拾ってくれた女性をナンパ等するという行為がお話の発端。弟が落とした定期券を拾った渋谷のブティック女主人・南田洋子にお礼しに兄の葉山良二がその店を訪れる。
 一方、彼女の友人である銀座のブティック経営者・月丘夢路には、同じ作戦で知り合ったツバメ岡田真澄がいる。やや年輩の彼女にはパトロンや色目をつかうチンピラ草薙幸二郎もい、一方の岡田君にはこれまたブティックでも開いてやろうかというお転婆お嬢様の恋人・中原早苗もいる。
 保険調査統計研究所というところに務める葉山氏は、所長芦田伸介にその姪たる早苗ちゃんの周辺(つまり岡田君あたり)を調べるように頼まれるが、そんなこんなで両ブティックに出入りするうち、南田洋子と昵懇の仲になっていく。
 天衣無縫の早苗ちゃんは岡田君への興味を失ってフランスへ行くと宣言、月丘夢二は独り立ちを決意、葉山氏は探偵まがいのことをさせる研究所を辞めて一旦東京を離れ、渋谷の“先生”との関係をどうしようか悩む。

邦画の恋愛映画としては洒落た感じがするお話だが、明快な始まりも終わりもない実人生のようにこの映画の幕切れはかなり曖昧に終わる。
 きっちりした終わり方を好む人には不満を残すだろうが、映画的には実に明快に終わる。つまり、ブティックへと繋がる夜の道を葉山良二がやって来るのと全く同じアングルで終わるのである。違うのは葉山氏はその道を去っていく方向だけ。始まりと終わりできれいな線対称になっていて誠に気持ちが良い。

中平監督の手法としては、よく見ていないと解らない程スローなズームインや、喫茶店とブティックを道路を挟んでの見せ方など半年後の「誘惑」と類似するところ多く、為にルネ・クレールの「巴里祭」(1932年)を彷彿とするのも同様。しかし、本作を習作とした結果であろう、「誘惑」のほうが多分にシャープなような気はする。

ただ、定期券ナンパのくだり(一種の回想)への入り方のスピードは凄い。当時の平均的な監督であればディゾルブを使って回想に入るところを、予想もできないタイミングで字幕を出しショットをダイレクトに繋ぐ。“私の映画は話の展開自体が速いのだ”と言った中平監督だが、当然このように技法のスピード感も抜群なのである。

1980年代後半くらいからショットを刻む見せ方が目立って増えた。ボーっと見てチコちゃんに叱られる観客はそれを“展開の速さ”と勘違いするが、実は昔の映画のほうが展開の速いものが多い。

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