映画評「痴人の愛」(1934年)

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1934年アメリカ映画 監督ジョン・クロムウェル
ネタバレあり

サマセット・モームのなかなかに長い自伝的小説「人間の絆」の映画化。

観たことがないと思ってプライムビデオ無料枠で観てみたが、既にIMDbに投票してござった。しかも今回の印象に適う評価ではない。当時の自分を推測するに、モームの原作のごく一部を抜粋して情愛のみが強調されたように見える作り方が文学青年でもある僕の気に入らなかったのであろう。今回はその辺りをかなり修正することになった。

パリで画業に挫折した英国青年フィリップ(レスリー・ハワード)が、母国はロンドンで医者を目指すことにする。悪友(レジナルド・デニー)の恋の橋渡しをすべく出かけたレストランで相手の女給ミルドレッド(ベティー・デーヴィス)が気に入ってしまうが、浮気性で打算的な彼女は彼の好意も厚意も全てないものの如く、ライバルの中年(アラン・ヘール)と結婚してしまう。
 かくして若い女流作家ノラ(ケイ・ジョンスン)と恋仲になった彼の前に、妊娠するや男に捨てられたミルドレッドが現れて実は結婚していなかったと告白する。そんな虫のいい話をする彼女を優しく迎え、ノラとも切れた彼の一言にミルドレッドは激怒して赤ん坊を抱えて出て行ってしまう。
 叔父が亡くなってインターンになれたフィリップは患者の娘サリー(フランセス・ディー)と愛情を育んでいく。勘の良い彼女は、彼の心に引っかかっている女性がいることを察知、それ以上の関係を求めない。
 その頃男性遍歴の末に町の女として体を病んだミルドレッドが亡くなる。心身ともに自由になった彼はサリーに求婚する。

フィリップとサリーとの関係に傾いて観るとメロドラマのように思えて来るものの、女性に嵌って抜け出せないフィリップの心情と、ミルドレッドの悪女を貫き通した壮絶な生き方の中に、人間観察という純文学的な香りが漂う。

小説において、ミルドレッドに縛られたフィリップは、吃音に悩み作家としての大望に縛られたモームが自らの前半生を投影したものであろう。映画では勿論そこまで考える必要はないが、生意気盛りだった昔観た時よりぐっと主人公とミルドレッドの生き方の対照に面白味を感じられた次第。

演技陣では、破滅型女性と言って良いミルドレッドを演じたベティ・デーヴィスの迫力に尽きる。これを観るために観る価値ありデス。

谷崎潤一郎の代表作の一作(本作公開より10年前の1924年発表)と同名の邦題。普遍的なものではない独自性の高いものだけに、現在なら当事者から文句が来るレベルの危うさ。まあ谷崎氏も自分の小説の宣伝みたいなものと思って余裕だったのかもしれない。

この記事へのコメント

vivajiji
2021年05月04日 19:52
たしかフィリップは吃音もありましたが
エビ足という足の障害もありましたよね。
原作読んだ折、エビ足がわからなくて
調べた記憶がよみがえりました。
「人間の絆」と「痴人の愛」とでは
かなりニュアンス的に違いますが
性懲りも無く彼に助けを求め続ける
ベティ・デービスの壮絶演技を
見せられるとこれはもう「痴人の愛」(^^);
ベティの巧さの足元にも及ばないキム・ノヴァクが
ミルドレッド役をやったケン・ヒューズ版を
だいぶ前に観ました。こちらは
「人間の絆」という題名でした。
「人間の絆」「月と六ペンス」「雨」・・・
サマセット・モーム大好き。
繰り返し読みたくなる作家です。
オカピー
2021年05月04日 20:37
vivajijiさん、こんにちは。

>エビ足がわからなくて

解りませんねえTT
多分今は差別用語的なので、先天性内反足と言うらしいですね。

>ベティ・デービスの壮絶演技

壮絶でしたねえ。
彼女の演技を見る映画でしたねえ^^

>ベティの巧さの足元にも及ばないキム・ノヴァク

そりゃ勿論。
キムちゃんは遠くを見るような目が素敵なだけの女優です。
「人間の絆」(ケン・ヒューズ版)も見た記憶がありますが、すっかり忘れました。友達からもらった1963年の「スクリーン」に紹介記事が載っていたのを憶えています。

>サマセット・モーム大好き。

戯曲も良いです。
「月と6ペンス」は50年前に読みましたが、何と言っても中学生でしたからね。もう一度読まないと。

この記事へのトラックバック